607 拠 点 1
【反対です!】
珍しく、強い口調でマイルに食って掛かるナノマシン。
【マイル様は、私共をお頼りくだされば良いのです! 要望事項は、我らに御依頼なさるべきです。何も、あのような原始的な下等機械風情に頼る必要などありません!】
あれから数日後。
『赤き誓い』の休日を控え、マイルがナノちゃんに『ちょっと、メカ小鳥ちゃんの直属上司に会いに行く』と言ったところ、猛烈な反対に遭ったのである。
そして、マイルとナノちゃんの脳内会議が開かれているわけであるが……。
(え? それって、機械知性体の間での差別じゃないの? それって、ナノマシンの中枢司令部とか造物主様は認めているの?)
【…………先程の発言を、取り消します……】
どうやら、失言だったらしい。
【但し、取り消すのは先程の発言の後半部分だけです! 前半部分は、譲れません!】
(はいはい……)
どうやら、マイルの要望を叶えるのは自分達の仕事であり、それを他の機械に奪われるのは許容できないようである。
(……でも、ナノちゃん達、納豆の製造には協力してくれないじゃないの……)
【あああああああっ!!】
そして、ここぞとばかりにナノマシンをイジる、マイル。
【弄りと苛めは、紙一重ですよっ!】
(あ、確かに……)
ナノマシンの気持ちも、分からなくはない。
そう思いながらも、マイルは少し考え込んでいた。
(このナノちゃんの幼稚な感情のようなものも、相手に人間っぽさを感じさせるための演技なのか、それともそう振る舞うようにプログラムされているだけなのかな。
……でも、私達からは神様と同じように思えるくらい進化した種族が造ったなら、本当に感情があってもおかしくはないかも……。
『感情があるように見える』というのと、『本当に感情がある』ということの境目は、はっきりとしたものなのだろうか。生命と、生命ではないものとの境目は、はっきりと線を引いて仕切ることができるようなものなのだろうか……)
今までマイルは、ナノマシンは高度な機械知性体であり、常に沈着冷静、深い洞察力と高度な判断力を持つスーパーコンピュータだと思っていた。
人間らしい言動や反応をするのは、マイルのためにそういう振り、演技をしてくれているのだろう、と……。
しかし、何だかそうではなく、本当に、そういう感情があるような気がすると思い始めてきたマイル。
豊富な知識と優れた思考・分析能力を持っていながら、割と単純なところがある、ナノマシン。
そのナノマシンがムキになっている今は、自分達と意思疎通ができるマイルとじゃれ合うことを楽しんでいるのか、それとも自分達の存在意義や楽しみをぽっと出の原始的な機械に奪われそうになり、本当に不愉快に思っているのか……。
おそらく、基本的な制限事項として、キレたり自棄になったりすることはできないであろうが……。
(ナノちゃん達は、魔法の行使ということではかなりの裁量権を与えられているみたいだけど、それ以外では、仲間内で完結すること……ナノネットとかいうもので盛り上がったり、視聴率を較べ合ったり……を除いて、割と制限が多いよね? 禁則事項、とかいうやつ……。
それは仕方ないと思うよ。ナノちゃん達が好き放題やったり、この世界の文明を土台ができていないのにおかしな方へと発展させたりしたら、大変なことになっちゃうから……。
だから、神様……、ナノちゃん達が言うところの『造物主様』は、ナノちゃん達に色々な制限、制約を掛けたのでしょう? ナノちゃん達が、あまりにも万能で、何でもできすぎちゃうから。
外部から、この世界の正常な発展をおかしなふうにねじ曲げちゃいけないから……)
【……】
(……でも、先史文明の技術は、それとは関係ないよね?
それはこの世界で自然に発生し、発達した文明なのだから。
その一部が残り、子孫に継承されるのを、余所者であるナノちゃん達に邪魔されたり、どうこう言われる筋合いはないよね?)
