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62 お披露目

 そして、その日の夕食後。

 中庭にできた6畳くらいの小屋の前に立つ、レニーちゃん、女将さん、『赤き誓い』の面々、そして興味津々で見物に来た女性宿泊者達。

 彼女達の目の前にあるのは、木造の小屋と、その横に建てられた給水塔である。

 給水塔は、高さ2メートル少々の台の上に不揃いの4つのタンクが置かれていた。如何にも適当に掻き集めました、と言わんばかりのバラバラさである。

 そのタンクは、2つが木製の大きな桶であり、残り2つは、軍隊の烹炊所ででも使いそうな巨大な釜であった。そしてそれぞれの底に開けられた穴から竹筒が伸びて、小屋の中へとはいっていた。

 マイルはその給水塔につけられた階段を上り、上から皆に説明した。

「これが、給水施設です。木の桶には水を、鉄の釜にはお湯を入れます。片方がカラになったら、もう片方のを使っている間に補給します。給湯は魔法を想定していますので、お湯を沸かす機能はありません」

 そう言うと、魔法で水とお湯、それぞれのタンクを満タンにするマイル。

「このように、魔法で直接お湯を入れるか、水を入れたあとでファイアーボールとかを叩き込むかで熱湯を用意します。あ、やり過ぎてタンクを壊さないように注意して下さいね」

 そして給水塔から駆け下りると、次は小屋の扉を開けるマイル。

「はいった所は更衣室です。ここで服を脱いで、」

 そして次の戸を横にスライドさせる。

「ここが浴室です。浴槽、洗い場、そしてシャワー。お湯の温度は、この部分で水と熱湯をうまく混ぜて調節して下さい。火傷しないように、充分注意して下さいね!」

「「「「「おおおおぉぉぉ!」」」」」

 そう、お風呂の完成である。但し、女性用のみ。

 これで、『赤き誓い』が宿を替える理由は無くなった。

「お、お姉さん、ありがとう!」

 レニーちゃん、感激のあまり涙目であった。

「これで、お客さんが増えるし、入浴料で儲けられるよ~」

「お風呂の使用料と給水・給湯料金は戴きますよ?」

「う……」

 笑顔のポーリンの言葉に、レニーちゃんは少し顔を曇らせた。

「あ、私達がいない時には、お客さんの中に魔術師がいればその人に頼んだり、近所で魔法が使える人を何人か把握しておいてお金を払って頼むとか、ハンターの魔術師に依頼するとかして下さいね。エールとおつまみの代金分くらいで引き受けてくれると思いますから」

 そう言いながら、今度は直接お湯を出せない者に頼む場合の手本として、浴槽に水を入れてからファイアーボールを出し、打ち出さずにそっと浴槽に沈めるマイル。じゅわっ、という音がして、浴槽内の水は少し温度を上げた。それを何度か繰り返すと、浴槽から湯気が上がり始めた。


 そのお風呂は、窓は無く、湯気は天井から抜けるように設計されていた。そしてその外見はただの木造の小屋であるが、実は木板の間にステンレス鋼板が挟んであった。また、浴室内には非常用のレバーがあり、それを引くと扉の部分に上からステンレス鋼板が降りてきて外部と完全に遮断され、浴室の壁の一部がスライドして開き、中から着るのが簡単な衣服と武器・防具が出てくるようになっている。

 武器を持っていないところを襲おうと考える者がいるかも知れないので、念の為にとマイルが仕込んでおいたのである。また、一応、天井と床には脱出路も造ってある。勿論、追っ手を嵌めるための罠も仕掛けてあった。

 マイルは、いったい何と戦おうとしているのであろうか……。


 もしマイルがその気になれば、見える部分の素材を買い集めたり拾ったりしなくても、土魔法の錬金で全て造り出せたかも知れない。しかしそうすると目立つし、不審がられる。なので、一応『材料を買い集め、手作業で造った不揃いなものです』という体裁を取ったのである。普通の、平凡なCランクハンターならそうするであろうように。

