640 『ワンダースリー』+ポーリン 3
その後、何の問題もなく初日の夜を迎えた、商隊一行。
勿論、中堅商店の商隊が宿屋に泊まるような贅沢をできるわけがなく、街道を少し外れての野営である。
「少しだけ、ここを離れさせていただきます。すぐに戻りますわ」
野営の準備をしていた商人は、そう言うマルセラに、お花摘み……花束……だろうと思い、軽い気持ちで許可した。
そして20~30分後、戻ってきたマルセラ達は、商人の前に収納魔法……ということになっているアイテムボックスから、1頭の鹿をドスンと取り出した。
「夕食の足しにしてくださいまし」
「「「「…………」」」」
ぱっかりと口を開いた、商店主と御者を務める3人の従業員達。
……勿論、人相の悪い護衛3人組も、同様であった。
* *
「まさか、旅の途中でこんな贅沢ができるとは……」
「飲み水を節約するどころか、身体を洗う水まで使い放題。おまけに、鹿肉のステーキと肉野菜煮込み汁ですと? どこの上級貴族の贅沢旅ですか……。
本当に、この料理の代金は要らないのですか?」
御者や商店主の言葉に、にっこりと微笑むマルセラ達。
「ええ。これは護衛として雇われている間、つまり仕事中に許可をいただいて狩ったものですから、別料金をいただくわけには……」
「いや、襲ってきた盗賊を倒した場合、賞金首なら賞金は倒したハンターのものだ。生け捕りにした場合の、犯罪奴隷としての売却益の取り分もな。
そういう見方から考えれば、この鹿肉は倒した嬢ちゃん達のものであり、料理したのも嬢ちゃん達だ。ならば、別途料金を払うのは当たり前だろう。
それも、町中とは違うんだ、野外レートとして、普通の倍額でもおかしくはないだろう」
ハッタリ用護衛トリオのひとりが、そんなことを言い出した。
任務中の食事の提供は雇い主の担当なので、たとえこれが有料になり『ワンダースリー』に代金を払うことになったとしても、それはこの連中ではなく、商店主の負担となる。
なので、自分達には利害関係がないため、直截的な物言いをしてくれたようである。
「……確かに。これで代金を支払わなかったとすれば、それは商人としての名折れ。私共の名誉と信用が傷付きます。ここは、いくら代金の受け取りを辞退されようとも、退くわけにはいきませんね」
『赤き誓い』も、マイルの方針で、こういう場合にはお金を取っていない。
そのため、守銭奴ポーリンも、それと同じ方針を取ろうとしたマルセラ達に文句を言うつもりはなかったのであるが、そう言われれば拒否のしようがない。
事実、『赤き誓い』においても、同様のことを言われた場合には代金を受け取るし、そういうケースは決して少なくはない。
ポーリンも、さすがにお金よりは商人としての名誉と信用を優先するので、それはよく理解できるのであった。
しかしこれは、ポーリンにとっては少しショックな出来事でもあった。
それは、『赤き誓い』が護衛依頼を受けた時に行っている、依頼主や御者、他の護衛達に対するサービスを、『ワンダースリー』がそっくりそのまま実施している、……いや、実施可能である、ということである。
あれは、マイルだからできること。
マイルがいなければ、ポーリンにも、レーナにもできない。
獲物を倒すことはできても、僅かな時間で獲物を見つけて追い詰めることも、それを楽々夜営場所まで運ぶことも、不可能。
なのに、『ワンダースリー』は全員が、それぞれひとりだけであってもそれが可能なのである。
肉が傷まない特製収納魔法も、獲物を探す探索魔法も、そして狩るための攻撃魔法も。
それも、裏技的なホット魔法とかではない、正規の攻撃魔法で……。
更に、3人全員がマイルから治癒魔法……人体の構造や細菌等についても教えられているため、ポーリンに匹敵するか、それ以上……を教えられている。
一部の特殊な攻撃魔法も使えるが、本来は治癒魔術師である、自分。
それに対して、攻撃魔法や支援魔法を自在に使いこなし、治癒魔法はおそらく自分より上。
完全に、自分より格上。
上位互換。
マイルの隣に立つにふさわしい者達。
敗北感。
妬み。
自己嫌悪。
「ポーリンさん、どうかなさいました?」
……そして、よく気が付き、温厚で誠実、知識が豊富で、頭が回る。
彼女達から学ぶべきことを吸収するために『ワンダースリー』と行動を共にする機会を窺っていたポーリンであるが、予想以上の自分との差に、少し落ち込んでいるようであった。
「い、いえ、何でもありません。美味しいですよね、鹿肉!」
明るく振る舞ってはいるものの、そのポーリンの様子に、少し違和感を持つマルセラ達であった。
「……どうです、うちの専属……、あ、いえ、何でもありません……」
そして、何かを言いかけて、慌ててそれを打ち消した商店主。
これ程の能力があれば、もっと楽に、安全に稼げる方法などいくらでもある。
なのにハンター稼業をしているということは、そうする理由があるということである。
そんな当たり前のこと、そして深い事情があるに決まっていることに口を突っ込むなど、商人として、正気の沙汰ではない。
護衛の3人組は、微妙な顔をしていた。
3人は、この、明らかに戦闘能力皆無と思われる未成年の少女達も、自分達が護衛すべき対象だと思っていたのである。
確かに雇い主からは『この4人も護衛だ』とは言われていたが、一応は駆け出しハンターなので形式的にそういうことにして実績を積ませてやろうとしているだけであり、実際には里帰りする彼女達を地元の商店主が荷馬車に便乗させてやっているだけだと考えていたのである。
さすがに、商会主も『護衛の主役は少女達であり、お前達はお飾りだ』とは言えず、実力不足なのは承知で雇ってやるからと安価での依頼とはしたが、『ワンダースリー』に関してはあまり詳しくは説明していなかったのである。
護衛仲間が思ったより弱かったというのは大問題であるが、その逆は問題ないであろうと思って。
なので勿論、『ワンダースリー』には3人組が見かけ倒しだということは教えてある。
……それが、どうやら収納魔法持ちであり、おまけに僅かな時間で鹿を狩れる能力……獲物を探し、追い詰め、仕留める能力……を有している。
それは、明らかに自分達を上回る能力である。
3人組が困惑するのも、無理はなかった。
「「「…………」」」




