597 外 海 3
ずばしゃあ!
すぱ~ん!
どがっ!
剣と水流刃で1匹ずつ。
そして爆裂炎弾でもう1匹。
周りが海原であるため、延焼の危険がないと見て得意の火魔法を使ったレーナ。
おそらく、船を燃やすようなヘマは絶対にしないという自信があるのであろう。
見たところ、海棲魔物は前回のものとは違うようであり、少し太くて、頭部が凶悪っぽい。目付きと尖った歯列がそう思わせるのであろうか……。
ずばしゃあ!
すぱ~ん!
どがっ!
ずばしゃあ!
すぱ~ん!
どがっ!
ずばしゃあ!
すぱ~ん!
どがっ!
何度も繰り返される、三人一組の攻撃。
それに、たまにマイルの剣の音が加わる。……老人達の方に海棲魔物が向かった時のものであろう。
マイルにはバリアで船底を護るという役目もあるため、見た目はのんびりしているように見えるが、頭の中では常に探索魔法を使用しており結構忙しい。
……次々と甲板上に積み上がり、そして周囲の海面に浮かぶ、海棲魔物。
邪魔になるものや沈んでしまいそうなものは、マイルが全て収納に回収している。
甲板では、まだ回収前の死にきっていない何匹もの海棲魔物がビクンビクンと蠢き、のたうっていた。
そして気が付くと、老人達が銛やヤスを手にして、それらを相手に戦いへ参入していた。
「危ないです! 下がって……」
「兄ちゃんの仇! えいっ! えいっ!!」
「おっ父ぅの仇、喰らええぇ〜〜っっ!」
「息子を返せええぇ〜〜!」
「これはヨハンが残した銛だ! アイツの無念、俺が代わりに晴らすウゥ!!」
「「「「…………」」」」
(お年寄りの皆さんが、こんな危険な漁にやけに乗り気だったのは、これか……。
そして、大勢があんなに乗り気だったのに、割と簡単にこのメンバーに決まったのも……)
何十年も漁師をやっていれば、魔物が内海に入り込むこともあるだろうし、つい欲が出て少し沖合まで出てしまうこともあるだろう。
そして、大切な家族や友を失うことも……。
この海棲魔物がその時の個体というわけではなくとも、海棲魔物は、全て海棲魔物である。
いつか復讐できる日が来ると信じて……。
別に、死にたかったわけではなく。
ただ、海棲魔物何匹かと差し違えることができるなら、残り僅かな自分の命を惜しむつもりがなかっただけなのであろう。
「お爺さん達、ずっと待っていたんだねぇ……。最後に、自分の命と引き換えに海棲魔物に一矢報いることができる日が来るのを……」
「「「…………」」」
メーヴィスの独白に、言葉を返す者はいない。
ただ、攻撃魔法の詠唱と剣による切断音だけが続いた。
そして、老人達の危険な行為をやめさせようとする者は、ひとりもいなかった。
* *
「終わりました……」
マイルの言葉に、ようやく動きを止めた船上の者達。
甲板も皆の衣服も、海棲魔物の血と粘液で真っ赤に染まり、そしてぬるぬるのべとべとであった。
「清浄魔法!」
マイルが、全員を魔法で綺麗にした後、獲物を全て収納。そして甲板上も魔法で洗浄した。
その後、怪我をした老人達を魔法で治癒。
清掃よりそちらが先ではないかという気がしないでもないが、衛生面を重視したという可能性もあるため、特にレーナ達に突っ込まれることはなかった。
そして老人達は、清浄魔法を掛けられても微動だにすることなく立ち尽くしていた。
ただ俯き、滂沱の涙を流し、嗚咽を漏らしながら……。
「……もう少し、やります? 海棲魔物狩り……。
そしてその後、延縄と釣りで、村へのお土産用に虹色トゥンヌスを大量ゲット、とか……」
マイルの言葉に、最初は誰も反応しなかった。
……しかし、徐々に老人達が顔を上げ、その顔が歪んだ。
悲しみの表情ではなく、笑顔となって……。
「おおっ!」
「「「「やらいでかっ!!」」」」
* *
小さな漁村の、『港』と呼ぶのも恥ずかしいほどのささやかな船着き場へと向かう、小さな漁船。
魔法による風を受けて膨らむその三角帆のマストの上に掲げられた、ふたつの旗旒。
ひとつは、大漁を示すもの。……派手ではないが、まぁ、大漁旗である。
そしてもうひとつは、怨敵を倒したことを示す、凱旋旗であった。
この村の船に最後にその旗が掲げられてから、既に20年近い年月が経っている。
そしてまだかなり距離があるうちに、外海殴り込み船の帰還が村人によって視認された。
そのマストの上に翻る、ふたつの旗旒と共に……。
その知らせを受けた村中の人々が港に集まり、船の入港を待った。
そして漁船では、サービスのため、マイルが海棲魔物と虹色トゥンヌス、白銀サーモン、マーリンその他を甲板上に積み上げていた。
……船が沈まない、ギリギリまで……。
そして……。
「「「「「「ばんざ〜〜い! ばんざ〜〜い! 外海殴り込み船、ばんざ〜〜い!!」」」」」」
村人達が歓声を上げる中、既に女子衆は船の入港を待たずに家へと取って返し、村を挙げての大宴会のための準備に掛かっていた。
海辺の住人は、目が良い。甲板上に積まれた獲物と大漁旗から、収穫には宿敵だけではなく特上の食用魚も大量に含まれていると知ったからである。
船着き場では、村長が遅ればせながら村を挙げての大宴会の開催を叫び、村の備蓄庫から酒を出すことを宣言した。
僅か4人の漁師を引退した老人と、4人の余所者の小娘。
危険に満ちた、あまりにも無謀な外海への出漁。
……しかも、目標は普通の魚ではなく、海棲魔物。
自殺志願の余所者と、……それとあまり変わらない、死に場所を求める年寄り達。
誰にも止めることができず、今生の別れと見送ったというのに、まさかの生還、まさかの大漁旗、……そして、まさかの凱旋旗。
村長もまた、他の村人達と共に、滂沱の涙を流していた……。




