64 反撃
「き、貴様ら……」
怒っていた。
メーヴィスは、とても怒っていた。
マイル達は、初めて見るメーヴィスの憤怒の表情に見とれていた。
いや、何か、カッコ良かったので……。
「よくも驚かせてくれたな……。そしてこの私に、家族を疑わせるような事を……。
許せん。全員、叩き斬ってやる!」
「駄目よ、メーヴィス!」
剣を抜いたメーヴィスを制止するレーナ。
「貴方の取り分は、ふたりまで! 私達は、ひとりずつで我慢してあげるから!」
「……分かった」
一瞬とは言え家族を疑ってしまった自分への怒りを、男達にぶつけて晴らそうとするメーヴィス。
レーナ、マイル、そして奴らの目的であるポーリンも、殺る気満々であった。
「へっ、養成学校出たての小娘が、何をいきがってやがる。こちとら、Cランクハンターとして二十……」
ぎぃん!
「え……」
長広舌を遮って振られたメーヴィスの剣撃に、手にした剣を叩き落とされて呆然とする賊のリーダー。
「拾え」
「え?」
「待っていてやるから、さっさと剣を拾え」
「くっ!」
屈辱に顔を歪めながらも、素早く剣を拾い数歩後退るリーダー。
「馬鹿にしやがって! せっかくのチャンスを棒に振った事を後悔するがいい!
おい、お前達、やっちまえ!」
仲間をけしかけ、再びメーヴィスと対峙するリーダー。もうひとりもメーヴィスに向き剣を構えた。他の3人はそれぞれひとりずつマイル、レーナ、ポーリンに対峙している。
マイルは剣を持っているから剣士だと思われたが、10~11歳の子供に過ぎない。あとのふたりは魔術師であり、魔術を使わせると危険であるが、この距離であれば詠唱を始めると同時に踏み込めば魔法の発動前に楽々取り押さえられる。メーヴィスは強敵ではあるが、所詮は経験の浅い新米であり、ベテランふたり掛かりでは太刀打ちできまい。そう男達は考えていた。
ひゅん!
メーヴィスに向けて2つの斬撃が同時に放たれたが、マイルとベイルの同時攻撃による複数の敵と戦う訓練を積んできたメーヴィスにとっては、その僅かな時間差を見切るのは容易かった。僅かに速いリーダーの剣を弾き、そのまま連動した動作でもうひとりの剣を打ち払う。大きく体勢を崩したふたりに追撃を行うこともできたが、メーヴィスはそのまま動かなかった。
「「なっ……」」
必殺の同時攻撃を軽くあしらわれたふたりは驚愕したが、何の不思議もありはしない。
先程リーダーの男が言いかけた、『Cランクハンターとして二十数年やってきた』という台詞。それはすなわち、二十年以上かかってもBランクになれなかったばかりか、未だにギルドを通さない非合法の仕事をやらねば食って行けない、しかもそこまでしても貧相な身なりと装備しか用意できない、Cランクハンターの中でも底辺層、ということを意味しているのだから。全く、自慢にも何にもなりはしない。それに対して、ハンター養成学校の卒業生達は、飛び抜けた才能を見込まれてハンター養成学校に入学し、半年間の厳しい訓練を受けてきた者達である。普通の、Dランクからやっと昇格した新人Cランクハンターとはかなり違う。そして『赤き誓い』の面々は、その中でも、少し、いや、かなりアレであった。
メーヴィスは冷ややかに告げた。
「……来い」
残りの3人の賊達は慌てた。
魔術師達が詠唱を始める素振りを見せたら、すぐに目の前の子供剣士を一蹴、そのまま襲い掛かって剣の腹で殴りつけ、押し倒す。怯えて何も出来ないようであれば、リーダー達が剣士を潰した後でゆっくりと戴く。簡単なお仕事だ。
そう考えていたのに、まさかのリーダー達の2対1での苦戦。
後ろから攻撃されないよう、子供剣士と魔術師共をいったん無力化してからリーダー達への援護を、と考えた時、獲物であったはずの少女達からその声が発せられた。
「さて、そろそろこちらも始めましょうか……」
「他の街のハンター崩れの方々みたいですね。どうやら私達のことは知らないみたいです」
「それぞれひとりずつじゃあ、面白くありません。みんな、3分の1ずつ、というのはどうでしょうか?」
「あら、それはいい考えね」
ポーリンの提案に賛成するレーナ。
「「「じゃ、そういうことで!」」」
ひゅひゅん!
