628 本格始動 1
「じゃあ、いよいよ王都で本格的にハンターとしての活動を始めるわよ!」
「「「おおっ!」」」
「とりあえずはパーティの名を上げて、指名依頼が来るようになるまで頑張るわよ!」
「「「おおっ!」」」
ギルド内でそんな気勢を上げれば、それは目立つ。
……目立ちまくる。
しかし、『赤き誓い』は、ここではまだ『収納持ちがいるというだけの、Cランクになったばかりのパーティ』という認識であり、それも、収納持ちがいるがために、緊急時の強制呼集の対象にできるようにとかなりのオマケを付けて、以前いた街のギルド支部が無理矢理Cランクにした、と思われていた。
そして、『ワンダースリー』とは違い前衛がふたりいるし、4人パーティなので、殆どのパーティは引き抜きの対象としては『ワンダースリー』を狙っており、『赤き誓い』は比較的平和なのであった。
そのため、居合わせたハンター達は皆、『赤き誓い』のそんな様子を微笑ましく見守ってくれていたのであるが……。
「あ、『赤き誓い』の皆さん、指名依頼が来ていますよ!」
受付嬢に窓口からそう叫ばれて、ずっこける『赤き誓い』の4人であった……。
* *
「……」
せっかくの気勢がずっこけてしまい、他のハンター達に吹き出され、少し機嫌が悪い……というよりは、恥ずかしくて顔を赤くしている、レーナ。
他の3人も、少し恥ずかしそうである。
「……で、まだCランクになったばかりの私達に、誰が、どんな依頼を指名してきたのよ?」
レーナの疑問は、尤もである。
旧大陸であればともかく、ここではまだただの『小娘4人組』に過ぎない自分達に指名依頼をする者が、そうそういるはずがない。
しかし、『赤き誓い』に指名依頼をする者には心当たりがなくとも、『見目の良い若い女性に指名依頼をする、悪いことを考えている者や狒々爺』の存在は知っていた。
なので、当然ながら警戒心バリバリの、『赤き誓い』のメンバー達。
「皆様の収納魔法目当ての、商人さんからの御依頼です」
((((あ〜、そっちかぁ……))))
それならば、納得できる。
いや、まだ聞いてもいない依頼内容に納得しているわけではなく、自分達が指名された理由は、ということであるが……。
そして、指名依頼のことを伝えた受付嬢の顔色は、優れない。
ギルドとしては、規約に違反していない依頼は、仲介せざるを得ない。
いくらそれが明らかに断られるであろうものでも。
それを受けるか断るかを決めるのは、指名された者の仕事である。
* *
「……では、御依頼の内容は、メロイの街まで片道8日の、収納魔法による荷物の輸送。
荷は概ね馬車1台分で、依頼料は小金貨24枚、と?」
依頼人との顔合わせにおいては、最初にパーティリーダーであるメーヴィスが挨拶した後は、マイルが交渉を担当している。
これは、依頼内容が収納魔法に関わるものであるから、当然のことである。
「はい! ただの荷運びに護衛依頼並みの依頼料ですから、破格の報酬額ですよ!」
「はは……」
「あはは……」
「うふふ……」
「あっはっは!」
「「「「舐めてるの?」」」」
「どうして、片道分の日当しかないのですか? 私達は帰りにも8日かかるのですけど?
拘束期間は、16日なんですけど?」
「片道分だとしても、8日で小金貨24枚って、1日3枚じゃないの。どこが護衛依頼並みよ!
……もしかして、収納持ち以外の者はただ働きしろってこと?」
「そしてそもそも、私達はハンターです! 護衛依頼ならハンターの仕事ですけど、荷物運びなら、馬車屋か荷運び屋、もしくは商家へ行ってくださいよ!」
「え……」
「いや、どうしてそこで驚いたような顔をするのですか? 驚くのは、こんな馬鹿げた指名依頼を持ち掛けられた、私達の方ですよ。
そもそも、私が収納魔法で荷を運ぶにしても、小娘がひとりで移動していれば賊に狙われますから、当然護衛が要りますよね?
たまたま、私達はCランクパーティですから自前で身を護れますけど、だから護衛料はなしでひとり分の輸送料のみ? 襲われる危険があるのに? そちらが別途護衛を雇うわけでもなく?
