605 何か来た! 3
『来タ』
「うおっ!
……って、昔会った、メカ小鳥!!」
マイルがメカ狼と会ってから、数日後。宿屋の『赤き誓い』の部屋に、見知ったものがやってきた。
……窓から。
そう、それは半年少々前、あの異世界から侵攻してきた魔物達との最終決戦の前に使者として現れ、ゆっくり歩くものに会うための道案内をしてくれた、あの小鳥型サポートロボットであった。
カクカクとした金属ボディ、剥き出しのリベット、どこを見ているのか分からない、人を不安に陥れるような左右ちぐはぐな眼。
知っている者であれば、皆が『チカ』という名を思い浮かべる、幼い子供が見ればトラウマになって夜泣きしそうな、不気味な小鳥である。
……そう、マイルが先日会った、あのメカ狼と同じコンセプトの連絡要員であった。
(多分、開発担当部門というか、デザイン担当者が同じなのだろうな……)
そんな、どうでもいいことを考えているマイル。
他の3人は、動じた様子もない。
皆もこのメカ小鳥とは面識があるし、マイルの知り合い、というジャンルで括っているため、古竜やゆっくり歩くもの、スカベンジャー、ゴーレム、その他諸々の人外達と同じく、そういうものとして認識しているのであろう。
それらの中では、可愛い方である。
……主に、人間達を殺す能力は持っていない、という意味で。
しかし、それはレーナ達がそう思っているだけである。
先史文明の技術を継承しているのであれば、これくらいの体積があればビーム兵器を仕込むくらいのことは造作ないはずである。
また、全身に炎を纏って体当たり、とかいう技も持っているかもしれない。
身体に羽や羽毛がないのは、もしかするとそのためかもしれなかった。
「わざわざ向こうの大陸から飛んできたのですか? その小さな身体で、海を渡る航続距離が?」
マイルがそんな疑問を呈すると……。
『身体ヲコッチデ造ッタ。思考ルーチント記憶ヲデータ転送シテ転写シタ。
同一個体ト考エテ差シ支エナイ』
「え……。つまり、向こうの大陸での私達とのことは全て覚えているし、個性もそのまま、ってことですか。
但し、あの時の個体はそのまま向こうの大陸にいる、と……」
『ソウ』
「ロボットには、そういう技が使えるわけか……。
メカ小鳥とは、ひとつの個体名に非ず。メカ小鳥の技を使う者、これ皆即ち、メカ小鳥なり、ってことか……。
一種の不死、永遠の存在たり得る、と……。
そして、この子なら私達と一緒にいても問題ないし、短期間ではあるけれど一緒に行動した実績もあるから、メカ狼の代わりとして選ばれたわけか……。
まあ、他の人達に危惧を抱かせることもないし、ポケットやバッグに入れて隠せるしね。
収納に入れるのは、さすがに退屈だろうから申し訳ないよねぇ……」
収納魔法は内部の時間が経過するため、中の者は時間を持て余すであろう。
真っ暗であるため、暇潰しの読書もできない。
……多分このメカ小鳥は本を読んだりはしないであろうが。
この身体では、本を開いて保持したり、ページを捲ったりは……、と、そういう問題ではない。
ロボットなので、生物とは違い水や空気が尽きて死ぬことはないから安心ではあるが……。
たとえ生物であっても、マイルくらいの容量であれば空気はかなり保つであろうし、途中で水や食料を補充したり、空気の入れ換えをすれば良いのではあるが、広すぎるマイルの収納では真っ暗闇の中で水樽や食料がどこにあるか分からないため、色々と大変であろう。
……まあ、マイルは生物を収納するときは収納魔法ではなく、時間停止のアイテムボックスの方へ入れるので、問題はない。アイテムボックスのことがバレても問題がない相手であれば……。
「あ、通信機能は?」
『通信網、整備サレタ。内蔵ノ小型通信機デモ、レピーターニヨリネットニ繋ゲラレル』
「なる程……、って、それ、通信機をくれるだけでいいよね? レピーターがあるなら波長が短くて出力も小さくていいから、メカ小鳥ちゃんはいなくてもいいよね?」
『……ワタシ、イラナイ……』
「あああ、そんなことないよ! 要らない子じゃないよっ!」
『…………』
落ち込むメカ小鳥に、慌ててフォローするマイル。
何だか、犬……狼型の時とは、随分対応が異なる。
以前からの知り合いだからか、見た目が弱者っぽいからか……。
ちなみに、先日接触してきた犬……狼型のことは、レーナ達には話していない。
「それにしても、前回に比べて、やけに会話ルーチンが進歩しているなぁ……。
……って、ネット接続か!」
メカ小鳥は、先程、『レピーターによりネットに繋げられる』と言った。
狼は独立型であったが、それはあの体積だから可能であったこと。
メカ小鳥のサイズでは、単独であれ程の性能を持たせることは不可能であろう。
しかし、ネット接続が可能であれば、サーバーによるアシストが可能である。
もしかすると、ゆっくり歩くものと常時接続しておくことも……。
(……そして、ゆっくり歩くものが直接操作しているにも拘わらず、親近感を抱かせるために独立型であるかのように振る舞っている、とか……)
そんなことを考えるマイルであるが、レーナ達にはこのことを言っても分かるまい。
そして、たとえそうであっても、別にマイル達に対する悪意があるわけではなく、ただ単にマイルと自然に交流したいというだけのことであろうと考え、特に気にしないことにした。
マイルは、相手が何者であろうと、あまり気にしない。
相手の正体ではなく、それが自分達に悪意を持っているかどうか。そしてそれを腹の中に留めるだけなのか、実行に移すつもりなのか。
マイルの相手に対する対応は、相手が何をしたか、そしてこれから先、何をするかということのみによって決まる。
それ以外のことは、関係ないのであった。
(いや、そんなことはないか。多分、ゆっくり歩くものは私を騙そうなんて思い付きもしないだろう。管理者を謀るなんて……、あ!
ナノちゃん達なら……)
【え? えええええ?
とばっちりです、風評被害ですよ、マイル様! 私共は、権限レベル7の存在を騙すようなことは……】
(え? それって、まるで権限レベルがもっと低い者は騙す、って言ってるみたいな……)
【あ……】
(そして、嘘は吐かなくても、必要な情報を意図的に省略したり、ミスリードを誘ったり……)
【……】
(ほ〜ら、黙り込んだ!)
【…………】
「……ル! マイル!」
「あ……」
「脳内お友達とお話しするのは後にして、この不気味鳥が今度は何の用で来たか、聞き出しなさいよ! わざわざ西大陸まで追いかけてくるなんて、まさか、また魔物が攻めてくるとかいうんじゃないでしょうね!」
やはり、レーナにはメカ小鳥が別筐体うんぬんの話は全く理解できず、右の耳から左の耳へと素通りしたようである。