603 何か来た! 1
今日は、『赤き誓い』の休日である。
世間一般での休養日……地球における日曜日に相当……ではなく、『赤き誓い』が勝手に決めたお休みの日。つまり、暦の休養日とは関係なく、仕事が続いた後とか、大きな仕事が終わった時とかに取る休みである。
たまたま暦の休養日と重なる時もあるが、普通は平日に取るため、行きたいお店が閉まっていたり、観光地が混んでいたりすることはない。
このあたりでは、『休養日は客が多いだろうから、閉店日は別の日にしよう』などと考える者はいない。
休養日は、神がその日は休むようにとお決めになった日である。なので、その日に休まないのは、ハンターとかの不定休の者、門番や警備兵とかのシフト勤務の者、そして宿屋とかの年中無休の者達だけである。
休養日には医師や薬師とかも休むため、その日に大怪我をすると死亡率が高くなる。なので、危険な職業の者は休むのが当然である。
……ハンターや傭兵、兵士とかを除いて……。
そういうわけで。
「マイル、今日はどうするつもりよ?」
「あ、ハイ、市場巡りと商店巡りをしようかと……。
ここ、港町だからあちこちの商品が出回ってると思うんですよね。だから、珍しい食材や調味料、面白い道具とかがないかと思って……」
宿の食堂で朝食を摂りながら、レーナにそう返答するマイル。
「なる程! ……というか、それ目当てにこの町を仮の拠点に選んだのでしたね……」
「まあ、色々とあったからねぇ、魔物のこととか、収納魔法の件とか、漁村の件とか……」
忘れてた、というような顔でそう言う、ポーリンとメーヴィス。
「まあ、そういうわけで、急ぎ足で一通り回ってめぼしいものの相場価格を確認、2周目で大量購入を考えています」
容量無限、時間停止のアイテムボックス持ちにとって、買い時に大量購入することには、何の抵抗も躊躇いもない。もし買いすぎたとしても、いつかどこかで売るか、孤児院に寄付してもいいのだから。
そして港町での購入は、そこから運ばれていくであろう他の町で買うよりは安いに決まっている。
……売り手に騙されたりしなければ。
なお、既に大量にストックされている魔物肉と魚だけは、これ以上買い込むつもりはなかった。
数カ月もすれば、また大型の魚を大量に入手することになるのが分かっているし、外洋では獲らない種類の魚介類や海藻類も、この町ではなく漁村に行って買った方が、安くて新鮮なものが買える。
それに、その方が漁村の人達の儲けも多くなるであろう。町の商人に売るよりは……。
「面白そうね。私もついて……、いえ、やっぱりやめとくわ」
自分も付いていく、と言いかけて、考え直したらしいレーナ。
「どうせ、マイルは私達にはよく分からないものをじっくり見たがるに決まってるわよね。
……私は、図書館にでも行くわ」
この港町、何と、小さいながらも図書館っぽいものがあるのである。
勿論、王都にあるような立派なものではないが、便数は少ないものの、一応は各地から荷を運ぶ船が来るため、普通の町に較べると多くの書籍が集まるらしいのである。
……船内での暇潰しに買った本を、読み終えたら売ったり寄贈したりする者が多いのか、それとも、港町なので調べ物とかで書籍の需要が多いのか……。
とにかく、レーナはマイルに1日付き合うよりは図書館モドキに行く方が有意義だと判断したようであった。
「私は、カフェで読書でもしようかな……」
メーヴィスは、小説を好むレーナとは違い、詩集とか、貴族としての教養を深めるための本を読む。
そしてポーリンは……。
「私は、お金を数えています」
「「「……知ってた……」」」
* *
そういうわけで、ひとりでお店巡りをしているマイルであるが……。
「あんまり、突拍子もないものは売っていないなぁ……」
当たり前である。
よく売れるものでないと商売にならないし、よく売れるなら、それは『突拍子もないもの』ではない。
それに、マイル達はここが港町であるため過度な期待を抱いているが、このあたりの外海には多くの種類の海棲魔物がいるため、現在の造船技術で作られる、数トン程度の小さな木造船で外洋に出る、つまり他の大陸との交易を行うことは不可能であり、陸岸沿いに荷を運ぶ程度である。
……なので、この大陸以外の遠国から珍しい品々が、というわけではない。
勿論、船での輸送は、荷馬車による陸上輸送とは比べ物にならないくらいの量が安価に運べる。
雨で道が泥濘んだり、車軸が折れたり車輪が破損したりすることもなければ、急峻な山岳部や岩場も、盗賊が出ることもない。
……まだ、海賊が生計を立てられる程の船舶量ではないし、陸岸沿いの船を襲うのは、リスクが大きすぎた。
なので、確かにこの国ではあまり大量には出回っていないものも確かにありはするが、それは陸路でも運ばれているものであったり、そんなに珍しいものではなかったりするのであった。
そして、何より致命的なのは……。
「いかん。この大陸では、まだこの港町と漁村のことしか知らないから、この町では安いけれど内陸部だと高価なもの、というのが何か、分からないです……」
海産物は、確かにここの方が安いであろう。
しかし逆に農産物は、潮風に晒されたり波飛沫による塩害を受けたりして、内陸部より高値になるかもしれない。
獣肉とかも……。
また、工芸品や美術品、衣類や工業製品とかも、王都やその近くの大都市の方が安いかも……。
旧大陸においては、マイル達は王都に住んでいたからこそ、地方や他国に行った時に『あ、これ、安い!』とか判断できたわけである。それが、ここでは地方の小都市、それも港町という特殊な場所の相場しか知らない。
……海産物以外に、何を仕入れろというのか……。
そして、海産物は既にたっぷりあるし、ないものも後日漁村で仕入れる。
「……せめて、他の大陸からの珍しいものでもあればなぁ……」
そう願うマイルであるが、世の中、そう甘くはない。
「う~ん、ハズレかぁ……。
外洋の海産物はたっぷり仕入れたし、漁村に行って磯の海産物を買えば、もうこの町にいる理由はないよねぇ……。
この大陸の常識も、田舎から出てきたから世間知らず、で通るくらいには身に付けたし、やっぱり面白い依頼は王都に行かなきゃあまりないよねぇ……。
みんなと相談するかなぁ……」
『管理者様、管理者様!』
「うひゃあ!」
2メートル四方には人がいないはずなのに、明らかに自分に向けて掛けられた声に、驚くマイル。
しかも、呼び掛けの言葉が『管理者様』である。
……これはもう、自分に対するもの以外にはあり得ない。
そして、勿論その名で呼んでくる相手と言えば……。
周りをキョロキョロと見回すと……。
「あ……」
足元に、何かがいた。
……一応、形は犬っぽく見えなくもない。
それが金属色の地肌丸出しであり、生物らしさの欠片もないカクカクとした造型であり、右眼と左眼がそれぞれどこを見ているのか分からない不気味さであることを除けば……。
「あの、チカみたいな小鳥と同じパターンですかっ!
どうして実物に近付けようという努力を最初から放棄するのですかああああぁっっ!
そして、なぜ魔物として討伐されることなくここまで来ることができたのか、それが最大の謎ですよっ!!」
 