【…………】
(あ、ごめん! 別に、嫌みや皮肉を言うつもりじゃなかったの! ただ、管理者になった手前、彼らのことも考えてあげなきゃ、とか、放置したりせずに、お願いというか、何か仕事を頼んで達成感を得てもらいたいというか……)
返事をしないナノマシンに、気分を害させたかと、慌てるマイル。
【……いえ、それくらいのことは分かります。マイル様が、そういう方だということは……。
それに、マイル様が彼らの管理者になられたのは、我々が、通訳だけではなく、そうされるようお願いしたからです。
なので、マイル様が彼らのために色々と配慮されるのは、我々としても望ましいこと。
……しかし……】
(しかし?)
【その配慮を、少しは我々にも向けていただきたいのです……】
(あ……。ごめん……)
……そう。
先史文明が残した機械知性とナノマシンは、藁人形と自律型ロボット、丸木舟と宇宙船くらいの違いがある。
しかし、それでも。
自分達が造られた意味。
その存在意義。
役に立ちたい。喜ばれたい。
そう考えるという点においては、丸木舟と宇宙船の間に『人を乗せて運ぶ』という共通点があるのと同じくらいには、同類なのであった。
しかし、マイルもまた造物主と同じように、『この世界のものではないチート的な存在が過度に影響を与えるのは、良くないことである』と考えている。
……魔法については、滅びかけたヒト種を存続させるための緊急避難的措置として、造物主の判断はやむを得なかったとして黙認するしかないが。
そしてマイルは、自分自身が『異世界からの干渉物』であると認識しているのかどうか……。
マイルの肉体はこの世界で生まれ育ったものであり、マイルはこの世界の生物である。
しかし、その精神は異世界の知識を有している。
なのでマイル自身は、この世界での常識を超えた地球の知識は、悪用される心配がなく文明進歩のブレイクスルー、起爆剤となる可能性が小さいもの以外は広めないように努めているが、遺跡関連の技術は構わないよね〜、と考えている節がある。
(まぁ、地球の知識も遺跡関連の技術も、自分達のためにしか使わないから、安心だよ!)
【何ですか、それは!!】
マイルも、そう無茶をやる気はなさそうである。
(ナノちゃん達は、ゆっくり歩く者やその配下の者達は幼稚園の新入生くらいだと考えて、温かく見守ってよ。大先輩としてさ……)
【…………分かりましたよ、もう……】
おそらく、今の僅かな間で、ナノマシンの間で会議でも開かれていたのであろう。
そしてその総意として、権限レベル7であるマイルの要望が可決された、と……。
何やかや言っても、結局ナノマシン達はマイルに、そして被造物達に甘かった。
* *
「じゃあ、行こうか。
……あ、肩の上じゃあ、風圧で吹っ飛んじゃうかもしれないなぁ……。
アイテムボックスに入れるのは可哀想だし、それじゃ道案内ができないし……。
そうだ、ここに入っていてよ!」
そう言って、メカ小鳥をひょいと掴み、防具と衣服を指で引っ張って隙間を作ると、胸の間に落とし込んだマイル。
そして、メカ小鳥はマイルの胸元から頭だけをちょこんと覗かせた。
「これなら吹っ飛ばされることもないだろうし、案内もしやすいよね!」
満面の笑みを浮かべるマイルであるが、メカ小鳥は少々不服そうであった。
『空間ガ狭クテ、窮屈……』
「うっ、うるさいですよっ!!」
マイル、ぷんすこであった。
そして魔法により引力を中和して空へと上昇し、地上から充分高度を取った後……。
「両舷全速ゥ、目標、最寄りの生きている遺跡!
マイル、発進します!」
そしてお約束台詞と共に重力の向きを垂直方向から水平方向へと変更し、引力中和魔法を解除。
ずびゅん、と水平方向、目的地へと向かって落ちていく、マイルとメカ小鳥であった……。
拙作『ポーション頼みで生き延びます!』のアニメPVが公表されました!
https://potion-anime.com/
よろしくお願いいたします!(^^)/




