621 クラン 5
「2番目が妥当かと思いますわ。皆さん、如何でしょうか?」
「ええ、私もあそこがいいと思うわ。みんなはどう?」
マルセラとレーナの言葉に、こくりと頷く他のメンバー達。
そう、この王都、そしてこの国を『合格』として、クランハウスを借りるべく、不動産屋に候補物件を見せて廻ってもらったのである。
そしてその中で、元は小さな宿屋だったところに目を付けた。
利点は、いくら小さいとはいえ、元宿屋である。同じ広さの元客室、つまり個室として丁度良い部屋がたくさんあるということである。
そして、当然のことながら、広い調理場がある。マイルがアイテムボックスに保存するために一度に大量の料理を作るのに便利であった。大きな鍋や釜、大皿とかもそのまま置いてあり、居抜き状態である。
皆が集まるのは、1階の元食堂部分。かなり広く、マイルが作ったミーティング用の黒板とかも置ける。
そして洗濯物を干したり、戦闘職の宿泊客が身体が鈍らないように鍛錬したりするために、やや広めの裏庭がある。
マイル謹製の携帯浴室や携帯トイレを設置するには充分な広さであり、井戸もある。
そして、メーヴィスが鍛錬したり、『ワンダースリー』に剣術指南をすることもできる。
道を歩く者からの視線を完全に遮るには、今の生垣では少し不足であるが、それは土魔法で塀を造れば済むので、問題ない。クランホームとして防備を固めるためにも、その方が望ましかった。
ここを退去する時には、また土魔法で元に戻せばいい。
他の物件は、大きすぎて賃料が高く、若手パーティ、特に『ワンダースリー』が住むには分不相応であったり……この物件も、かなり高いのではあるが……、逆に小さ過ぎて部屋数や裏庭の広さに不満があったりして、満足できなかったのである。
不動産屋は、彼女達がもっと小さな物件を選ぶと思っていたであろうが……。
おそらくこの物件は、『大きいのをふたつ見せて、小さいのをふたつ見せて、最後に丁度良いお勧めを見せる』という不動産屋テクニックあるあるの内、『大きいの』の内のひとつだったのであろう。
そしてもうひとつの『大きいの』は、明らかに普通のハンターが借りるには常識外であった。
まあ、ハンターの中には、貴族や金持ちの子供が道楽でやっている者もいる。
そしてマルセラとメーヴィスの存在が、このクランが構成員の年齢の割にはお金に不自由していないらしきことの説明になっているため、あまり疑問に思われることはないのかもしれない。
若手がお金を持っていると思われるのはあまり良いことではないが、全身から立ち上る『高貴なお方オーラ』は、どうしようもない。
そして借り主の身元がどうであれ、賃料と保証金を前払いすれば、不動産屋は何も気にしないのであった。
街の中心地、つまりハンターギルドや商業ギルド、商店街からは少し離れているが、市場からはそう遠くない。
それに、中心地から離れているのは、あまり騒がしくないこと、賃料が安くなること等、メリットもある。
ギルドや酒場の真ん前とか、酔客が騒いだりして、うるさくて堪らない。
「2番目のにするわ」
レーナにそう告げられた不動産屋は、かなり驚いているようである。
別に、購入するわけではない。嫌になれば、引っ越せばいい。
なので、結構軽い感じでこの物件に決めた、レーナ達。
現代日本の一般家庭とは違い、引っ越し荷物は少ない。
オマケに、引っ越しなど、マイルや『ワンダースリー』のアイテムボックスを使えば一瞬である。
なので、みんなの転居に対する心理的なハードルは、とても低かった。
* *
「ここが、私達のお城です!」
「この大陸における、私達の伝説が始まる場所よ!」
「いえ、また伝説を作っちゃうと、今度は東の大陸に移動しなきゃならなくなりますよ」
「たはは……」
相変わらずの、マイル達、『赤き誓い』。
そして、『ワンダースリー』は……。
「まず、掃除をするのが最初の仕事ですわね。その後、家具を用意しましょう」
「とりあえず、ベッドと調理器具、食器とカトラリー。最初は居抜きで残されているものをそのまま使いましょう。そして、徐々に好みのものに替えて……。
