629 本格始動 2
「い、いや、そのあたりは、仕切り直して、話し合おう。依頼料についても、検討の余地が……」
「いえ、結構です。そのお仕事は、他のパーティにお譲りします。受けてくれるパーティがあれば、ですけど……。
では、また、御縁がありましたら……」
「……え?」
メーヴィスの言葉に、驚く商人。
「じゃ、依頼ボードでいい依頼を探すわよ!」
「「「おおっ!」」」
「……え? ええっ? ……ちょ、ちょっと待て! 今から依頼料の金額交渉が始まって……」
即座に会話を打ち切ったメーヴィスと、さっさとその場を後にしようとするレーナ達に、動揺の言葉を漏らす依頼人。
最初に安値の依頼料を提示して、賃上げを要求する相手と交渉して落とし所に落ち着く。
最初から全ての条件を提示して受注者を募集する一般依頼では使えないが、受注者を指名して条件をすり合わせる指名依頼でなら、そういうやり方もできる。
そしてそれがこの商人のやり方であり、この辺りでの一般的なやり方でもある。
……しかし、『赤き誓い』は、マイルの影響もあり、そういうやり方は好きではなかった。
「常識外れの安値を提示して、上手く金額交渉ができる相手には値を変え、そういうのが苦手な者からは搾取する。
私達は、そういうのは嫌いなのよ。
どんな相手にも、同じ金額、適正な依頼料で契約するというのが、私達のやり方なの。
でも、別に他の人達にもそれを要求することはないわよ。
その人達は、そういうやり方でいいという人達と取引すればいいのよ。ただ、私達はそれには関わらない、ってだけのことよ。
じゃあね!」
そう言って去って行くレーナと他のメンバー達を、ぽかんとした顔で見送る商人。
商人として、レーナが言ったことに納得したわけではない。それは、馬鹿がやることである。
……しかし、自分が失敗し、せっかくの大きく稼げる機会を逃したということだけははっきりと理解した、商人であった……。
「お前達、よく蹴った! ああいう悪質な連中の依頼を受けたりすると、依頼料の相場が下がって皆が迷惑するからな。
だが、今日の飯代にも困っている奴らや、指名依頼という実績が欲しくて受けたり、計算が苦手で騙される奴とかもいるからなぁ。
ま、ああいう悪質なのはこの王都にゃ殆どいねぇよ。1〜2回なら通用しても、あっという間に王都中のハンターに話が広まって、誰も受けてくれなくなるからな。
多分さっきのヤツは、メロイの街から荷を運んできた、自前の馬車を持たない小さな商店の者だろうな。
王都へは滅多に来ないし、小売りじゃないから評判なんか気にせずに、収納持ちの小娘を騙して経費の大幅節減を、とでも考えたのかな?」
「え? でも、王都へ荷を運ぶのに使った馬車や護衛は……」
「それは、王都からメロイの街へと荷を運んだ商隊が帰る時に、うまく交渉して安く上げたのでしょう。帰りの馬車が必ず行きと同じように荷を満載して帰るとは限りませんからね」
マイルの疑問に、ポーリンがそう答えた。
確かに行きも帰りも満載、というのが望ましいが、そうそう毎回上手く行くとは限らない。
特に、その街に王都でよく売れる商品がない場合には……。
どこの街でも仕入れられるなら、安い街で、そして王都に近い街で仕入れるに決まっている。
輸送に掛かる経費、商品の劣化、そして盗賊に襲われる危険を考えれば、当然のことである。
王都へ戻る商隊の空きスペースに割安で自分の荷を積んでもらった小規模商人が、今度は王都から自分の街へ帰る時に、王都で買い込んだ商品を如何に安く運ぶか、ということで知恵を絞っている時に耳にしたのが、大容量の収納魔法が使える者を擁した、世間知らずの小娘パーティ、というわけだったのだろう。
即座に飛び付き、指名依頼を出した。
……そして、交渉の仕方、条件提示の加減を誤った。
Cランクハンターに護衛ではなく荷の輸送を依頼し、そして相場を大きく下回る依頼料を提示し、その後の交渉によって、その金額と相手が要求するであろう相場金額との間で落とし所を探る。
相手の馬鹿さ加減によっては、かなり依頼料を叩けるやり方であった。
