620 クラン 4
「では、数日間はこの宿を拠点として活動。この街に問題がないようであれば、家を借りてクランホームとする。それでよろしいですわね?」
「「「「「「異議なし!」」」」」」
ギルドで拠点移動申請を終えた後、情報ボードに目を通し、依頼ボードでこの街にはどんな依頼があるかを確認した両パーティは、声を掛けようとしてきたパーティを華麗に避けて、さっさとギルドを後にした。
そして良さそうな店で夕食を摂った後、ギルドに行く前に押さえておいた宿で『赤き誓い』が取った部屋へ全員が集まり、『クラン会議』を開いていた。
家を借りるのは、まだこの街での信用が得られていない両パーティであっても、家賃の前払いと、何かあった時のための保証金さえ払えば、特に問題はない。
別に、戸籍抄本とか保証人とかが必要というわけではなかった。
その代わり、家賃滞納額が保証金の額を上回れば即座に追い出されるし、その時には家財道具は全て差し押さえられ、売り払われる。
ここでは、家主の権利が尊重され、借り主の立場はとても弱い。
しかし、それも無理はない。
夜逃げしたり、仕事で他の街へ行ったまま帰って来ない商人。
魔物に殺されるハンター。
戦争で死ぬ兵士。
取り押さえようとした犯罪者や酔っ払いに斬り殺される警備兵。
それら、いついなくなるか分からない店子相手に損をしないためには、家主側を有利にしないと、貸家業を営む家主などいなくなってしまう。
しかしそれは、見方を変えれば、お金さえ前払いすれば身元が不確かであろうが後ろ盾のない小娘であろうが問題なく家を借りることができるということであり、『赤き誓い』と『ワンダースリー』にとってはとてもありがたいシステムなのであった。
そして両パーティのみんなは、この街がどんな街かということを確認もせずに家を借りるようなチャレンジャーではなかった。
もしここが住みにくい街であったり、ギルド関係者や貴族、王族とかに馬鹿がいたりした場合には、さっさと他の国へと移動するつもりであった。
別に、この大陸にある国はこの国だけというわけではない。
ここは、ただ単に大陸の東端にあるため『赤き誓い』が上陸した地であるというだけのことである。
海に面しているという利点はあるが、ただそれだけ。他にも海に面した国はたくさんあるし、別に内陸国であっても問題はない。たまにマイルが海辺の町へ大量仕入れのために水平方向に落ちればいいだけのことである。
その場合、『王女転移システム』を使う『ワンダースリー』にこちらの大陸において少し移動距離的な負担が掛かるが、別に、毎月利用するようなものではないし、マイルがそのうち旧大陸におけるみんなの移動手段を考えるであろうから、こちらでもそれを使えばいい。
「家を借りる時には、中庭があって、マイルの浴室とトイレが設置できる物件であることが絶対条件ね。
あと、台所は充分広いこと。毎回7人分作るし、マイルが収納に保存する分を纏めて大量に作るからね」
普通の少女としては少し多めに食べるメーヴィスと、普通の少女としては異常にたくさん食べるレーナとマイルを抱えているのである。実際に作る量は、とても7人分どころではない。
「部屋数は、みんなが集まったり食事をしたりするちょっと広い部屋と、他には最低2部屋で各パーティごとに1部屋ずつ、できれば全員個室で7部屋欲しいわね」
そんなことを言うレーナであるが……。
「中庭があるような造りで、広い部屋3つだけなんて間取りはありませんよ!」
「中庭じゃなくても、塀で外から見えないようになっていれば、裏庭でいいんじゃないかい?」
「中庭だろうが裏庭だろうが、呼び方なんかどうでもいいわよっ!」
マイルとメーヴィスに否定され、少し機嫌を損ねたレーナ。
「いえ、中庭と裏庭には定義があって、別物……」
「マイルちゃん、そこまで!」
更に言い募ろうとしたマイルを止める、ポーリン。
「マイルさん、そういうトコですわよ……。ホント、全然変わっておられませんわね……」
そして、呆れたような顔のマルセラ達、『ワンダースリー』。
「え? え? 私、何か変なこと言った?」
マイル、相変わらずであった……。
「さすがに、宿屋や学校の寮じゃあるまいし、自宅で4人部屋は、ちょっと……。
最低、二人部屋。できれば個室ですわね。
そうなると、普通の一般家庭用の家は難しいですわね。
となると、小さな商家だったところ、宿屋だったところ、元貧乏騎士爵家が住んでいたものの中でも特に小さくてボロい物件とかでしょうか……。