それに、そもそもDランク以上のハンターは、荷運びの仕事は受けませんよ。
荷運びの依頼を受けるのは、馬車屋、荷運び屋、人足を斡旋してくれる口入れ屋や、駆け出しのE〜Fランクか、見習い扱いである10歳未満のGランクの子供達だけです。それと、そちらの方へ行く商隊に依頼するか……。
Dランク以上の者がそういう人達の仕事を取るのは、みっともないというか、恥ずかしい行為なんですよ。ハンターとしての常識と、『恥』という概念を知っていれば、絶対に受けませんよ、そんなの……」
「マイルの言うとおりよ。
そりゃ、商隊の護衛依頼を受けた時に『大事なものや壊れやすいものを収納に入れてもらえないか』と頼まれれば、入れてあげるわよ。
でもそれは、あくまでも護衛依頼を受けた相手へのサービス、って感じね。荷物運びで稼ぐわけじゃないから、その程度なら別に問題ないのよ。
……でも、最初からそれだけが目当てで、護衛料も払わず、相場からかけ離れた依頼料で?
ハンっ! いくら指名依頼が来るようになるのは信用の証とはいえ、誰が受けるのよ、そんな指名依頼!」
「そもそも、馬車1台分の荷を運ぼうと思えば、馬車のレンタル料、御者と護衛3〜4人分の報酬、馬の飼い葉代、それに皆の食料やら色々が、帰りの分も含めて、16日分。
それを、マイルちゃんひとりへの8日分の日当で済ませようとした時点で、考えるまでもないですよね」
マイルに続き、レーナとポーリンからも袋叩きである。
皆の頭には、あの港町で出会った商人の少女の顔が浮かんでいた。
(田舎町では、碌な依頼がないからハンターの立場が弱く、悪質な商人の食い物にされることが普通にあるのかな……)
マイルだけでなく、他の3人も同じようなことを考えていた。
しかし、ここは王都であり、そのようなやり方は通用しない。
……いや、田舎町であっても、そのハンター達が余程生活に困っているか、馬鹿でない限りは通用しないと思われるが……。
実は、『赤き誓い』は旧大陸にいた時にも、荷運びの依頼を持ち掛けられたことがある。
勿論、このような酷い条件ではなく、報酬額としては納得できるものであった。
しかし、それらも全て、『荷運びは、Cランクハンターの仕事ではない』と言って、断っている。
マイル達は、輸送業に携わる人達の仕事を奪うつもりはないのである。
これが『飢饉の村への緊急物資の輸送』だとか、『流行り病に苦しむ田舎領への、薬草の輸送』とかであれば、話は違うのであるが……。
そして、パーティリーダーであるメーヴィスが、正式に依頼に対する返事をした。
「そういうわけですので、この指名依頼はお断りします」
「くっ……。
では、パーティ全員に対して、私の護衛依頼を出そう。そして、ついでに荷を運んでもらおう。
4人に対して、帰りの分も含めて16日分。全部で金貨12枚と、小金貨4枚だ。
それならば問題はないだろう!」
「え? ひとり1日あたり小金貨2枚ですか? さっきより1枚減ってるじゃないですか。
……それに、それだと小金貨が4枚足りませんよ? まさか、私達が掛け算もできないとか思って、セコく誤魔化そうと?
雇う護衛を騙そうとするような不誠実な方からの依頼はお受けできませんね。
まぁ、それ以前の話として、いくら建前を変えて言い繕おうが、こんなにみんなにバレバレじゃあ、受けられるはずもありませんけどね」
「え……」
商人が、マイルの視線を追って、後ろを振り向くと……。
思い切り、注目されていた。
ギルド職員達からも、居合わせたハンター達からも……。
顔合わせは、ギルドの隅のブースで行っていた。
しかし、商業ギルドのように完全個室で防音対処がされているわけではなく、板で3面が簡単に仕切ってあるだけ。後方の1面と上部はガラ空きであり、出発日時や商品名とかを口にする場合だけ声を落として、という適当な作りである。少し大きめの声であれば、丸聞こえであった。
そして少女の声はよく通るし、馬鹿にされた依頼内容に腹を立てている『赤き誓い』の面々の声は大きかった……。