なのに、ハンター側は最初の条件提示の時点で依頼を断った。
そこから交渉が始まるはずであったというのに……。
もし小娘の収納魔法の容量が、噂で聞いたものの半分、いや、3分の1であったとしても。
そして普通の依頼料を、いや、その倍額を払っても、大きな利益が得られたであろう。
あのような馬鹿な真似さえしなければ……。
馬車1台と、馬、御者、そして護衛に掛かる経費。
食料、水、その他諸々の消耗品。特に、馬は大量の水と飼い葉を必要とする。
それらに圧迫されて、搭載量が減る馬車の荷台。
それらを考えれば、依頼料が金貨20枚になっても充分に稼げたはずである。
……それが、一瞬のうちに失われてしまった。
これが、中堅以上の商家であれば、Dランク以上のハンターが商隊の護衛ではなく荷物運びを引き受けることもなければ、特別な場合を除き、相場を大きく下回る依頼料で仕事を受けたりしないことくらい、当然知っている。……ここ、王都であれば。
しかし、地方都市では、己の矜持だとか相場の維持うんぬんよりも、今日の生活費を優先する下級ハンターがおり、依頼側の立場が強いのであろう。
なので、相手が小娘であると侮り、最初に少々相手を舐め過ぎた条件を提示した。
……その結果が、これである。
そもそも、地方から来た商店主が耳にするような情報である。ここ、王都の商家の者達が知らないわけがない。
商業ギルドを通じて。
懇意にしているハンターから。
市井の情報収集網によって。
その他、諸々……。
なのに『赤き誓い』がそういった依頼を受けずに王都にいるということは、……その者達は『赤き誓い』がそういう依頼は受けないであろうと判断しているか、もしくは既に依頼して断られたかの、どちらかであろう。
王都の商人が、そんな美味しい儲け口が転がっているというのに、それを見逃すはずがなかった。
そんなことすら予想できないというのは、所詮は田舎町の弱小商店主であり、生き馬の目を抜く商業界で鎬を削る、王都の中堅商家や大店の経営者とは比ぶべくもない。
(……いや、まだだ! まだ、次の手がある……)
そして、商人はまだ諦めてはいないようであった……。
* *
翌日。
「あ、『ワンダースリー』の皆さん、指名依頼が入っておりますよ!」
「「「え?」」」
どうやらあの商人は、大容量の収納魔法持ちの少女がもうひとりいるということを知っていたらしかった。
しかも、そちらのパーティは未成年者ばかりの3人組で、チョロそうだということも……。
収納持ちの少女の話題となるなら、ふたりの話がセットで話されるに決まっているから、それは当たり前のことであった。
そして繰り返される、昨日とほぼ同様の会話と展開。
昨日話をした『赤き誓い』を更に上回る、……いや、下回る、全員が未成年である小娘3人。
昨日の『赤き誓い』に対するものと同じ初期提示額にしたいという誘惑に駆られながらも、さすがに商人として同じ失敗を繰り返すような馬鹿ではないため、そこそこの依頼料を示したのであるが……。
「いえ、私達、『赤き誓い』とは仲良しですのよ。
ですから、勿論昨日のことは全て伺っておりますし、私達もマイルさんと同じ方針ですのよ。
なので勿論、返事も同じですわ」
「「「……お断り!!」」」
そして、がっくりと肩を落とし、とぼとぼと引き揚げる商人。
別に、損をしたというわけではない。
しかし、商人としては、大きく稼げるチャンスを目の前にしながら自分の愚かな言動のためにそれを台無しにしたということは、ただ単純に損を出したということよりも、ずっと堪えたのかもしれなかった。
拙作、『私、能力は平均値でって言ったよね!』のスピンオフコミックである『私、日常は平均値でって言ったよね!』を描いてくださいました森貴夕貴先生のオリジナルコミック、『女神と魔王(♀)から迫られて生まれて初めて女の子とフラグが立ったので、意地でも異世界転生を回避したい件!??』の執筆が再開されました!(^^)/
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よろしくお願いいたします!(^^)/