636 本格始動 9
「……マ、マイルさん。あ、あの~、そのですね……」
市場まで間もなく、というところで、マルセラが、何やら非常に聞きづらそうな様子でマイルに話し掛けた。
「え? 何ですか、マルセラさん?」
そして、きょとんとした顔で、そう答えるマイル。
「あの……、その……、実は前から気になっていたのですけど、『赤き誓い』の皆さんもスルーしておられますので、何となく聞きづらくて……。
そして、もしもソレが見えるのは私達だけ、というようなことが露見しますと、非常に恐ろしいといいますか、いたたまれないといいますか……、とにかく、今まで話題にすることなく、見て見ぬ振りをしておりましたが、私達3人共、そろそろ限界ですの……。
その、マイルさんの胸元から頭を覗かせている、まるで金属で出来ているかのような不気味なものは、いったい何なのですか?
魔物? それとも、妖怪変化ですか?」
「「「「あ〜……」」」」
『ワンダースリー』の3人がそう思うのも、無理はない。
金属光沢で、カクカクの平面で構成されたボディ。
目立つリベット痕。
そして、どこを見ているのか分からない、動きがバラバラであり連動していない左右の眼。
ひと言で言い表すならば、『不気味』。
それ以上に適切な言葉はない。
「……マイルのペットよ。私達には関係ないわ」
「その通りです! 飼っているのも、世話をしているのも、マイルちゃんです!
……私は、たまに身体を拭いてあげたり頭を撫でてあげたりしていますけど……」
「同じく、いさかじゅうぞう!」
「「「あ~……」」」
何となく、状況を把握したマルセラ達。
そして……。
「よかったですわね、マイルさん。そのネタを使って下さる方が現れて……」
そう。このネタはマイルがエクランド学園時代から使い続けているのであるが、エクランド学園では全く受けず、誰にも相手にされていなかったのである。
『どんな言葉も、100回繰り返せばギャグになる』との信念の元、マイルがあれ程頑張ったにも拘らず……。
……当たり前である。
元ネタを知っている者がひとりもいない上、『いさかじゅうぞう』という単語は、旧大陸では……勿論、ここ、新大陸でも同じであるが……、人名だとは認識されていなかったのである。
そして、メーヴィスは別にそのネタが面白いと思って使っているわけではない。
メーヴィスは、優しく、博愛精神に溢れた、心遣いの人である。
……まぁ、そういうことであった……。
「この子は、メカ小鳥(仮)です」
マルセラからの『いさかじゅうぞう』の件への突っ込みはスルーして、メカ小鳥(仮)を『ワンダースリー』のみんなに紹介したマイル。
「『めかことりかっこかり』ちゃんですか……。少し長い名前ですね」
天然でそんなボケをカマす、マルセラ。
そして……。
『メカ小鳥、デス! カッコカリ、ハ、イリマセン!』
「「「ギャアアアアア、シャベッタアアアアァ〜〜!!」」」
* *
「……あ、なる程! 確かに、超巨大トカゲである古竜が喋るのですから、それに較べれば、小鳥が喋るくらい、別に不思議でも何でもありませんわね……」
「はい。私達ともあろう者が、とんだ視野狭窄に陥っていましたよ。お恥ずかしい限りですね。
目からウロコが落ちた思いですよ」
「ホントですよ! ヒト種や魔族、獣人以外が喋るのはおかしいことだ、などと思い込んでいたなんて……。まるで、ヒト種至上主義者みたいですよ!
ああ、『相手がどんな生物であろうが、商品を買ってくれる者は全て大切なお客様である』というのが信条である商家の娘として、とんでもなく恥ずかしい真似をしてしまいました……」
(((いや、それで納得するの?
そして、目からウロコが落ちたのではなく、今、目にウロコが嵌まったのでは?
……それも、古竜のウロコ並みに大きく、分厚いやつが!!)))
マイルの説明にコロリと騙された『ワンダースリー』の3人に、心の中でそう突っ込みを入れた、レーナ、メーヴィス、ポーリンの3人であった……。
「……で、仮ではない、正式な名前は……」
「募集中です」
(ああ、そういえば、マイルさんにはネーミングセンスがありませんでしたわね……)
そして、何となくメカ小鳥の正式名称が未定であることの理由を察した、マルセラ達。
「では、とにかく『メカ小鳥』ちゃんはマイルさんのペット……、いえ、同居人ということですのね?
そして、珍しい種類の小鳥なので、それがバレると誘拐されたり権力者に献上を強要されたりするだろうから、喋れることとかは秘密にして、対外的には、ただの見た目が気持ち悪い小鳥として飼っている、と……」
マルセラの『見た目が気持ち悪い』という発言にはかなり不快そうな様子のメカ小鳥であったが、さすがに大事な話の途中で口を挟むつもりはないようであった。
それに、今まではみんなの話し声が聞こえる範囲内には人がいなかったが、市場が近くなった今は人の姿が増え、メカ小鳥が喋ることも、そして聞かれるとマズい内容の話をすることもできなくなっていた。
この話の続きはクランホームに戻ってからであり、今は当初の予定通り、市場で『食材として購入しないもの』、そして購入するものの品質レベルの擦り合わせをするのであった。
このメンバーなら、贅沢や我が儘を言う者はいないとは思われるが、『どうしてもその食材は駄目!』というものや、『そんな安物は危険だから食べられない』とか、逆に『そんな高いものは買っちゃ駄目!』とかいうものの擦り合わせは、共同生活においては絶対に必要なのである。
肉ひとつを取っても、100グラムあたり銀貨8枚くらいする高級牛肉もあれば、銅貨4枚くらいの、安いオークの軟骨部分や内臓肉もある。
ハンターであれば、野営の時には何でも食べる。
しかし、町中のクランハウスでの食事ではあまり酷いクズ肉は食べたくないであろうし、逆に、大食らいのレーナやマイルを抱えているというのに、高級牛肉など買っていられない。
まぁ、馬鹿高い肉は、美味しくて当たり前。
安物の肉を如何に美味しく調理するかが、腕の見せ所というものである。
そのあたりのことは、料理には拘るマイルも、商家の娘であるポーリンとモニカも、そして貧乏下級貴族の娘であるマルセラも、よく理解している。
……ド田舎の貧乏農家の娘であるオリアーナは、肉というだけでご馳走なので、言うまでもなかった……。




