599 外 海 5
商談は、無事、成立した。
こんな商品を、一度にこんなに大量に持ち込んだ取引は互いに初めてであったため、それが適正な価格だったのかどうかは、どちらにもはっきりとは分からなかった。
なので、どちらも価格を吹っ掛けることも値切ることもできず、誠意ある交渉となったわけである。
また、片方は商業ギルド、片方は港町に近い漁村の老人達である。もし不誠実な取引をして、後でそれが露見した場合、ギルド側が失うものが、あまりにも大きかった。
長年に亘り真面目に働いてきた老人達を騙すという行為は、この世界では極悪行為として蔑まれる。もしそんなことをすれば、商業ギルドの信用は、一気に地に落ちる。
しかも、今、噂の『馬鹿容量収納少女隊』が絡んだ案件で、である。
まず、騙される心配はなかった。
……しかし、いくら稀少品……ついさっきまでは……であっても、一度にこんなに持ち込まれては、価格が大暴落である。保存もあまり利かないので、馬車屋の荷馬車を全て押さえ、近隣の町村に運んでも、傷む前に売り切れるかどうか、分からない。
そのため、売り残しロスを考えると、安く査定せざるを得ないというのは、老人達にも理解できた。何十年にも亘り魚介類を扱ってきたのだから、それくらいは馬鹿でも分かる。
それに、老人達はこれで大儲けしようなどとは考えていなかった。
外洋へと出た、自分達の勇姿。
見事宿敵を討ち果たした、喜び。
それを街の者達にも見てもらい、共に宿敵を噛み砕き、腹に収めてもらいたい。
ただ、それだけであった。
……いや、勿論、だからといってお金が欲しくないというわけではないが。
まぁ、程々でいいか、という感じである。
そして、商業ギルドを出た、『赤き誓い』と老人達。
あとは、別れを告げて、『赤き誓い』は取ってある宿屋へ、老人達は漁村へと帰るだけであったが……。
「嬢ちゃん達、ちょっと聞いてもらいたいことがあるんじゃが……」
老人達が、何やら『赤き誓い』に用があるらしかった。
「実はじゃな……。村で、外海殴り込み船、……いや、『外海殴り込み船団』を結成したいんじゃ……」
「私達が……、いえ、マイルがいないと、船底を破られるわよ。それに、あんた達じゃ、海棲魔物を倒すのに手間取って、全滅させられるのがオチよ。
今回、私達抜き、あんたたちだけで無事生還できたとでも思ってるの?」
レーナの態度は、冷たい。
それに、今までは年配者には割と丁寧な喋り方をしていたのに、急にぞんざいな話し方になっている。
……これは、調子に乗っているらしき老人達が無茶をしないようにと、敢えてそういう態度を取っているのであろう。
「まず、水中探索魔法と障壁魔法が使える魔術師と、舷側を越えてくる海棲魔物を一撃で倒せる者を3~4人。漁船1隻につきそれだけの戦力を用意することが必要ですね。
もしくは、船底を護るために、鉄甲船か甲鉄艦を用意するか……。
それもただ木造船に薄い鉄板を貼り付けただけではなく、完全な鉄製の船体でないと……」
マイルがそんなことを言うが……。
「鉄でできた船が、水に浮かぶわけがないでしょうが!」
レーナに一蹴された。
しかし……。
「輸送船に積める荷と同じだけの重さの鉄で、船底を覆うことはできますよね、船が沈むことなく。
……じゃあ、木製の船体と積荷を合わせたのと同じ重さの鉄で船体を造れば、浮きますよね?
それに、金属製の金だらい、水に浮きますよね?」
「あ……」
「なる程……」
目からウロコ、というような顔で、驚きの表情を浮かべるレーナ達。
「あと、舷側を高くするとか……」
更に説明を続けようとするマイルであるが……。
「船団の結成を前提として話を進めるんじゃないわよ!」
レーナに叱られた。
「私達抜き、つまりマイルのバリアと探知魔法なしで、大丈夫だと思うかい?」
メーヴィスが、レーナの言葉をスルーしてマイルにそう問うが……。
「鉄製の船体なら……。舷側を乗り越えてくる海棲魔物を倒すだけなら、Cランク上位の前衛や攻撃魔法が得意な魔術師ならば、何とか行けるでしょう。
あまり外海に突出せず、ちょっと入り込んで延縄漁、そして海棲魔物とひと合戦やって、無理をせずにすぐ帰投。それなら、多少の怪我人は出るかもしれませんけど、村に治癒魔術師を待機させておけば……。
勿論、死者や沈没船を出す危険はありますが……」
「その程度の危険、漁師はいつでも抱えておるわい! そして、外海殴り込み船団の船に乗れるのは、死んでも惜しくない年寄り限定じゃ! この話が広まれば、大陸中の老いぼれ漁師がうちの村に集まってくるじゃろうて……」
そう言って、わっはっは、と笑う老人達。
しかし……。
「……で、その鉄製の船は、誰が用意するのよ?」
「「「「…………」」」」
レーナの指摘に、うっ、と呻いて黙り込む、老人達。
「そうなんですよねぇ……。
鋼鉄船があれば、私の探知魔法とバリアがなくても問題ないのですけどねえ。
舷側が高くて、ある程度の広さと安定性がある甲板上なら、あの程度の海棲魔物であれば問題なく倒せるハンターはいますからね。
……でも、私が想定しているような鋼鉄船は、街の桟橋でも見たことがありませんからねぇ……」
「というか、聞いたこともないよ、鉄でできた船なんか!」
メーヴィスの言葉に、こくこくと頷くレーナと、老人達。
「さすがの私も、鉄の船……は……」
そう言いながら、マイルは気付いてしまった。
ナノマシンに製造を命じたら?
別に、動力船を造るわけではない。
鉄の船体を造るだけであれば、禁則事項には引っ掛からないのではないか。
それに、ゆっくり歩く者経由でスカベンジャーに頼めば、それくらい造ってくれるのではないか。……充分な量の鉄か鉄鉱石を渡せば……。
容量無限のアイテムボックス持ちであるマイルであれば、鉄鉱石を鉱床から大量に運ぶことなど、簡単である。
いや、マイルの権限レベル7の魔法であれば、鉱石から直接鉄を製錬することも可能であるかもしれない。
そして、わざわざ旧大陸に戻らなくても、この大陸にあるスカベンジャー達の住処を見つければ……。
おそらく、既にゆっくり歩く者は通信システムを復旧させて、世界中の生きている遺跡と連絡を取ったり、修理部隊を派遣したりしているであろう。
この大陸のスカベンジャー達と渡りを付けられれば、当然のことながら、彼らも『管理者』であるマイルの配下であろうから、頼みは聞いてもらえるはず……。
(……いや。いやいやいやいや!!
そんなことをして鋼鉄船を造ったところで、私達がいなくなった後の、修理は? 沈められた分の補充は? 船の出元を調べるために大陸中から殺到するであろう各国からの調査団は?
ここの人達で製造や維持管理ができないような場違いな工芸品をポンと出して、それっきり、なんてやり方は、駄目駄目だ!
それに、何隻も沈み、何人もの死人を出すことになる。
鋼鉄船がなければ死ぬこともなく、孫やひ孫達に囲まれて老後を過ごせるはずだった人達が、何人も、何人も……)
「……却下!」
「「「「えええええ〜〜!!」」」」
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