 しかし、マイルは気付いていなかった。

 普通の、平凡なCランクハンターの女の子は、2~3日でひとりでお風呂を造ったりはしないということに……。


「さ、レニーちゃん、記念すべき入浴者第一号として、みなさんにお手本を!」

 そう言いながらレニーちゃんの衣服を脱がせ始めるマイル。そうしないと、何だかその役割が自分に回って来そうな気がして、先手を打ったのである。

「あ、お姉さん、何を! 駄目です、や、やめ……」

 手際よく、恥ずかしがるレニーちゃんの上着を脱がせ、シャツを脱が…せ……

 突然、動きを止めて凍り付くマイルと、それを見て愕然とするレーナ。

 レニーちゃんは、10歳にしては発育が良かった。

 そう、マイルよりも。そしてレーナよりも……。

 その後は結局、他の女性客の皆さんも一緒にみんなでお風呂にはいった。

 レニーちゃんはみんなに弄られ、ポーリンは、マイルに以前聞かされていた『お風呂道』だとか『お風呂は淑女の嗜み』だとかいう話をみんなに説いていたが、マイルとレーナは浴槽の隅っこで耳までお湯に浸かってじっとしていた。そしてみんなは、そんなふたりをそっとしておいてくれたのであった……。



「日本、フカシ話……」

 マイルは元気がない。

 何か、余程ショックな事があった模様である。

「『ワイバーンの恩返し』……」

 そして話は進み。

「ワイバーンは、自分の羽を1本ずつ抜いて……」

「ワイバーンの翼には羽なんか無いわよ!」

「あ……」


「『みにくいゴブリンの子』……」

「ゴブリンの子供は、元々みんな醜いわよ!」

「「「…………」」」


 不調であった。いつものマイルなら、『ドラゴンの恩返し』にして、自分のウロコを剥いで防具を作る、という話にしたはずである。

「……寝ます」

「……私も」

「じゃあ、私も寝ようかな……」

 マイルとレーナに続き、メーヴィスもベッドにもぐり込んだ。

 そしてひとり、ポーリンだけは、日課である金貨の勘定に余念がなかった。



「あ、お、おはようございます……」

 翌朝、朝食を食べに行くと、レニーちゃんが少し気まずそうな顔で挨拶してくれた。

 そうか、いつもダボっとした服を着ていると思っていたが、あれは自分達に対する心遣いだったのかと、初めて気が付いたマイルとレーナであった。

 しかし、その心遣いが胸に痛かった……。

「「お、おはようございます、レニーさん……」」

「な、何故に『さん』呼び?」

 思わず、敗者の卑屈さが言葉に表れてしまったマイルとレーナであった……。



 それから数日後。

 日帰りの討伐兼素材採取(オークの肉とかも素材扱い)を終えて精算を済ませたマイル達に、受付嬢がそっと囁いた。

「……ギルドマスターの部屋へ行って下さい」

 マイル達は黙って頷き、目立たないようにギルドの2階へと上がっていった。


「来たか。実は最近、お前達のことを聞いて回っている者がいるらしい。この街では見掛けない者らしいが、目的は分からん。心当たりは……、色々あって分からんだろうな」

 ギルドマスターの部屋にはいるなり、そう言われた4人。酷い言い様であるが、事実なので仕方ない。

 卒業検定で目をつけられたか、その噂を聞いたどこかの貴族か何かか、マイルの収納に目を付けたか、あの商人の手の者か、今回の帝国兵士絡みか、それともお見合い相手の身上調査か……。

 多分最後のは無いだろうな~、と思いながらも、ギルドマスターが言った通り、心当たりが多すぎて見当も付かず、笑って誤魔化す『赤き誓い』の面々。

「こちらも注意はしておくが、気を付けろ。用件はそれだけだ」



「しかし一体何者なんでしょうね、私達の事を調べているのって……」

 マイルがそう言いながら宿屋への最後の曲がり角を曲がると、宿屋の前にひとりの男性が立っていた。二十歳前後の、精悍で中々のイケメンである。その男性が、マイル達を見ると、全力で駆け寄ってきた。反射的に防衛態勢にはいるマイル達であったが……。

