619 クラン 3
「私は、まぁ、平民の一般家庭の若奥様、というレベルでしょうかねぇ……」
「「「「えええええええっっ!!」」」」
マルセラの発言に、驚愕の叫びを上げる『赤き誓い』。
モニカとオリアーナは、驚いた様子はない。
それは、何カ月も一緒に旅をしていれば、それくらいのことは知っているであろう。
「あ、あああ、あんた、きっ、貴族の娘よね、確か……」
「ええ、半年前までは男爵家の三女、そして今は新興子爵家の当主ですわね」
「それで、どうしてそんなに料理ができるのよっ! おかしいでしょうがっ!!」
レーナの詰問に、遠い目をして答えるマルセラ。
「貴族とはいえ、うちは貧乏だったのですわ……。出入り商人である中堅商家の、モニカさんの御実家より、ずっと……。
使用人もギリギリの人数でして、お母様を使用人と一緒に働かせるわけには参りませんから、私が……」
「……悪かったわよ……」
聞いてはいけないことを聞き、マルセラに貴族である実家の恥を晒させてしまった。
本当に、申し訳なさそうな顔で謝罪するレーナ。
「私は、お店の手伝いで、ずっと穀物袋を運んだり、穀物袋を運んだり、穀物袋を運んだり、穀物袋を運んだりしていました」
「……つまり、戦力外、ということですね……」
モニカに対して、非情の宣告をするマイル。
「そして私は、両親が畑で働いている間に、弟や妹の面倒を見ながら、料理を作っていました。
……6歳の頃から。
その後、畑仕事も手伝うようになりましたけど、料理はずっと私の仕事でしたね……」
一瞬、即戦力であることが判明したオリアーナを称賛しかけたマイルであるが、それを口に出す寸前に、今の説明があまり褒められて嬉しいような内容ではなかったことに気付き、慌てて口を噤んだ。
「……ま、まあ、料理ができる人が5人もいますし、モニカさんも料理を作る機会がなかっただけで、すぐにできるようになりますよ!」
そう言うマイルであるが……。
「……どうしてモニカだけで、私の名前が入っていないのよ……」
「「「あ……」」」
事情を知らない『ワンダースリー』の3人を除き、ヤバい、という雰囲気に……。
いや、レーナの機嫌を損ねたということも確かにヤバいには違いないが、『赤き誓い』の3人が本当に恐れているのは、レーナが料理をするということであった。
モニカが料理の練習を始め、自分以外の全員が当番制で料理を作ることになれば。
責任感が強い上に、仲間外れにされることを極度に恐れるレーナが、自分だけ料理当番に加わらないなどということを許容できるわけがない。
(死ぬ……)
((死んでしまう……))
(((せかいがはめつする……)))
マイル達の絶望の表情の理由が分からず、ぽかんとした顔のマルセラ達であった……。
* *
朝食後すぐに出発したため、明るいうちに王都に到着した、『赤き誓い』と『ワンダースリー』の7人。
みんなハンター証を持っているため、列には並ばされたものの、何の問題もなく門を通過できた。
まあ、どう見ても犯罪者には見えない可愛い少女達に難癖を付ける門番はいないであろう。
しかも、7人中5人が魔術師装備である。
この年齢、外見でハンターが務まる程の魔法が使え、服装や装備もきちんとしており、薄汚れた様子もない。
門番が時間を掛けて調べるような者達ではないのは当然であった。
「ここが、この国の王都ですかぁ……」
マイルは、お上りさん丸出しの態度。レーナ、メーヴィス、ポーリンの3人は、少しキョロキョロとはしているものの、あまり恥ずかしい態度は見せないようにしている。
あまり田舎者らしく見えると、スリや誘拐・人身売買組織とかのいいカモになる。
まあ、ハンター装備で7人一緒だと、さすがにそう危険はないと思われるが……。
勿論、『ワンダースリー』は王都から出発したためあまりキョロキョロしてはいないが、王宮から真っ直ぐ街門へと向かい王都から出たため、王都内に詳しいわけではない。
王宮以外の場所での王都滞在時間は、僅か数十分である。
