639 『ワンダースリー』+ポーリン 2
ポーリンの説明により、無事、護衛依頼を受注できた『ワンダースリー』+1。
出発は、2日後である。
なので、今日はこれから必要物資を買い込み、クランハウスに戻ってから『赤き誓い』に10日間の遠出とポーリンが同行することを伝え、了承を得る必要がある。
まあ、ポーリンの同行については、『ワンダースリー』ではなく、ポーリン本人が許可を得るのであるが。
別に『ワンダースリー』が望んだわけではなく、ポーリンからの申し入れなので……。
護衛の依頼主である商人は、勿論、ポーリンの自己申告だけを信じてその場で契約を交わしたわけではない。
ちゃんとギルドで『ワンダースリー』の信用度を確認し、ギルドの訓練場で攻撃魔法の威力を見て、収納魔法が使えることを確認し、更に水を出せることと治癒魔法を実演されて、逃してなるものかと、大慌てでその場で正式に契約したのである。
……勿論、実演で古傷を治した、商人の使用人である手代の治療費は、別料金であった。
その時にマルセラが口にした、『雇われている間でしたら、この程度のことは護衛料金に含まれているとして無料なのですけどね……』という言葉が、トドメとなったようである。
ともかく、盗賊に対する威圧効果は皆無であるが、それ以上のメリットがあると思ってもらえたようである。
……但し、やはりそれだけでは心配であったらしく、『ワンダースリー』は荷馬車の中で外部には姿を見せず、威嚇用として、見た目は強そうであるが実力はあまりない中途転職組のおっさん3人組のパーティを安く雇うことにしたらしいが……。
* *
「……では、これから4日間、よろしくお願いいたします!」
「「「「「「「おおっ!!」」」」」」」
ひとつの中堅商家による、荷馬車3台による小規模商隊の出発である。
ここ、王都から商家の本拠地である地方都市までの、片道護衛。
たまたま、王都へ来る時は遠出から帰還するハンターパーティがいたため、腕の良いパーティが格安で雇えたそうである。そのため、今回は片道のみという、少し変則的な依頼であった。
現地解散なので、護衛達は、帰りはそのまま手ぶらで戻ってもいいし、王都へと向かう他の商隊の護衛依頼を受けてもいい。この商隊が、今回王都へ来た時のように。
但しそれは、都合良く、王都までの片道護衛の依頼があれば、であるが……。
普通は、護衛依頼は往復で雇うものなので、それは余程運が良かった場合の話である。
しかし、ハンター達にとって報酬なしでの帰路というのは、日数的にも、その間の食費等の経費的にも、面白くない。なので、片道の護衛依頼は受け手があまり多くはない。
今回の『ワンダースリー』のように、稼ぎではなく経験目当て、しかも受け手が多い普通の往復護衛ではなかなか雇ってもらえそうにないという特殊な場合とか、おっさん3人組のように、食うに困っており仕事を選ぶ余裕がないとかいう場合を除いて……。
なので、本当はそのような義務はないのであるが、片道のみの依頼の場合には、帰路のための経費支援として、雇い主からひとり1日当たり銀貨2~3枚くらいの慰労金が渡されることがある。
そういう性質のものなので、余裕のない零細商人やケチな商人は払わない場合もあるが、それは別に咎められるようなことではない。払わないのが普通であり、太っ腹な商人は払ってくれる、というだけのことである。
3台の荷馬車のうちの先頭馬車に乗っているのは、御者の他には、商店主、『ワンダースリー』+1、そして見栄え用護衛3人組のうちのひとりである。……他のふたりは、威圧要員として徒歩での護衛を務めている。
普通であれば、依頼主は先頭馬車で御者の隣に座り、護衛は馬車に乗らずに歩く。そして馬車には極限まで荷を満載し、ノロノロと進む。
ちなみに、御者は雇われではなく、商店の使用人が兼務している。そして商店主は御者の交代要員でもある。
ひとりの御者が怪我をしたり急病になったからといって、商隊が立ち往生するわけにはいかない。
そのため、そういう場合には怪我人や病人を最寄りの街に残し、商店主が代わりの御者を務めて先へと進むわけである。
勿論、病人や怪我人を打ち捨てていくわけではなく、ちゃんと医療院に預け、後で迎えの馬車と世話係を派遣する。
しかし今回は、マルセラが追加分とは別に、元々運ぶ予定であった荷馬車1台分の荷を収納してスペースを空けているため、先頭馬車は商店主と『ワンダースリー』+1、そして3人組のうちの休憩番であるひとりを乗せている。
更に、壊れやすいものと重いものを優先的に収納しているため、他の2台も含め、馬車の速度がいつもよりかなり速い。商店主にとっては、まさにウハウハ状態である。
それに、いざとなれば他の馬車の御者も乗せて、2台の馬車は捨てて全速で逃げることも可能かもしれない。
盗賊や魔物が、残された2台分の馬車と馬、そして積荷で満足してくれたなら……。
馬車の破損や馬が潰れることを気にせずに走らせれば、走行不能になるまでの間に十分な距離を稼いで人間達だけでも逃げ切れる確率は、決してゼロではないであろう。
ゼロと『ごく僅かではあっても、可能性がある』ということの差は、とても大きい。
希望が残されている、という、精神的な部分で。
* *
出発してから、先頭馬車に乗っている者達は暇潰しやら情報収集やら勉強のためやら、そして興味本位の好奇心やらで、様々な話をしていた。
主に喋るのは、話題が豊富であり護衛達と良好な関係を築いておきたいと考えている雇い主の商店主である。
そして、そんな話の中で、商店主がついうっかりと、とんでもない危険球を投げてしまった。全力の、剛速球で……。
「……しかし、マルセラさんの収納魔法のおかげで、大助かりですよ!
