610 拠 点 4
結局、『時を越える者』に頼まれて、今回の3日間の休暇の間、ずっとここに留まることになったマイル。
自分のためにわざわざ指令室や居住区、食料貯蔵施設まで用意されたとあっては、それを使いもせずに帰るのは躊躇われたのである。
他者からの心遣いを踏みにじることは、元日本人であるマイルにとってあまりにもハードルが高すぎた。
今回の短期休暇は、皆バラバラに好きなことをすることになっているし、マイルは少し遠出すると言ってあるから、仲間達に心配をかけることはない。
それに、マイルも『時を越える者』には色々と聞きたいことがあった。
この大陸や、惑星全土に関すること。
『ゆっくり歩く者』の現在の勢力は、惑星上、衛星軌道上、そして星系内で、どれくらいになっているのか。
そして……。
「この大陸の魔物が、異常に頭がいい理由を知っていますか?」
《いえ、全く……》
マイル、アテが外れて、がっくりである。
《私は、タイムスケール可変装置の効果圏内で、少し前から機能停止していました。
再起動したのは、『ゆっくり歩く者』が派遣してくれた奉仕者……、マイル様達が言われるところの『スカベンジャー』が来てくれた、僅か2カ月前なのです》
勿論、こういう存在が言うところの『少し前』というのは、数万年とか、数十万年とかいうレベルの話である。
……考古学者や地質学者が言う、『少し前』というのと同じである。
「あ、そりゃそうか。当たり前だよねぇ……」
考えてみれば、当然のことであった。
『ゆっくり歩く者』も、長い年月を外界から遮断されて過ごし、外部の情報を得られるようになったのは半年少々前からである。
マイルはそういう論理的な推察には強いはずなのに、今回は大ポカであった。
「じゃあ、他のことも、現在のこの惑星の状況とかも殆ど分からないか……」
少し落胆したマイルであるが、あまりそれが表に出ないように気を付けている。
こういう被造物が、マイルの期待を裏切った、お役に立てなかったとなると、どれだけ落ち込むか。それくらいのことは、さすがに理解しているので。
しかし……。
《いえ、それは大丈夫です。『ゆっくり歩く者』から最新情報の提供を受けておりますので……》
「ああっ! 当たり前ですよね! 今のヒト種の言語を知っているし、私達のことも知っているし、メカ小鳥ちゃんの身体の設計図や電子頭脳のデータを送られているし……。
他の情報も共有しているに決まってますよね……」
マイル、本日は不調である。悪だくみする時のような冴えがない。
メカ小鳥と『時を越える者』の名前を考えねばならないというプレッシャーで、集中できないのか……。
『ゆっくり歩く者』の命名については、自分が直接言われたわけではないので、聞かなかったことにした模様である。
マイルは、『名付け』というのが非常に苦手なのである。
ネーミングセンスがないということもあるが、それよりも問題なのが、その重責である。
その者が一生呼ばれ続けることになる、名前。
もし本人が気に入らない名前を付けてしまったら。
もし自分が知らない、おかしな意味の隠語に使われる言葉であったら。
人の一生に大きな影響を及ぼす『名前』というものを自分が決めるなど、とんでもないことである。
なので、半年間の『御使い様』生活の間、何度も赤ん坊の名付けを頼まれたが、全て辞退している。
そしてマイルは、『時を越える者』に色々なことを聞いたり、この拠点の現状やこれからの整備計画について説明してもらったり、食料庫にあるマイルがまだ入手していなかった食材を使って新しい料理に挑戦したりと、楽しい3日間を過ごすのであった。
ちなみに、食料庫はタイムスケール可変装置により素材の劣化速度を数千分の1に抑えてあるらしい。
完全な時間停止ではないが、日保ち数日間のものが数十年保つのであれば、充分であろう。
……今のところ、マイル以外にそれを消費する者がここに滞在する予定はないのであるし……。
* *
「じゃあ、帰ります。何か用があれば、メカ小鳥ちゃん経由で連絡してくださいね。
私も、何かあったらメカ小鳥ちゃんに連絡を頼むか、直接ここに来ますので……」
《いえ、別に用がなくとも、いつでも来ていただければ……。ここは、マイル様の母基地、指令基地ですから》
「あ、うん、ありがとうございます」
何とかマイルに頻繁に来てもらおうとする『時を越える者』であるが、あまりその思いが伝わっているようには見えなかった。
しかし、少なくとも鉄の船を完成させて連絡すれば、管理者は確実にここを訪れる。
その安心感からか、そう強く再訪を要望することはない『時を越える者』であった。
そして案内のメカ角ウサギとメカコボルトに先導されて……一本道なので案内の必要はないが、そこは彼らの拘りなのであろう……、地上へと向かう、マイルとメカ小鳥。
出入り口では、再びメカ狼のジト目で見送られ、……そして空中へ。
「重力遮断魔法、発動!」
前方に風除けのバリアを張り、仲間達の許へと向かうマイルであった。
* *
各自で過ごした3日間の休暇が終わり、再び港町の宿屋で合流した、『赤き誓い』。
新大陸に来たため実家に帰ることはできないし、そもそもこんな短期間の休暇では、たとえ旧大陸にいたとしても帰省はできない。
それに、まだこの大陸に来てから上陸地点である漁村と港町周辺でしか行動していない4人は、他に行くところもないし、他の場所に知り合いがいるわけでもない。
勿論、知っている街も観光地もないし、そういうところへ行くのは、4人揃って、である。
なので、マイル以外の3人は港町や漁村で過ごしていたようであるが……。
「マイル、あんた、知り合いもいないし知ってる場所もないのに、いったいどこへ行ってたのよ!」
どうやら4人で過ごしたかったらしいレーナ、少し不機嫌そうであった。
しかし、いくら仲良しでも、ずっと一緒というのは気が詰まる。たまにはひとりになりたい時もあるだろう。
メーヴィスとポーリンはそのあたりのことが分かっているようであるが、物心ついた頃からずっと父親とふたり一緒であり、その後も、ずっと『赤き稲妻』のみんなと一緒だったレーナは、ソロハンターとして、初めての『孤独』というものを知った。
なので、再び手に入れた『孤独ではない日々』を、そして仲間達を失うことを異常に恐れ、警戒している。
そしてまた、自分と同じく家族を失い孤独であろうマイルがひとりになることも、とても気にしていた。
……マイルも孤独を嫌がる傾向はあるが、レーナのそれは、些か異常なほどである。
まぁ、レーナの経歴から、それも無理のないことではあるが……。
しかし、気になっていたことが1件片付き、鋼鉄船の船体も目処が立ち、比較的近場で遠慮せずに工業製品を発注できる便利な工房を確保でき、そして色々と相談できる『ナノマシンのように禁則事項だとか異世界の技術だとかを気にする必要のない、この惑星に元々あった地元の技術』を持つ機械知性体と良い関係を築けたマイルは少々浮かれており、レーナの言葉に、つい軽口を叩いた。……悪気なく、うっかりと……。
「レーナさん、私のお母さんですかっ!」
「……」
「「…………」」
「「「………………」」」
「マイル……」
「マイルちゃん……」
「「それは、ちょっと……」」
しまった、と思ったが、もう遅い。
「マアァ〜イィィ〜ルウゥ〜……」
「ご、ごめんなさいぃ〜〜っ!!」
お知らせです!
来週、6月14日(水)、いよいよ『老後に備えて異世界で8万枚の金貨を貯めます』アニメブルーレイディスクBOXが発売開始です!
書き下ろし小説を始め、様々な特典付きです。
よろしくお願いいたします!(^^)/




