601 厄介払い
「今回は、ギルドで受けた依頼じゃなくて、自分達で勝手に狩っただけよ。
私達だけじゃ装備が足りないから、同数のサポート要員と乗り物の提供を依頼したから、前金の依頼料と乗り物のチャーター料、プラス獲物の半分を渡したから、私達の稼ぎとしては、狩った獲物の売却益の半分以下ね」
今回は、依頼を受けたのではなく、『赤き誓い』が依頼者側である。それも、ギルドを介していないし、依頼相手はハンターではなく一般の村人である。
なので、依頼料を払うのは『赤き誓い』の方であった。
そして実際には、自分達の取り分はまだ売却していないため、前払いしたお金が減っただけであり、現時点においては完全な赤字である。
しかし、老人達が大量に売った今、この街で売り捌くのは悪手であるため、当分はマイルのアイテムボックスの肥やしである。
老人達が売った分が消費され尽くして市場が回復しても、その頃には老人達が『そろそろ、次の出撃を……』とか言ってくるに決まっているため、マイル達が在庫を売り捌くのは、別の街へ移動してからになると思われる。
……こなした仕事の内容を、他人にぺらぺらと喋る義理はない。なので、普通のハンターは無関係の者にそんなことは教えない。たとえ、自分達が勝手にやったことであり依頼者がいないという場合であっても。
なのに、そういうことには『赤き誓い』で一番うるさいレーナが喋ったということは……。
そう、『獲物はもうない』、『既に売却されたものが大量に出回り価格が下落、美味しい商売にはならない』と思わせるためであった。
おまけに、『漁師』と『船』を、『サポート要員』、『乗り物』と言い換えて、カモフラージュしている。
「えええええ! それじゃあ、私に売ってもらえる分は……」
「知らないわよ!
そもそも、どうして私達がアンタに値打ち品を安く売ると思ってるのよ。ギルドに納品した方が高く買ってもらえて、しかも功績ポイントが付くというのに……。
私達がギルドではなくアンタに売るのは、ギルドに売るのより高く……功績ポイントが付かない分も割増しで……、ギルド長が決めた販売量制限を破らず、そして即金の場合だけよ。
ギルドを通さないなら、後払いとかは踏み倒される危険があるから駄目ね」
そして、レーナに続き、ポーリンが……。
「メーヴィスやマイルちゃんならともかく、商家の娘である私と、行商人の娘であるレーナは甘くはありませんよ。
私達と同年代で、女ひとりで頑張ろうとしているのは少し協力してあげたいと思わないでもありませんが、だからといってルール違反や甘やかしは駄目ですからね。そんなの、あなた自身にとって良くありませんから。
それと、私達の存在を前提とした商売も駄目です。
私達はずっとこの街にいるわけじゃありませんから、私達がいることを前提とした商売は、開店資金を稼ぐために最初の一発のみ、とかいうのしか駄目ですよ。ずっと続けられるものじゃないですからね。
……それも、私達から商品を格安で買い取って、なんていう、私達を馬鹿にしたやり方は無理ですよ。私達も、馬鹿じゃないんです。売る前に、このあたりの相場価格くらい確認しますからね。
売ってあげないわけじゃありませんが、私達が売るのは、あくまでも相場価格、それもギルドからの功績ポイントが付かない分の上乗せありで、ですから、ギルド経由で買うのとあまり変わらないですよ」
「えええ! そ、それじゃあ、全然旨味がないじゃないですか!」
「いや、それが普通でしょうが……。そんな、しつこく纏わり付けば相手が根負けして赤字価格で商品を売ってくれる、なんて成功体験をさせて堪るもんですか! そんなことをすれば、アンタも他の連中も、ずっと私達に纏わり付くでしょうが!!」
「うっ……」
さすがに、レーナの言葉に反論できないらしいアルリ。
「まあ、一応は顔見知りにはなったから、私達に損が出ず、馬鹿だと思われず、他の連中が殺到してきて私達に迷惑がかからず、アンタが儲けられる案があれば、取引してあげてもいいんだけどね。
何も考えずに、ただ仕入れで買い叩いて儲けようなんて商人は無能よ。そんなの、仕入れ元の利益を奪っているだけで、仕入れ元が他の納入先を見つけたらすぐに取引を切られちゃうわよ。
自分も仕入れ元も利益が出せて、ずっと続けられる商売でないと……。
商人なら、頭を使いなさいよ。自分で考えるのよ。
アンタの首の上に乗っかってるのは、何? 飾りか置物なの?」
「…………」
だっ!
