614 王都へ 3
「では、お世話になりました」
メーヴィスが皆を代表してお礼の言葉を述べ、村人達に見送られて旅立つ、『赤き誓い』。
マイルのアイテムボックスには、前回獲らなかった50センチ以下の魚とか、様々な種類の貝や海藻、イカやタコ等が収納されている。
イカやタコは港町に持って行っても売れないらしく、漁師達に感謝された。
ナマコも獲ってくれ、と言われた時には、さすがに村人達もどん引きであったが……。
とにかく、これで沿岸部を離れ内陸部へと向かっても、当分は大丈夫である。
まぁ、もし足りなくなれば、またマイルが重力制御魔法で水平方向に落下して、ここへ買い出しに来れば済む話である。
「いよいよ、王都へ向かって、旅立ちですよね……」
「私達の、新たなる伝説の始まりよ! この大陸でも、Sランクを目指して名を上げるわよ!!」
そんなことを言う、レーナであるが……。
「……いや、そうなると、また居場所がなくなっちゃうのでは?」
「「「あ……」」」
メーヴィスの指摘に、言葉を詰まらせるレーナ達、3人。
「た、確かに……」
「で、でも、活躍はしたいです……。カッコいいとこを子供達に見せて、モテモテになりたいです……」
「お金を儲けたいです……」
そして、欲望ダダ漏れの、マイルとポーリン。
レーナは、『有名になって自伝を出し、「赤き稲妻」の名を歴史に残す』という夢を既に叶えている。
メーヴィスも、『騎士になる』どころか、誰ひとりとして為し得なかった、『御使い様から直々に、聖騎士に任じられる』という、騎士としての最高峰の称号を得ている。
……それに、『女伯爵』という身分や、『救国の大英雄』という立場も、ただの騎士よりは遥かに上である。今更、身分や立場、称号とかを欲しがるようなことはない。
なので、呆れたような顔でマイルとポーリンを見る、レーナとメーヴィスであった……。
* *
とにかく、王都を目指す、『赤き誓い』の4人。
王都行きの駅馬車も出ているが、他の客も乗っている駅馬車だと4人でずっと喋っているわけにはいかないし、このメンバーが喋る話の内容は、他の者に聞かれるとマズいネタが多すぎる。
それに、馬車に乗っているだけで王都へ、というのでは、つまらない。
やはり冒険の旅は徒歩で、色々なことをこの目、この耳で見聞きし、そして事件に巻き込まれねば面白くない、というのが、『赤き誓い』のポリシーであった。
「……徒歩での移動は、疲れますけどね……」
そのポリシーには賛成なのであるが、やはりポーリンには、体力的にキツいようであった。
荷物の大半をマイルの収納に入れていて、これである。
普通に、自分の荷物を全て背負っていたとしたら……。
しかし、馬車であっても、舗装されているわけではない街道を走るのはお尻と内臓にクる。
サスペンションがなく、座席にも碌なクッションがない駅馬車は、ポーリンにとってはかなりの苦行なのである。
ポーリン、旅にはとことん向いていないようであった。
「人力車を作って、ポーリンさんを乗せて私が牽きましょうか?」
「そんな恥ずかしい姿、衆目に晒せるもんですかっ!」
マイルの提案を拒否する、ポーリン。
さすがのポーリンも、そういう方面での『恥ずかしい』という概念は持っていたようである。
* *
「いよいよ、明日の夕方には王都に着きますね。今日は、王都入り前の最後の夜ですから、夜営じゃなくて、ちゃんと宿屋に泊まりましょう!」
「あ〜、まぁ、宿屋で他の宿泊客から王都の最新情報を事前に入手しておくのも、悪くはないわね。反対方向へと進む客は、前日までの王都のことを知っているわけだから……。
エールの1杯でも奢ってやれば、話くらい聞かせてくれるでしょ。
マイルの案を採用するわよ。それでいい?」
「私も賛成だ」
「私もです……」
全員の意見が揃い、王都まであと1日、という町で宿屋に泊まることにした、『赤き誓い』。
……港町からここまでの旅のエピソードは、省略である。
依頼を受けたり、マイルが猫を追いかけたり、受付カウンターに幼女が座っている宿屋を探したりと、いつもと変わらない、『赤き誓い』にとってはありふれた日々だったので……。
「じゃあ、とりあえずギルドに行くわよ」
町に着いたのは、夕方近かった。なので依頼を受けるつもりなどなく、ただ単に情報ボードと依頼ボードを確認し、王都近くの町でのハンター関連の状況を確認しようと考えているだけである。
……そして、明日はそのまま王都へと向かう。
この町は、王都から徒歩で1日の場所にある。
ならば発展した大きな町かというと、そうではない。
王都に近すぎるからである。
すぐ近くに、発展し物量に溢れた王都があるというのに、人々、特に若者達が、この町に住み続けたいと考えるとでも?
