604 何か来た! 2
「あなた、ゆっくり歩く者の配下なの?」
遮音シールドを張ってから、『犬のようなもの』にそう尋ねるマイル。
誰かに聞かれたら、腹話術で犬と会話するイタい少女である。
『肯定。東の大陸から来た修理隊によって再稼働した防衛拠点で造られた。
現在、各拠点の再稼働が進められている。既に惑星全体の通信網の整備は完了している』
「あれ、小鳥より随分会話がスムーズだなぁ。
……あ、身体の大きさが違うから、電子頭脳を大きくできたからかな。
小鳥と犬じゃあ、体積が段違いだものねぇ……」
ひとりで完結したマイルであるが……。
『……狼です』
「え?」
『オ、オ、カ、ミ、で、す!』
「……あ、ごめん……」
犬獣人と間違えられた狼獣人は、烈火の如く怒り狂うという。
ならば、犬と間違えられた狼は、それに輪を掛けて怒り狂うに違いない。
……普通は、言葉が通じないから、間違えられたことに気付かないであろうが……。
そしてこの狼(仮)も、かなり不愉快に思っている様子である。
「……でも、狼と言い張るなら、せめて毛皮とか……」
『毛皮を被ると、放熱効率が激減して熱暴走する可能性があるのです』
「あ、なる程……」
『……原子炉が』
「って、怖いですよっ!!」
『ロボットジョークです』
「全然、笑えませんよっ!
……でも、せめてリベットは……」
『リベットのことは、言わないように』
狼は無表情であるが、何となく不機嫌なのは分かった。
「……ごめん、私が悪かったです……」
なので、それを認めて、素直に謝るマイル。
(『われはロボットくん』ですかっ!)
しかし、マイルは頭の中では、何かワケの分からないことを考えていた。
「でも、随分高性能だよね。独立型? それとも、ゆっくり歩く者のような大型の機械知性体が遠隔操作しているの?」
『独立型の、自律式機械知性体です』
何だか、少し自慢そうにそう答える、犬……狼型ロボット。
おそらく、上位システムと間違えられたことが誇らしいのであろう。
「で、何の用かな……、って、場所を変えようか!」
さすがに、いくら遮音シールドを張っているとはいえ、人通りのある道で長時間犬……狼と話し続けるのは、考え物であろう。
それも、カクカクした金属ボディの怪しい狼とあっては……。
* *
「この辺りなら、大丈夫かな。
ちょっとこっちへ寄って、私にくっついて座ってもらえるかな? 散歩の途中でひと休みしている犬と飼い主、って感じで……」
『ですから、私は犬ではないと!』
「あ〜、ごめん。間違えてるわけじゃなくて、『散歩中の犬と飼い主』の振りをして欲しい、ってことだよ。あなたくらい高性能だと、犬に見せかけるお芝居くらい簡単にできるだろうと思って……」
『勿論、それくらい造作もないことです!』
……チョロい。
そう思い、心の中でぺろりと舌を出すマイル。
「……で、御用件は?」
マイルは、何だか少し嬉しそうにそう尋ねた。
実は、マイルはこの大陸のスカベンジャーか、その上位のものとコンタクトを取りたいと考えていたのである。
何でもナノマシンに頼るのは、何だかズルをしているような気がするが、先史文明が残したものであれば、それはマイルの御先祖様が造ったものであり、マイルが後継者となっても問題ない……というか、既に『管理者』として引き継いでいる。
それに、ナノマシン達が『禁則事項』として教えてくれなかったり作ってくれなかったりするものも、彼らであれば教えてくれたり作ってくれたりするのではないかという期待もある。
しかし、そういう邪な目的で接触するのに、ナノマシンに仲介を頼むのはさすがに憚られたらしく、言い出せずにそのままになっていたのである。
『我らは、管理者のしもべ。いつでも連絡が取れるようにしておくのは当然のこと。
なので、通信システム内蔵、護衛としての戦闘能力を有し、知識的サポートも可能である私が、常にお側に……』
「パス!」
『……え?』
「そういうのは、パス! 私は、普通の女の子として生活したいの。
そりゃ、少しはスカベンジャーさんに作ってもらいたいな、と思うものがあるけれど、そんなにずっと張り付いていて欲しいわけじゃないよ。
そんなの、何か見張られてるみたいで、落ち着かないよ……」
『えええええ? そ、そんな……』
何だか人間っぽい反応をしているが、ゆっくり歩く者でさえそのような性能ではなかった。なのでおそらく、そのように反応するようにプログラムされているだけであり、本当に機械知性体として狼狽えているわけではあるまい。
おそらく、ヒト種やそれに類するものとの接触用に、特別にそのように反応するようプログラムされたのであろう。
「あ、もし連絡手段が欲しいなら、通信機か何か、貰えないかな? 普段はアイテムボックスに入れておくから呼び出されても分からないけど、寝る前には取り出して確認するようにするから、連絡事項がある時にはそれが分かるような工夫をしてもらえれば……、って、どうしたの?」
様子がおかしい狼モドキに、不思議そうな顔をするマイルであるが……。
普通、自分の存在意義を全否定された場合、ショックを受けるのは当然であろう。
……それが、たとえ機械知性体であろうとも……。
* *
あの後、懸命に食い下がる狼モドキに対して、仲間が不審に思うだろうから、とか、狼がいると町の人達が怖がるから、とか、色々と理由を付けて狼モドキを追い返した、マイル。
……さすがに、狼には見えないとか、魔物だと思われるとかの言葉は自粛した。
いくら相手が機械であっても、知性があるものに対しては気遣いを忘れない、マイルであった。
しかし、管理者に追い返されたとあっては、あのメカ狼の面目は丸潰れであろう。
機械達の社会に、『面子』や『面目』という概念があればの話であるが……。
「しまった! 最寄りの拠点の場所を教えてもらうの、忘れてた!
……まぁ、どうせすぐに通信機を持ってくるだろうから、その時に聞けばいいか……。
とりあえず、いつか役に立つかもしれないから、鋼鉄船でも造ってもらおうかな。外板に鉄板を貼るのではなく、全金属製のやつ。
機械動力はナシで、帆走と漕走併用の、小型高速船。
帆走は、風魔法があれば自然風の風向・風速に関係なく加速や変針が可能。
漕走は、私の存在とメーヴィスさんの左腕があれば、ギリシアやローマの大型ガレー船にも負けることはない! ふはははは!
あ、別に漁村のお爺さん達のためだというわけじゃないよ。
いつか、何かの役に立つかもしれないから、念の為に、一応造っておくだけだよ。本当だよ」
 




