627 閑話 第三王女、大聖女になる 3
長い道のりでしたわ。
我が国の沿岸地域を回り、その後、オーブラム王国を回りましたわ。
エストさんとのタイミングもありますので、向こうの移動や物資集積のための時間待ちもありましたから、かなりの日数がかかりました……。
でも、人々を救うためでしたので、私もエストさんも頑張りましたわ。
そしてエストさん、穀倉地帯の農民や領主の間で大人気らしいですわ。御自分のお国だけでなく、周辺諸国からも……。
もう、殆ど『崇められている』と言えるくらいらしいですわね。
ダブついた大量の穀物の買い取り。
価格が暴落した穀物を買い叩くことなく、平常価格の2割引という良心的価格での購入。
そして、飢饉に苦しむ遠方の国の人々を救うためという、高尚な目的。
更に、その行為に感心なされた女神により与えられた、物質転送魔法……ということになっております、特殊な収納魔法。
いえ、最後のやつだけで、崇められるには充分ですわね。
既に、大聖女扱いされているらしいですわ。
「……ここに、モレーナ王女を大聖女と認めるものとする!」
大歓声が湧き上がっておりますわ。
現実逃避も、ここまでですわね。
ええ、見ての通り、私、大聖女に認定されてしまいましたの……。
平常時の僅か2割増しという、破格の価格での食料の供給。
……そして事情をあまり知らない一般の方達には、仕入れ値はもっと高いと思われていますわ。
なので、私は大損をしていると……。
高貴な身分でありながら、危険な長旅により民のために身を粉にして働き、国を問わず多くの命を救ったこと。
……そして、そのために女神から与えられた、遥か遠方の地から物資を運ぶという、驚天動地の奇跡の力。
そりゃあ、大聖女くらい認定されてしまいますわよねぇ……。
よく考えれば、こんなの、御使い様か女神様御自身で行われるような奇跡じゃありませんの……。
とても、人間業ではありませんわ。
……もしかして、私、やらかしましたの?
私達、私財をはたくどころか、大儲けしましたわ。
凶作になった国々も、作物がとれなかっただけであり、それ以外のもの、鉱業や林業、商業等が駄目だったわけではありませんし、蓄えた金貨や宝石が消えてしまったわけではありませんから、領主邸の金庫や国庫から、代金はすぐに支払われました。一部は、金貨ではなく宝石や証文とかでしたけど……。
そのため、一時的に立て替えた形であった私やお父様の個人資産、そして国庫からの借り受け金は、すぐに元通りに、そしてそれ以上に膨れあがりましたわ。
それに、エストさんの方も、私が送りましたものを穀物購入のために換金されました際に、購入のための資金以外の御自分用の換金もされておりますから、かなりの稼ぎになったはずですわ。
人助けになり、多くの人達に感謝され喜ばれ、そして莫大な利益に。
商売、楽しすぎますわ!
「……というわけで、女神が大聖女をお遣わしくださった我が国の、これからの輝かしき未来を……」
あああ、勝手に、どんどん話が進んでおりますわ!
半年前に、アデル……、マイル様を取り戻して我が国が独占するという野望が果たせなかったため、今回私を担ぎ上げて国威の高揚を図ると共に、女神の御寵愛繋がりで私とマイル様との交流を、そしてそれを足掛かりとして再度マイル様の引き抜きを画策するつもりなのでしょうねぇ……。
まあ、それは私も異存ありませんけれど……。
お兄様とヴィンス、どちらかにマイル様を、そして残った方にマルセラちゃんを、という私の計画に適うことですからね……。
そう、私はまだ、諦めたわけではありません……。
* *
「くしゅん!」
「ぶあぁ〜〜っくしょい!!」
マルセラとマイルが、立て続けにくしゃみをした。
したのであるが……。
「……マイルさん、あの、もう少しその、慎みを持って……」
「出物腫れ物所嫌わず、ですよ!
そしてマルセラさん、女の子に幻想持ちすぎですよ! たわばさんじゃあるまいし……」
「誰ですか、その人っ! そして幻想も何も、私自身が『女の子』ですわよっ!」
「手鼻をかむわけじゃないですから、派手にくしゃみをするくらい……」
「駄目ですわよ! マイルさん、あなたはそもそも、乙女の尊厳というものをいったいどう考えておられますの!」
「あ〜、またマルセラの、マイルに対する『淑女教育』が始まったわ……」
「まぁ、マイルは伯爵様兼侯爵様だからねぇ。さすがに、少しはそのあたりのことも……」
「それ以前に、マイルちゃんは御使い様であり、女神の愛し子ですからねぇ。あまり下品なことをすると、神殿から苦情が来ますよ。
まぁ、この大陸ではその心配はありませんけど、そのうち向こうに戻りますからねぇ……」
そしてレーナ、メーヴィス、ポーリンの言葉に、苦笑するモニカとオリアーナであった。
* *
「うむむ……」
「どうしました、ギルマス?」
何やら考え込んでいるギルドマスターに、副ギルドマスターが声を掛けた。
「いや、あの連中、……『ワンダースリー』だがな。
あの3人だけで行動させるというのは、安全面から考えて、論外だ。
もうひとつの方、『赤き誓い』と一緒というのも、前衛ふたり、魔術師5人というのは、如何にもバランスが悪い。
それに、ひとつのパーティではなく、わざわざ2パーティに分けているということは、いつも一緒に、というわけではないということだろうからな……」
「それはまぁ、そうでしょうね」
誰が考えても同じ結論になるであろう。なので、副ギルドマスターも同意した。
「それに、男のみのパーティや、魔術師がいないパーティが狙っている。ま、当然だがな」
「……当然ですね。もし狙わないパーティがいれば、腰抜け、と呼んでいいでしょう」
「仲良し3人組なのだ、バラして、というのは承知すまい。
おかしな連中に手出しされる前に、3人一緒に、Cランク上位かBランクの信頼の置けるパーティに入れられんか? 大人数のところへ入れるという手もある。
大人数のところは、パーティ内でいくつかのチームに分かれたり、受ける依頼によってチームメンバーを組み替えたりする。収納持ちの嬢ちゃんは複数チームの掛け持ちで大変かもしれんが、大事にしてもらえるだろうし、他のふたりも、じっくりと育ててもらえるだろう。悪い話ではあるまい。
普通の新米パーティならば、涙を流して喜ぶぞ」
「……まあ、問題は、彼女達が『普通の新米パーティ』ではないことと、それを『悪い話じゃない』と思ってくれるかどうか、ですね」
「…………」
そして、何となく『そう思ってはもらえないんじゃないかな』という気がする、ふたりであった。