「あ、逃げました……」
「さすがに、商人の卵として、今のは応えたみたいだね……」
ポーリンとメーヴィスが言う通り、アルリは俯き、そして無言で走り去った。
「あのアルリが最後の一匹だとは思えない……」
「あんなのが何匹もいて堪るもんですか!」
そして、マイルのネタ振りに律儀に突っ込んでくれる、レーナ。
マイル、良き仲間を持ったものである……。
「また、来ますかねぇ……」
「来たら、どんな案を考えたのか、聞いてやるわよ。
来なかったなら、……それまでのヤツだった、ってことよ」
「「「…………」」」
レーナの言葉に、納得したような顔のマイル達。
いくら図々しくとも、ひとりで頑張ろうとしている少女を苛めたいと思っているわけではない。
皆、若い女性ひとりで成り上がることの厳しさ、難しさは充分承知している。
変な奴らが集ってくるのを防ぐため、ハンター養成学校に入学するまで、メーヴィスは男性っぽく振る舞い、ポーリンは無害そうな振りをして腹黒く立ち回り、そしてレーナは虚勢を張ってイキりまくっていた。
……今と、大して変わらない……。
とにかく、もしかすると自分は標準規格からほんの少しばかり外れているのかもしれないな、と思っているレーナ達は、相手が悪党でない限り、『ちょっとおかしな少女』には寛大なのであった。
そして、一度はマイルの提案を了承してサービスしてやると決めた相手である。
なので、いくらそんな義理はないとはいえ、自分達のポカでそれを台無しにした以上、それなりの補填措置をしてやるのも吝かではない、と考えていた。
……但し、それを受けるにふさわしい、商人としての意地と才覚を見せてくれたなら、であるが。
(待ってますよ、アルリさん……)
そして、心の中で、そっとそう呟くマイルであった……。
* *
獲物の納入後、ハンターギルド支部の飲食コーナーで食事をしながら、何やら話している『ワンダースリー』。
「遅いですね、アデルちゃん達……」
「そうですわねぇ……。
でも、真っ直ぐ王都を目指すのではなく、途中の町でしばらく滞在したり依頼を受けたりして、この辺りの状況を確認しながらゆっくりと進んでおられるのでしたら、少々日数が掛かるのも仕方ありませんわよ。
それに、下手に私達が動きますと、また『東方への旅』の二の舞になる可能性が……」
「「あ〜……」」
マルセラの指摘に、嫌そうな顔をするモニカとオリアーナ。
そう。アデル捜索の旅に出た『ワンダースリー』は主要街道を進み、田舎村の依頼をこなしながら裏道を進み王都へと向かっていた『赤き誓い』と見事にすれ違い、無駄な日々を費やしたのであった。
それも、清浄魔法や洗浄魔法、アイテムボックス等の便利魔法を教わる前に、である。
あの、臭くて不衛生で、乙女の尊厳を踏みにじるような、苦難の旅……。
今はもう問題ないが、それでもあの日々を思い出すと、今でもげんなりするのである。
「まあ、この町は王都のすぐ近くですからね。仕事でやってくる王都のハンターに『王都のギルド支部に、常軌を逸した若い女性4人のパーティが現れなかったか』と聞けば、万一別ルートで王都へ行かれたとしても、すぐに把握できますから安心ですわね」
「「はい!」」
それを聞いていた周りのハンター達は皆、こう思っていた。
((((((『常軌を逸した若い女性3人のパーティ』なら、ここにいるけどな……))))))




