632 本格始動 5
「……で、マヌケ……、『マイル抜け』のメンバーで狩りに来たわけだけど……」
「はい。いつもマイルちゃん頼みですから、こういう訓練は必要ですよね。
マイルちゃんが怪我……をするイメージはあまり湧きませんけど、病気になったり、何かの事情で一時的にパーティから離れることも考えられますから。
その時に、マイルちゃん抜きだと何もできないというのでは困りますからね。
事実、以前マイルちゃん抜きで私達だけで行動した時……」
「散々だったよね……。あはは……」
ポーリンの言葉に、前回のことを思い出して、自嘲の乾いた笑いを溢すメーヴィス。
「でも、今回は大丈夫だ。安心してくれ!
何しろ、マイルには到底及ばないものの、私には宿屋の一室程度の広さの収納魔法が使える。
だから、テント、毛布、食料、浴槽、トイレ、調理器具と、何でもあるし、獲物も楽々運べる。
これで、マイルがいなくても十分な収入が得られるよ!」
「「……ケッ!」」
ニコニコと機嫌の良いメーヴィスに対して、レーナとポーリンは、面白くなさそうな顔である。
それも当然であろう。一流、いや、超一流の魔術師を自認している自分達がどうしても会得できない収納魔法を、魔法が使えないはずのメーヴィスが簡単に会得してしまったのである。
……それも、おそらくマイルと『ワンダースリー』を除けば大陸でベスト3に入るであろう、大容量の……。
レーナとポーリンにとっては、自分達のプライドがバキバキにへし折られた状態である。
そして、それはマイルに依存していたのがメーヴィスの収納魔法に依存するのに代わっただけであり、レーナとポーリンにとっては何の解決にもなっていなかった。
しかも、『ワンダースリー』は、3人全員が収納魔法の使い手である。
「「ぐぎぎぎぎ……」」
屈辱の唸りを上げるレーナとポーリンであるが、こればかりはどうしようもなかった。
早く自分達も収納魔法を会得するしかない。
しかしこれは、決してレーナとポーリンに才能がないせいではない。
『ワンダースリー』は、マイルがナノマシンにお願いして、3人に専属のナノマシンを付け、そして直接アイテムボックスのアシストをするよう頼んでいるから、使えているだけである。
それに、3人が使っているのはアイテムボックスであって、収納魔法ではない。
そしてメーヴィスには、作り物である左腕を管理するナノマシンと、剣の整備を担当するナノマシンが常時大量に張り付いてフォローしている。
メーヴィスが簡単に収納魔法を会得できたのは、絶対にそのせいであろう。
たくさんの専属ナノマシンが常時くっついているから、亜空間を開くのも維持するのも、かなりハードルが低かったものと思われる。
……それに、元々頭が良く、そしてミアマ・サトデイルの小説を読んでいるメーヴィスは、異世界とか異次元、空間の歪みとかいう概念を何となく理解していた。そのあたりも、大きく影響している可能性がある。
とにかく、収納魔法は使える者が非常に少なく、もし使えてもその容量はかなり小さい、というのが普通であって、山小屋ひとつ分などという容量であれば、大陸で1〜2を争う収納魔法の使い手であり、各国から引く手数多、どの国からも貴族として迎えられるであろう。
レーナ達には、普通のCランクハンターを大きく越えた戦闘力がある。
速さ、威力、持続力、そして精度。
なので、皆がそれぞれ平均的なCランクハンターふたり分の戦闘能力を持っているとして、前衛の剣士ふたり、攻撃型魔術師ふたり、支援・治癒型魔術師ふたり分の戦力があるわけである。
そこに更に、小さな山小屋に匹敵する馬鹿容量の収納魔法持ち。
これはもう、荷運び人の集団を引き連れた、凄腕パーティと同じである。
「私達も早く、収納魔法を会得するしかないわね……」
「はい……」
レーナとポーリンも、あとひと息なのである。
ポーリンは既に亜空間の形成と維持に成功しており、あとはその持続時間と、何があっても維持が崩れないように……疲れても動揺しても、そして眠っていても……することと、収納の容量を大きくすること。
