637 本格始動 10
市場での買い物を済ませ、クランハウスへ帰ってきた一同。
「も~! 市場の店先で言い争いなんかしないでくださいよっ! みっともなくて恥ずかしいし、お店の人や他のお客さんに迷惑でしょう!!」
ハウスに入るなり、ポーリンに向かって、そう苦言を呈するマイル。
「いえ、あそこは譲れませんでしたよ! クランで使うお肉の標準価格を100グラムあたり小銀貨3枚くらいのにしようだなんて!!
そりゃ、銅貨4枚とかのクズ肉にしろとは言いませんけど、小銀貨3枚は……。
そもそも、馬鹿食いするマイルちゃんとレーナがいるんですよ、うちには! メーヴィスも、普通の女性よりは食べるし……。
あ、いえ、メーヴィスは前衛職で体力を使うし、私達の中では一番身体が大きいから……、って、ますます落ち込んじゃった……。
ごめんなさい、今の、ナシ!
……とにかく、そういうわけで、100グラムあたり小銀貨2枚以下! それは譲れませんよっ!
まあ、お祝いとかの特別な日は例外としますけど……」
ポーリンに大食い扱いされてヘコむメーヴィスであるが、マイルやレーナに較べると、些細なものである。
実は、市場でのクランで使う食材のレベル決めは、割と順調に行っていたのである。
……ポーリン以外の6人の間では。
しかし、ポーリンはお金の支出に関しては渋かった。
今はもうお金には困っていないというのに……。
旧大陸では、自領の予算とは別に、自ら立ち上げて運営している商会によって巨額の個人資産を持っているくせに……。
肉屋のオヤジも、店先で言い争いをされて困惑していたであろうが、自分の店の商品を購入することについての超真剣な討議であるため止めることもできず、おろおろしていたのである。
……おそらく、この少女達が購入する肉の上限価格が少しでも高くなればいいな、とでも思いながら……。
そして、マイルやレーナが食べる肉の量にまで言及し始めたポーリンの口をみんなで慌てて塞ぎ、この件はクランハウスでゆっくりと、ということでその場を後にしたのであった。
「安い肉は、安いだけの理由があるのですよ! 費用対効果の観点からすると……」
「栄養はあまり変わりませんよね?」
「いや、味と食感、満足感という点も考えようよ……」
「私は、美味しくなきゃ嫌よ!」
『赤き誓い』の討論を呆れたような顔で聞いていた『ワンダースリー』であるが、そこでマルセラが指摘した。
「……あの、私達とマイルさんの収納魔法の中には、膨大な量の魔物肉が入っているのですけど……」
「「「「あ……」」」」
そうなのである。
あの、アルバーン帝国における、絶対防衛戦。
あの時の、膨大な量の魔物達の死体。
放置すれば腐って、大変なことになる。また、魔物素材の価格が一時的に大暴落し、ハンターの生活が破綻する。
そして、一時的に大暴落した魔物関連の肉や素材は、何の処理もせずに放置されればすぐに腐り、使い物にならなくなる。
そうなると、今度は一転して、品不足に……。
とにかく、そうなると大勢が困る上、腐った死体に覆われた土地が、とんでもないことになってしまう。
なので、マイルと『ワンダースリー』はそれを防ぐため……という名目で、大量の魔物をアイテムボックスに収納したのである。
……特に、高く売れそうなもの、美味しいもの等を重点的に……。
しかし、市場価格を破壊しないよう、それらはアイテムボックスの肥やしとして死蔵し、『無いモノ』として扱い、何らかの理由がない限り、それをギルドに売ることはなかった。
……ハンターギルド、商業ギルド、職人ギルド等、全てのギルドに対して……。
但し、それらを自分達が料理して食べる、ということは、特に制限はしていない。
それに、このあたりでは狩れない稀少なものはともかく、普通のオークや角ウサギとかであれば、普段の狩りでいくらでも補充できる。
「私達はハンターですから、狩りから戻って数日間くらいであれば、ギルドに売らずに残しておいた自分達用の肉を持っていても、別に何もおかしくはありませんわよね?