あ、その前に、トイレとお風呂を設置するのが先ですね」
「しばらく使われていなかったであろう井戸の水を汲んで、清掃兼水の入れ替えを行う必要がありますよね。それと、裏庭の目隠しを……」
マイル達『赤き誓い』に較べて、現実的な『ワンダースリー』。
両方合わせて2で割れば、丁度いい感じである。
案外、良い組み合わせなのかもしれなかった……。
* *
「お風呂とトイレ、設置完了です!」
額の汗を拭いながら、みんなにそう報告するマイル。
……汗をかくほど疲れてはいないくせに……。
設置したのは、マイルが常にアイテムボックスに入れている、大きな岩でガッチリと護られている『移動式要塞浴室』と『移動式要塞トイレ』ではなく、新造品である。
覗きや襲撃者による奇襲に完全対応。
人数が増えたので、トイレは個室をふたつに増加。
台所や洗面所用に造った給水塔から水を引いて、トイレは水洗式にしてある。
……いくらメーヴィス以外は水魔法が使えるとはいえ、コップ1杯の水を飲んだり、料理や洗面、食器洗いとかにいちいち魔法で水を出すのは面倒であるし、量の加減が難しい。
そして甕に汲み置きとか、不衛生も甚だしい。とてもマイルに許容できるようなものではなかった。
なので、給水塔があるととても便利なのである。
給水塔は充分な高さがあり、2階部分にも給水が可能である。
給水塔のタンクへの水の補充は、井戸水を汲み上げるのではなく、魔法で行う。
台所に水量が表示されるようにしているので、残量が一定以下になれば、気付いた者が補充する。
メーヴィスは魔法が使えないため除外されるが、魔力が少ないモニカとオリアーナは、訓練ということも兼ねて、頑張って補充することになっている。
この給水塔及びそれから派生する水道、水洗トイレの存在だけで、この建物の快適さは一般家屋とは比較にならない。
そして更に、貴族の邸か高級な宿屋くらいにしかない、浴室。
いや、マイル謹製のシャンプーとかを入れれば、貴族の邸のものを遥かに凌駕している。
廃水は、地下のタンクに溜めておいて、魔法で浄化する。
その後、綺麗になった水を排水溝に流す。
本当は、そのまま再利用してもいいくらい完全に浄化されているのであるが、さすがにいくら綺麗になったとはいえ、元廃水を使うのは心理的なハードルが高過ぎた。
「……マイルさん、どこまで私達を堕落させるお積もりなのですか……」
「あはは、もう、普通の宿屋とかには泊まれないよね……」
「実家に帰省した時、汲み取り式のぼっとんトイレに我慢できそうにありません……」
そして、この家の危険性に震える、『ワンダースリー』の3人であった……。
こうしてマイルと一緒に暮らせるようになったからか、『ワンダースリー』の3人は、もう焦ったり『赤き誓い』の3人に対抗心を抱いたりするようなことはなくなったようである。
普段はハンターとしての活動が別々であっても、マイルと一緒に暮らし、その安全と、そして幸せそうな生活を見守る。それだけで、充分満足しているようであった。
それに、合同受注や戦力の借り受けとかで、たまにはマイルと一緒にハンター活動ができるであろうし……。
まあ、『ワンダースリー』が戦力を借りるとしても、本当に必要があって借りるのは、前衛であるマイルかメーヴィスくらいであろう。このふたりがいれば、もう前衛主体の他のパーティに合同受注を頼む必要はなくなる。
レーナとポーリンは、魔法技術研鑽のための交流として招く程度であろうか……。
そしてレーナは、『ワンダースリー』が自分達『赤き誓い』のような個人の大火力による力押しパーティではなく、レーナの憧れの人テリュシアが率いる、あの『女神のしもべ』のような、互いを補い合うチームワークを得意とするパーティであることから、何とかそのあたりを学びたいと考えているようであった。
こうして、新たな拠点、新たな態勢を整えた『赤き誓い』と『ワンダースリー』は、この大陸において本格的な活動を始めるのであった……。