レーナはまだポーリンの段階までは進んでいないが、一応、亜空間の形成には成功している。
ふたりとも、まだ一人前の収納魔法使いを名乗れる段階ではないが、その少し手前、一万人にひとりくらいのところまでは進んでおり、あとひと息なのである。
これも、メーヴィス程ではないものの、マイルの指導だけでなく、『にほんフカシ話』により『異次元世界』とか『他の空間』とかいう概念を昔から何度も聞かされていたおかげであろうか……。
ならば、旧大陸においては、異次元世界からの侵略の件で『他の次元世界』というものの存在が広く知られた結果、独力で『あと少し』というところまで行っていた魔法の天才達が次々と収納魔法に目覚めていく、という可能性もあるかもしれない。
さすがに、それらの者達にまで先を越されては、何年も前から『にほんフカシ話』を聞かされていた上、マイルからの直接指導を受けているレーナとポーリンの面子、丸潰れである。
ここは、どうしても頑張りたい、ふたりであった。
* *
「そろそろ、夜営の準備をしましょうか……」
レーナの言葉に頷く、メーヴィスとポーリン。
普通は、夜営に適した場所……急な大雨や川の増水とかでも安全で、魔物や盗賊に襲われた場合に戦いに有利なところ……を探したり、テントを組み立てたりするのに時間がかかるのであるが、マイルがいればテントの設営や寝床を作る必要がないため、暗くなるギリギリまで活動できるというのは、『赤き誓い』の大きなメリットである。
今はマイルがいないが、メーヴィスもまた、小型ではあるが組み立てたままのテントを収納しており、その中には毛布とかも入れてある。
毛布は軽いし、テントの中に入れておけば余計なスペースを食って収納魔法の容量を圧迫することもない。その他の物資も、色々とテントの中に入れてから収納してある。
野営場所の選定も、魔法で大量の水を出せるレーナとポーリンがおり、メーヴィスも収納魔法の中にかなりの量の水を入れているため、水場を探してその近くに、というような、魔術師がいないパーティが苦労する部分を全部無視できる。
急な雨に備えた、テント周りに排水用の溝を掘る作業とかも、土魔法で一瞬である。
事前に掘っておかなくても、雨が降り始めてからでも全く問題はない。
攻撃魔法や治癒魔法だけでもパーティメンバーの生死を左右するというのに、生活面においても、全てに渡ってこうなのであるから、魔術師を抱えていないパーティが必死で魔法を使える者を勧誘するのも、無理はない。
メーヴィスが収納魔法から出したテントの中に防水布を敷いて、その上に毛布を敷く。
いつもの簡易ベッド程ではないが、それでも普通のハンター達が刈った草の上にマントを被せて寝るのに較べれば、天地の差である。
なので、それは全く苦にはならなかった。
身体や衣服の汚れには、マイルから教わった洗浄魔法と清浄魔法があるし、メーヴィスの収納魔法の中には浴槽と衝立があるから、お風呂に入ることもできる。
レーナとポーリンがいれば、魔法で水を出してファイアーボールで温めるのは簡単だし、直接お湯を出すこともできる。
そして、いつものように土魔法で造った簡易かまどで調理し、温かい食事を摂った後……。
「じゃあ、眠くなるまで『にほんフカシ話』を……、あ……」
「「あ……」」
「明るくなるのは、朝1の鐘の少し前くらいですよ」
「そんなに長く寝られないよ……」
暗くなってから食事の用意を始めたが、ここは太陽が昇るのも沈むのも山の方なので、夜明けまでにはまだ10時間以上ある。昨夜も十分寝たため、さすがにそんなには寝られない。
いつもであれば、その時間をマイルの『にほんフカシ話』でうまく調節するのであるが……。
「……私が、兄様達とのエピソードを話そうか?」
「結構よ」
「遠慮します」
その話は、もう聞き飽きた。
「「おやすみなさい……」」
「……あ、うん……、おやすみ……」