おかげ様で、壊れやすいものを含め、運ぶ荷をかなり増やせましたからねぇ……。
というか、雇い主である私がこんなことを言うのはアレなのですけど、マルセラさん、あなた貴族や大店に売り込めば、かなりの給金で雇ってもらえますよね?
跡取り息子の嫁とか、玉の輿に楽々乗れますよね? なのに、どうしてこんな危険で実入りの少ない……、あ、す、すみません! とんでもない御無礼を!!」
商人も、ハンターの禁忌事項くらいは知っている。
なので当然、ハンターの過去や能力の詮索が、殺されても仕方ない程の最大の禁忌事項であることも……。
これが、まだ本当に駆け出しの新米ハンターであれば、大した事情があるとは思えない。
しかし、美少女が3人で、その全員が明らかに異常な才能を持っており、おまけにその中のひとりは高貴なお方オーラを出している。
そんなパーティの身元や能力を詮索するようなことを言うのは、馬鹿か自殺志願者だけである。
「えっと、その……」
「ばはは! おっさんが、美少女にコナ掛けるんじゃねぇよ!」
マルセラが、ちょっと困ったような顔で返事をしかけた時、それを遮るように『対外用』の見掛けだけ要員である3人組のひとり……休憩番の者……が、割って入った。
そして本人にはそういうつもりがあったのかなかったのか分からないが、雇い主にとってもマルセラにとっても望ましくない方向へと進みかけた話題を、たったひと言で笑い飛ばし、吹き飛ばしてくれたのである。……これは、双方にとってとてもありがたいことであった。
この3人組は、年齢は30代後半くらいであり、見た目は、粗暴そうで、下品そう。
……何というか、山賊の下っ端、下町のごろつき、万年Cランク下位の素行の悪いチンピラハンター、といった感じである。
普通であれば、山賊の一味だと疑われかねないところであるが、内通者であれば3人も送り込まないであろうし、もう少し、何というか、『まともに見える者』を送り込むであろうと思われ、あまりにも典型的な山賊っぽい外見が、却って信用度を増したという話であった。
……そしてそれを聞いた時、マルセラ達は何とも言えない顔をしたのであった……。
何でも、ハンターとしての長年の経験があるわけではなく、ただの失業者トリオがいい歳になってから『他に、務まる職がない』ということでハンターに転職し、ようやくCランクになったばかりらしかった。
なので、年齢や見た目とは違い、街のチンピラより弱いとか……。
普通であれば、到底護衛任務が務まるような者達ではなく、勿論、受注しようとしてもギルドの受付嬢に止められ、そして情報を確認した依頼主に断られる。
しかし、今回は護衛として十分な能力を持つ『ワンダースリー』がいるため、ただ見掛けだけの者がいれば、それで十分であったため、相場の半額という格安の依頼料により双方の利害が一致し、無事受注できたわけである。
いくら『安く雇うのだから、弱くてもいい』とは言われても、さすがに盗賊や魔物に襲われた時に依頼主を見捨てて自分達だけが逃げるわけにはいかないため、ハンターとしての義務と危険度は変わらない。
なのに依頼料が半額というのは酷いように聞こえるが、明日の食費にも事欠くような典型的な底辺ハンターにとっては、食事が支給され、野営にはお金が掛からず、そしてひとり当たり小金貨1枚と銀貨5枚(日本円にして、1万5000円くらいの感覚)の日給が貰えるというのは、大喜びで飛び付く案件だったようである……。