でも、あまり日数が経っていたり、このあたりで狩れる魔物以外の肉を大量に持っていたりするのはおかしいですから、宿屋で厨房を借りて料理する時は、そういう魔物肉や家畜の肉は、肉屋で購入しておりましたわよね。
……マイルさんが使われる言葉で言うなら、『アリバイ作り』というやつですわ」
大容量の収納魔法のことは公表しているが、さすがに、時間停止機能のことは秘密にしている。
なので、狩りに行っていないのに、あまり長い間生肉を出し続けるわけにはいかないのである。
「そのため、マイルさんが人目に触れるところで料理をされる時は、使ってもいい肉の種類が限られておりましたわ。
しかし、クランハウスで調理するならば、人目を気にする必要はありませんから、死蔵している様々な種類の魔物肉を使い放題ですわよ。
なので、これから私達が市場で購入しますのは、魔物肉ではなく家畜類、つまり牛や山羊、羊、鶏等と、それらから採れます卵や乳、そしてその加工品だけになりますわね。
……つまり、クランで実際に消費します肉の、ほんの一部のみ、ということに……」
「承認! 市場で買う肉の価格は、100グラムあたり小銀貨4枚まで認めます!
お祝いや特別な日は、その制限も解除!
それと、マイルちゃんが新作料理の研究のために使う場合も、制限の対象外とします!」
「「「おおおおお!!」」」
ポーリンの、太っ腹な許可が出た。
特に、マイルの研究費が無制限となったのが大きい。
研究とはいっても、試作品は全員の1食分を作って評価を求めるのだから、みんなが食べられるのである。
まぁ、肉代にかかる予算が激減するので、ポーリンにとってもそれくらいは許容範囲内なのであろう。
……但し、マイルの料理の研究においては、肉代よりも、使用する香辛料や調味料の方が高くつくのが普通なのであるが……。
* *
そしてその後、売り物の価格、品質等により、絶対買わない店や贔屓にする店をある程度決めたりと、共用物資の買い入れに関しての色々な擦り合わせを行った一同であるが……。
「じゃあ、レーナさんはひとりでは買い物に行かない、ということで……」
「何よ、それ!」
マイルの提案に、激おこのレーナ。
「あ、いえ、その……、レーナさんは収納魔法が使えないから、買ったものを運ぶのが大変かな、と……。
7人分ともなると、数日分の食料品は結構量が多いですから……」
「それは、ポーリンも同じでしょうが! 私より体力がなくて荷物が持てないポーリンは外して、どうして私だけ名指しなのよっ!」
「「「……」」」
正論を言われ、言葉に詰まる、マイル、メーヴィス、そしてポーリン。
『ワンダースリー』の3人は、マイルがそんなことを言った事情が分からず、口を出せない。
……そう。
レーナは、料理ができない。
というか、壊滅的である。
そして、良い食材を見分ける才能もまた、皆無であった。
身が詰まっていない甲殻類。中がスカスカで甘くない果実。鮮度が悪い野菜類。
……そして、美味しくない部位や傷みかけた肉……。
レーナに食材の購入を任せると、『安かったから』と言って、そういうものを買ってくるのである。
最初のうちは、マイルがそれらを何とか食べられるように知恵を絞って調理していたが、それにも限界というものがあるし、素材が悪ければ出来上がった料理も質が悪くなるのは仕方ない。
また、柔らかくするため長時間煮込んだり、味を誤魔化すためにたくさんの調味料や香辛料を使ったりと、手間も掛かるし、却って高くついたりしていた。
なので、『赤き誓い』では食材の購入に関してはマイルに一任されていたのであるが、消費人数が増え、アイテムボックスや収納魔法持ちが増え、そして食材の目利きができる者が増えたため、食材の入手も手分けしようとした結果が、コレである。
事情を知らない『ワンダースリー』勢は、マイル達が焦っている理由が分からずにきょとんとしているが、マイル達にとって、これはどうしても譲れない戦いなのであった……。
お知らせです!
例年通り、年末年始休暇として、2週間のお休みを戴きます。
そのため、来週と再来週の更新は、お休みです。(^^)/
本年は、色々とありがとうございました。
来年も引き続き、よろしくお願いいたします!(^^)/
そして、年明けの1月12日(金)に、本作『私、能力は平均値でって言ったよね!』のスピンオフコミックである、『私、日常は平均値でって言ったよね!』(全4巻)を描いていただきました森貴夕貴先生のオリジナル作品、『女神と魔王(♀)から迫られて生まれて初めて女の子とフラグが立ったので、意地でも異世界転生を回避したい件!??』のコミックス第2巻が発刊されます!
休暇中の刊行なので、少し早いですけど、お知らせを……。(^^)/




