611 プレートアーマー
「マイル、収納魔法で保管してもらっている私のお金、出してくれないか?」
「え?」
メーヴィスの突然の言葉に、怪訝そうな顔をするマイル。
メーヴィスが言っている『私のお金』というのは、この大陸に来てからみんなで稼いだお金のうちの自分の取り分、という意味ではなく、メーヴィスが自分の邸を出る時に持ってきた、個人のお金のことである。
勿論、ここに来てからみんなで稼いだお金もかなりの金額になっており、当然それを要求することも可能なのであるが、ここではメーヴィスは絶対安全な金庫としてマイルに預かってもらっている、自分の個人的なお金を使うつもりのようであった。
メーヴィスも収納魔法を使えるようになったが、どうも本人としてはまだ自信がないのか、それとも『赤き誓い』は昔から全員がマイルを金庫代わりにしているからか、巾着袋に入れておく分以外はマイルの収納に、という習慣が抜けていないようである。
「……あ、勿論、構わないですよ。というか、私はただメーヴィスさんのお金を預かっているだけですからね。
で、いくら必要なんですか?」
「……金貨100枚くらいかな……」
「「「なっ!!」」」
金貨100枚といえば、ここでの金銭感覚では日本での1000万円に相当する。
その、あまりの額に、マイルだけでなく、レーナとポーリンも驚愕の声を漏らした。
……特に、ポーリンが。
「メ、メメメ、メーヴィス、な、ななな、何を……」
共有のパーティ予算ではなく、メーヴィスの個人資産だというのに、ポーリンの動揺が大きすぎる。
「いえ、ポーリンさん、それはメーヴィスさんの自由でしょう。
いつも無駄遣いをすることのないメーヴィスさんが、それだけのお金が必要だと判断されたということです。これは、私達が口出しすることじゃありませんよ。
……で、何に使うのですか?」
マイル、好奇心剥き出しである。
「……あ、ああ、実はプレートアーマーを買おうかと思って……」
「「「プレートアーマー?」」」
マイル達3人の声が揃った。
プレートアーマー。
全身鎧のことである。
フルプレートアーマーという言葉があるが、あれは比較的新しい造語であり、『プレートアーマー』というだけで、全身甲冑を意味する。
価格は高い。メチャ、高い。地球での価値でたとえるなら、自動車並みの金額である。
安物は普通自動車並みの価格であるが、高級品はポルシェやフェラーリ並みである。
伯爵家の娘であるメーヴィスが身に付けるものであれば、金貨100枚なら安い方であろう。
「……実は、気付いたんだよ! 私、収納魔法が使えるようになっただろう? なら、何の苦労もなくプレートアーマーを持ち運ぶことができる、ってことに!!」
「「……ケッ!」」
急に不機嫌になった、レーナとポーリン。
「騎士と言えば、プレートアーマー!
だけど、ハンターは遠出するし、森や荒れ地、沼地や山岳部も移動する。そんなところに重い鎧を持って行くわけにはいかないし、装着に時間がかかるし、ひとりじゃ着けられない。従者が最低でもふたりは必要だ。だから、せっかく御使い様から聖騎士に任命されたけど、プレートアーマーのことは諦めていたんだ。しかし……」
「しかし?」
「気付いたんだよ、収納魔法があれば、問題ないんじゃないか、って……」
「「「あ……」」」
「収納魔法を使えば、持ち運びは問題ない。特定のポーズで、装着したままの状態で収納して、取り出す時に同じポーズを取っておけば……」
「「「あ…………」」」
メーヴィスが言わんとしていることを理解し、あんぐりと口を開けるマイル達3人。
「そう! 以前マイルがポーリンで試そうとした、『防具マン』システムだよ!