そうなりますと、中心街からはかなり離れたところでないと、いくら賃貸とは言え、高くて手が出ませんわよ……。
あ、いえ、私達と『赤き誓い』ならばそれくらい簡単に払えますけど、私達があまり良い物件に住みますと、その、少しばかり目立ち過ぎるかもしれないですからね」
「そうだよね……。私達は、あくまでも『新米ハンター』だからね。
その設定は、守らなくちゃ」
そう言って、マルセラの意見に賛同するメーヴィス。
過ぎたる力、そして過ぎたる財力を見せると、また面倒な連中が寄ってくる。
……そういうのには、もう飽きたようである。
「まぁ、ここに長期滞在すると決めたら、不動産屋で物件を探しましょう。
いくら理想を言っても、そういう物件がなければ始まりませんからね」
そして、オリアーナのごく常識的な締めで、この件は保留となった。
* *
王都に着いてから、一週間。
それぞれのパーティで近場での依頼をこなし、『堅実に、そして確実に依頼をこなす、有望な若手パーティ』として一応の信頼を得た、『赤き誓い』と『ワンダースリー』。
そして当然のことながら、勧誘合戦が激しい。
……特に、『ワンダースリー』の方が……。
『赤き誓い』は、メーヴィスとポーリンが成人に見られるし、前衛がふたりに見えるため、一応はバランスの良い一人前のパーティだと思われている。しかも、Cランクのパーティである。
しかし、『ワンダースリー』は誰が見ても『未成年の仲良し3人組。前衛能力皆無でバランス最悪の魔術師トリオ』である。そして、駆け出しも駆け出し、Fランク。
まだハンターになってから数カ月以内、下手をすると数日しか経っていないということである。
しかも、新大陸に来るにあたって服を新調したため、ド新人が魔術師用の新品の服を買い、中古の杖と短剣を買った、としか見えなかった。
それを見て、悪意がある者もない者も、何とか彼女達を自分達のパーティに入れて、保護してやらねば、と考えていた。
……勿論、既にマルセラが大容量の収納魔法が使えるということを公開しているということも、それに大きく影響している。
『ワンダースリー』は依頼を着実にこなしているが、それはFランクでも受けられる依頼ということであり、真面目にやれば達成できて当然のものばかりである。
そしてその中には、オークやオーガの討伐は含まれていない。
なので、彼女達の実力を知る者は、王都にはまだ『赤き誓い』しかいなかった。
マイルも同じく収納魔法のことを公開しているので、前衛もこなせる魔術師であり、しかも収納持ちということで、勿論マイルの方にも勧誘は来ている。
しかし、『赤き誓い』はパーティとして確立しているため、到底パーティとしての体を成していない『ワンダースリー』の方が攻めやすいと考えるのは当然であろう。
……そして、どう見ても、マルセラは明らかに貴族である。
本当は『赤き誓い』も全員が貴族であり、しかもマルセラより爵位が上であるが、そう言っても誰も信じてはくれないであろう。
まあ、ここで他の大陸での身分をどうこう言っても、何の意味もないが……。
とにかく、勧誘はあるが、それは収納魔法を隠さない限り、……いや、おそらく隠していても、どこへ行っても同じである。
まだ、この街は王都だからか、脅しや暴力で無理矢理、という連中が現れないだけ、他の街より治安が良いようであった。
そしてエールを奢って先輩ハンター達から情報を集めたところ、この国は王様も上級貴族も比較的まともであり、それはおかしな貴族がひとりもいないというわけではないが、この辺りの国の中では比較的良い国だということであった。
有力商家とかは、……まぁ、国中の商人がみんな誠実でいい人ばかり、などという国は存在するはずがないし、もしそんな国があったとすれば、すぐに滅亡するであろうから、考える必要はない。
……つまり、この街、そしてこの国は、『合格』ということであった。
『のうきん』、ベトナム語版、1・2巻刊行ですよっ!
しかも、特典付き!!(^^)/
文化や習慣が違う国の人達にも楽しんでいただけるのかどうか……、そして駄洒落やおやじギャグ、昭和のネタがどうなるのかがとてつもなく心配ではありますが、英語、韓国語、中国語、タイ語等に続き、新たな言語で、新たな国の方々に読んでいただけることとなり、とても嬉しいです。
他の作品も、たくさんの言語での翻訳出版となりますように……。(^^)/