「「「あれ?」」」

 金髪で長身、精悍で引き締まった顔、キラキラした眼……。

 何か、初対面であるにも拘わらず、なぜかよく知っている人物のような気がするレーナ、ポーリン、マイルの3人。

 そしてメーヴィスが叫んだ。

「下兄様!」

「「「やっぱり……」」」

 下兄様とやらのことは、よく知っていた。恐らく、メーヴィスの家族を除けば、世界で一番。

 養成学校での半年間、何十回聞かされたことか……。

 その下兄様は、メーヴィスの前で急停止した。

「え? メー、ヴィス……、そ、その髪は……」

「え? ああ、邪魔になるので切りましたけど?」

「ぎゃああああああぁ~~!」


 マイル達は、錯乱する下兄様を何とか宥め、宿屋の中へと連れ込んだ。

 さすがに女性4人の部屋に男性を入れることは憚られ、食堂の隅っこで話をすることとなった。

 しばらくすると下兄様とやらもようやく少し落ち着いてきたようであり、メーヴィスが話しかけた。

「下兄様、どうしてここへ?」

「そんなもの、決まっているだろう! メーヴィスを迎えに来たんだ、父上が何回も手紙を出したのに、帰ってこないし、返事もないから……。

 さ、すぐに家に戻るよ、支度しなさい!」

「いえ、今の私は、オースティン家の長女、メーヴィス・フォン・オースティンではなく、新米Cランクハンター『赤き誓い』の前衛であり、いつの日か騎士になることを目指す、ただの剣士、メーヴィスです」

「何を言っている! メーヴィスは、我がオースティン家唯一の……」

 その言葉を、ポーリンが遮った。

「待って下さい、下兄様」

「……ユアンだ。君に『兄様』と呼ばれる筋合いはない」

「あ、はい……」

 ポーリンは、素直にそう答えた。兄達の話をする時、いつもメーヴィスが「上兄様、中兄様、下兄様」と言っていたためそれが染みついていたのと、名前を知らなかったためにそう呼んだだけであり、別にポーリンが兄様と呼びたかったわけではない。

「それで、ユアンさん。メーヴィスは、騎士になりたいという自分の夢を否定され、反対されたから家を飛び出したんですよね? 今おうちに戻ったら、それはどうなるんですか?」

「そんな事、許せるはずがないだろう! メーヴィスは、可愛いメーヴィスは、ずっとうちにいるに決まっている! メーヴィスは、守る側の騎士ではなく、我々に守られる側、お姫様なんだよ! 何のために俺達兄弟が全員騎士になったと思っているんだ!」

「「「うわあぁぁ……」」」

 どん引きの3人、そしてげんなりした顔のメーヴィス。

 耳マンモス(地球での、『耳ダンボ』に相当)で聞き耳を立てていたレニーちゃんは白目を剥いており、他の客はあきれ果てたという顔をしている。

(こ、これって、確か、『ケロッグ』とかいうやつ?)

 惜しい! マイル、シリアルという共通点はあるが、それは少し違う。


「なぜそこで驚く! よし、これを見せてやる!」

「や、やめて! 下兄様、やめて下さい!」

 必死に止めるメーヴィスを振り切って、何やら懐から取り出した小さな包みを解くユアン。

「どうだ、これを見ろ!」

 そう言って差し出されたのは、手のひらサイズの、十歳くらいの可愛い少女の姿絵だった。

 腰まで伸びた金髪、くりくりした眼、可愛らしい笑顔。まさに、童話に出てくるお姫様、といった感じである。

「「「……誰?」」」

「……私だ」

 メーヴィスが、鼻の頭を掻きながら、恥ずかしそうに言った。

「「「「ええええええぇ~~っっ!」」」」

 声がひとり分多いと思ったら、いつの間にかカウンターにいたはずのレニーちゃんが姿絵を覗き込んでいた。

「……た、確かに、メーヴィスお姉さんの髪を伸ばして、ドレスを着せて、眼をぱっちり開いて、微笑んだら、こんな感じに……」

「そうだろ! 分かるだろ!」

 レニーちゃんの呟きに、我が意を得たりとばかりに食い付くユアン。

「あ、はい、確かにユアンさんが言われることも……」

「兄様と呼んでくれても構わないよ」

「え……」

 ぽかんとするレニーちゃん。

「あと、君もそう呼んでくれて構わない」

 そう言って、マイルを指差すユアン。

「え?」

 マイルが、同じくぽかんとした時。

 ぴしっ!

 みんなの耳に、幻聴が聞こえた。

 恐る恐るみんなが『音が聞こえたような気がした方』を振り返ると、そこには、青筋を浮かべたポーリンとレーナの姿があった。

(((((うわあああぁ~~!)))))

 ごと。

 がたごと。

 食事中の客達が、テーブルと椅子を動かした。『赤き誓い』達のテーブルから遠ざかる方向に。

『ポーリンとレーナを敵に回した』。それが何を意味するかを分かっていない者はいなかった。宿の者にも、客の中にも。

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シスコーンは難しかった
[気になる点] ん?なんでポーリンとレーナがキレたのか、分からなかった… …私の頭が悪いからだろうか…
[一言] し、しすこーん。。。
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