あれからヒントを得たんだ!」
『防具マン』システム。
それは、以前マイルがみんなの防御力を上げようとして色々と考え、試行錯誤した研究成果のひとつである。
『防具・ゲット・オン!』の決め台詞と共にマイルの収納から取り出された防具が、転送により装着されたかのように自動的に装備されるという、あの、画期的なシステムである。
……ボツにされたが……。
なぜあの時にポーリンで試したかというと、……マイルが『装着時に、胸が揺れないと……』とかいう、よく分からない謎の拘りを主張したからである。
そして、体力がなく運動神経が千切れていると言われているポーリンは、装着した防具の重さで、歩くどころか立つことすらできなかったのである。
プレートアーマーは、鎖帷子と合わせて、軽いものでも30キロ近く、重いものだと40キロ以上ある。ポーリンには、絶対に無理であった。
それに、プレートアーマーには、『重い』ということの他にも多くの欠点がある。
動きにくい。兜のため視界が悪い。蒸れて暑い。冬場は凍るように冷たい。転ぶと自力で起き上がるのに時間がかかる。
……非力な者だと、自力では起き上がれなかったりする。そんな者が戦場で転べば、致命傷である。
そして、輸送や装着に手間がかかる。
しかし、収納魔法により輸送と装着の手間が全くかからないとすれば?
戦闘開始の寸前に、一瞬で装着。転んだら収納し、立ち上がってから再度装着。
戦う時だけの装着であれば、暑さや重さも、今のメーヴィスであれば耐えられる。
しかも、メーヴィスには体内のナノマシンを使った身体強化魔法(本人は、『気』の力だと認識している)である『真・神速剣』と、ミクロスによるドーピング、『EX・真・神速剣』がある上、ナノマシンによる人体強化処置済みである。
「……行ける、かも……」
マイル、メーヴィスの発想力に脱帽であった。
そして、収納魔法のあまりの便利さを再認識させられ、悔しさのあまり歯噛みする、レーナとポーリン。
ふたりも、毎晩訓練してはいるのである。
特に、亜空間を開き、物の出し入れができるところまで進んでいるポーリンは、もう少しなのであるが……。
そしてポーリンは、収納魔法のことだけではなく、金貨100枚という大金を使うということに、他人のお金であり自分には関係ないにも関わらず、なぜか酷く動揺するのであった……。
「……あ、でも、うまく行くかどうか、プレートアーマーを買う前に試験をしてみた方が……」
「「「確かに!」」」
* *
そういうわけで、近くの森で試験をすることになった、メーヴィス。
試験に使うのは、以前マイルが作って皆で装着試験を行った、あの『防具マン』である。
皆にボツにされ、マイルのアイテムボックスに死蔵されていたそれが、再び日の目を見ることに……。
装着試験に使われるだけであるが。
そして、メーヴィスがマイルから受け取った自分用の試作アーマー、『防具マン』を装着し、収納魔法による着脱用のポーズ……カッコ良さではなく、毎回確実に同じポーズが取れるよう、単純な姿勢……を取り。
「除装!」
しゅん!
防具が、消えた。
「「「おおおおお!」」」
マイルだけでなく、レーナとポーリンも、称賛の表情でメーヴィスを見詰めている。
収納魔法のことは妬ましいが、メーヴィスがいつでも一瞬で頑丈なアーマーを着脱できるとなれば、『赤き誓い』の戦力は大幅に向上する。ここは、悔しいなどと言っている時ではなかった。
「凄いです、メーヴィスさん!」
マイルの賞賛の言葉に、満面の笑みを浮かべるメーヴィス。
そして……。
「じゃあ、装着するよ」
そう言って、先程の除装時と同じポーズを取るメーヴィス。
「防具・ゲット・オン!」
どこん!
「ぐはぁ!」
現れた防具に弾き飛ばされて、地面に倒れるメーヴィス。
そしてその上に、かなりの重量がある、金属製の試作防具が……。
「ぐえっ!」
(ナノちゃん、これって……)
【マイル様のアイテムボックスは、異次元空間ですからね。次元の位相をずらして移動させますから、我々のアシストがあれば収納も装着も可能です。ちゃんと装着した時の形で収納されていれば……。
しかし、この世界のヒト種が使っております収納魔法は、異次元空間ではなく、ただの亜空間ですし、我々も出し入れの簡単な操作しかしておりません。
ですから、収納時には剥ぎ取るような形で収納できても、取り出す時には……】
(あちゃー……)
「……マ、マイル、防具を退けて……。そ、そして、治癒魔法を……。
ほ、骨が折れたみたい……」
「あわわわわ!」
慌てて防具を収納し、メーヴィスに治癒魔法を掛けるマイル。
こうして、メーヴィスの野望は挫かれ、プレートアーマー購入は断念されたのであった。
そして、自分のお金でもないのに、100枚の金貨が使われることがなくなったことに、嬉しそうな様子のポーリンであった……。
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