「とりあえず、先に宿を押さえましょう」
家を借りるとはいっても、いきなり不動産屋に押し掛けて今日中に、というわけにはいかない。
少なくとも、今夜は宿を取る必要があった。
そしてその後はギルドに顔を出し、依頼は受けずに様子見のみ。
あとは、食事をしてから宿に戻る予定である。
王都での初めての食事は、宿ではなく、少し張り込んで良い物を食べるつもりであった。
* *
かららん
王都のハンターギルドに来るのは、『ワンダースリー』も初めてである。
ハンター登録は、王都を出てからあの街で行い、それから一度も王都には戻っていないので、それも当然であった。
……そして、目立っていた。
滅茶苦茶、目立っていた。
普通、Cランク以下のパーティは4〜6人である。
勿論、3人のパーティもあるが、滅多にいない。ふたりとなると、それは『パーティ』ではなく、コンビとかペア、バディとか呼ばれ、別物として扱われる。それらは夫婦とか、恋人同士とかいう場合が多いので……。
7人以上のパーティは、機動性、即応性、チームワーク、そして報酬の分配率的に、旨味が少ない割に運営が面倒で大変なのである。人間関係的にも、色々と問題が発生しやすい。
なので、そういう問題を実力と巨額の稼ぎでねじ伏せることができ、若手の育成とかにも力を入れるBランク以上でないと、大所帯は難しい。
というか、そういうところは、複数のチームに分かれて活動したり、依頼内容に応じてメンバー構成を変更したりと、パーティ自体がクランのようなものである。
そしてそういうところは、数人の代表が依頼を受けに来るものであり、全員でゾロゾロとギルドにやって来るようなものではない。
なので、若い少女ばかりの、それもその大半が魔術師装備の7人というのは、常識外れの構成であった。
常に不足しており、引く手数多の魔術師が、大勢。
とてもひとつのパーティとは思えない、職業バランスの悪さと人数。
しかも、全員が若くて可愛い。
((((((…………))))))
ハンターも職員も含めた、ギルド中の注目を集めながら、受付窓口へと向かう7人。
そして……。
「『赤き誓い』、拠点移動申請です。これからはここ、王都支部でお世話になります。よろしくお願いいたします!」
メーヴィスの申告に合わせて、一斉に頭を下げる、『赤き誓い』。
それに続いて……。
「同じく、王都に活動拠点を移します、『ワンダースリー』ですわ。よしなにお願いいたしますわ」
そして、マルセラに合わせて頭を下げる、『ワンダースリー』。
『よしなに』という言葉は、新米ハンターからのギルド職員に対する言葉としては少し微妙であるが、明らかに貴族様オーラを纏ったマルセラからの下っ端受付嬢への言葉なので、皆、違和感なく受け入れた。
ギルドに登録するのは、個人としてのハンター登録と、パーティ登録だけであり、クランはあくまでもパーティ同士の交流であるため、ギルドは関知しない。戦力の遣り取りは、一時的な助っ人として扱われる。なので、ここではメーヴィス達はクランについては言及しなかった。
若い女性ハンターは、大歓迎である。
男性ハンターのやる気向上に貢献してくれるし、他の女性がハンターになるハードルを下げてくれるし、独身率が高い男性ハンターの結婚相手候補としても、貴重な存在である。
なので、魔物相手の戦いには出ない、雑用や薬草採取のみの活動であっても、女性ハンターが馬鹿にされるようなことはない。
……しかも、彼女達は大半が魔術師装備である。
水を出せるだけでも重宝されるというのに、もし治癒魔法が使えたり、そして料理もできたりすると、奪い合いになる。
……料理については、魔術師かどうかは関係ないというのに……。
なので多くの視線が突き刺さるように集中するが、『赤き誓い』も『ワンダースリー』も、それを気にする様子はない。
……慣れた。
ただ、それだけのことであった……。
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