これが、移動に徒歩で1カ月かかるとかいうならば、話は違うであろう。
往復で2カ月。長旅は危険であるし、お金もかかる。仕事の方も、そんなに長期間は休めない。 ……そうなると、家族とは二度と会えなくなる確率が高い。
しかし、徒歩で1日ならば、3日程休みを取れば気軽に帰省できる。
これでは、家族や親戚達が、若者が町を出ることを引き留められない。『いつでも、すぐに帰れるじゃないか』と言われては、強く止められないのである。
その結果、王都からもっと遠い町よりも若者が少なく、過疎化が進んでいるという、町の者達にとっては頭の痛い状態となっている。
商店も、食材や安い消耗品以外は王都へ買い出しに行った方が品数が豊富であり値段も安いため、大きな店は少ない。
そして勿論、ハンターギルドへの依頼は、簡単で依頼料の安いものを除き、ハンター達が望む本格的で高報酬のものの大半は、この町ではなく、王都のギルド支部へと持ち込まれる。
腕の良いベテランハンターだけでなく、駆け出しから安定志向の慎重派、夢を追う若者とかも、皆、その多くが王都支部に所属している。なので、依頼の受け手が多く、この町より安い依頼料で、能力が高い者が受けてくれるとあっては、それも当然であろう。
そのため、この町で発注される依頼は、雑用や畑を荒らす害獣駆除等の、王都からの往復2日分の日当込みの報酬額を払うよりは地元のハンターに頼んだ方が安上がり、というようなものだけである。
……少なくとも、オーガの群れの討伐とか、ゴブリンの巣の殲滅とかの依頼が出されることは絶対にない。
そういうのは、王都からベテランパーティ数組が合同受注でやって来るし、そもそもそういう依頼は個人やこの町から出されるのではなく、王宮から出されるか、ハンターギルドではなく王都軍の兵士が担当するものである。
王都から近いここは、貴族領ではなく、国の直轄領なのだから……。
……そして、宿を取る前に、ハンターギルド支部へとやって来た『赤き誓い』。
夕方なので、依頼の完了報告や採取物の納入とかで、窓口が混み始める時間帯である。
修行の旅とかいうわけではないので、入る時に大声で挨拶の口上を述べたりはしない。
ドアベルの音があまり大きく鳴らないように、そっとドアを開けて、するりと中へ滑り込む。
目立ちたくない時のために会得した技である。若手の女性パーティは皆、こういうテクニックを身に付けている。
中に入ると、そのまま真っ直ぐ情報ボードと依頼ボードの方へと向かう、『赤き誓い』。
そして、皆でじっくりとボードを確認していると……。
「遅いですわよ! 待ちくたびれましたわよっ!」
「途中の町で依頼を受けて街道から離れていたり、裏道を使ったりしていてすれ違う可能性がありましたから、動かずにこの町で待っていたのですが……」
「いったい、どこで道草食っていたんですかっ!」
「えええ! マ、マルセラさん、オリアーナさん、……そして、モニカさん!!
ど、どうしてここに!!」
そう。マイル、久し振りの、『ワンダースリー』との再会であった……。