マイルの剣が軽やかに振られ、がちゃん、という音と共に3人の防具が地面に落ちた。
「「「え……」」」
何が起きたのか理解出来ず、呆然とする3人の男達。
防具だけを斬ったのは、火魔法の効果が効きやすくするためと、武器を持たない者にはレーナとポーリンが攻撃しづらいかと思ったマイルの心遣いであった。……実は、ふたりにはそんな配慮は全く必要なかったのであるが。
賊達が狼狽えている間に、レーナとポーリンの詠唱が行われていた。
「……点火!」
レーナは、初歩の初歩、生活便利魔法である『点火』を使用した。やや強めで3発分。
「「「ぎゃあああああぁ!」」」
そして松明のように燃え上がる、3人の男達の頭部。
松明が燃える様子を無表情で数秒間眺めたあと、次はポーリンが魔法を発動させた。
「……ウォーターボール・ウルトラホット!」
呪文を唱えたポーリンの頭上に現れた3つの水球。それは、赤い水でできた水球であった。
「シュート!」
そして勢いよく飛び出した赤い水球は、男達の燃える頭部に命中してその燃え盛る火を消し止めた。
ポーリンにしては親切だなぁ、とマイルが思っていると、3人が、火が付いた時を上回る程の絶叫をあげた。
「「「うぎゃあぁぁぁぁ~~!」」」
その悲鳴を聞いて、マイルは思い出した。
そういえば、水魔法での攻撃についてポーリンと話し合った時に出たなぁ、赤い攻撃、『ウルトラホット』の案が、と。
ホットと言っても、別に熱いわけではない。
そう、『辛い』方のホットである。しかも、ウルトラ。
眼に、鼻に、口に、そして火傷に。喉が焼け、眼も開けられぬ生き地獄。
戦闘力は完全に失われた。
そして考えてみれば、マイルが防具を斬り落とした意味が全くなかった。
必死でメーヴィスの剣を受け続けるリーダーともうひとりの男。
地獄から聞こえてくるような仲間の叫び声に、大体の状況は把握しているものの、どうしようもない。
がちゃん、がちゃん
そして、ふたり揃って剣を叩き落とされるのはこれで何度目か。
「……拾え」
無表情に告げるメーヴィス。
もう、ふたりは限界であった。
いつでも殺せるくせに、何度も何度も剣を叩き落としては拾わせる。
いい加減心が折れそうになっていたが、それでも今までは希望があった。
仲間が魔術師共を無力化して加勢してくれるか、捕らえた魔術師共を人質にするか。そうすれば逆転できる。それまで我慢して時間を稼げば、と。
しかし、その可能性は潰えた。
考えれば分かることであった。魔術師達が捕らえられる可能性があるならば、この剣士が悠長に自分達をいたぶって遊んでいるはずがない。
自分の仲間達は絶対に安全である。その確固たる自信があるからこそ、この剣士は安心して自分達をいたぶっていられるのだ。猫がネズミをいたぶるように。そして、そろそろ飽きてトドメを刺そうとする頃か……。
もう、もしも一撃を入れることができて逆転に成功したとしても、3人の仲間を瞬殺できる魔術師達が充分な距離を取って狙いをつけているだろう。それに、そもそも、一撃が入れられるとも思えない。
絶望。その言葉に、これ以上ふさわしい場面も滅多にないだろう。
「もう、勘弁してくれ……」
ふたりは遂に剣を拾う気力も無くし、その場にへたり込んだ。
「聞いてねぇよ、こんなに強いなんて……。Cランクになったばかりの、十代半ばの女だけのパーティだから楽勝だって……。騙されたんだ、俺達は!」
リーダーが泣き言を言うが、その情報は別に間違ってはいなかった。ただ、重要な情報がいくつか抜けていただけである。
「あら、自分達だけ無傷で終わらせようというのは、少し虫が良すぎはしないかしら?」
後ろから掛けられた声に、ギョッとするリーダー達。
「一応、お仲間達と同じ目に遭わないと不公平よね?」
レーナが目で示す先には、もう悲鳴を出すことすら出来ずに、ひー、ひーとかすれ声を漏らす、頭髪を失い頭部に火傷を負った3人の仲間達の姿が……。
「「ひ……」」
顔を引き攣らせるふたり。
「し、喋る! 何でも喋るから!」
「何でも喋ると言われましても、先程、もう全て喋りましたよね? 私の家族と称する者、つまりあの、ベケット商会の商会長からの依頼を受けて、私を家に戻らせるために襲った、と。それ以外に、何か私達が必要とする情報でもあるのでしょうか?」
「あ……」
ポーリンの言葉に、絶句するリーダー。
馬鹿であった。
ポーリン以外は弄んだあとで殺すつもりだったのか、それともハンターを続けられない身体にしてから解放しても、自分達は王都に住んでいるわけでもなく名前も知られていないのだから、このままポーリンを連れて王都から離れれば正体がバレる恐れもないと安心していたのか……。
どちらにしても、雇い主や自分達の目的をべらべらと喋るのは、三流以下である。
二十年以上もCランクの底辺なのも納得であった。
「ポーリン、ギルドに戻って、事情を説明して護送用の馬車を要請して頂戴。Cランクハンター達に襲われたと言えば、経費はギルド持ちになるはずよ。狙われた当事者が行った方が、説明がしやすいでしょ」
「は、はい、分かりました」
ポーリンが王都へ向かって現場を離れたあと、賊達を縛り上げてからレーナがメーヴィスとマイルに言った。
「では、相談を始めましょうか。ポーリンの実家への殴り込みの……」
「やはりな。ポーリンを連絡に行かせたから、そんな事だろうと思っていたよ。なぁ、マイル」
「……え?」
「え?」
「え?」
どうやら、マイルは全く気付いていなかったようである。