591 商人の少女 1
「あ! あなた達が『赤き誓い』の皆さんですね?
指名依頼をお願いしたいのですが!」
「「「「……え?」」」」
ハンターギルド支部に顔を出すと、情報ボードや依頼ボードに近付く前に、15~16歳くらいの少女に声を掛けられた。
「指名依頼? あの、あなたは……」
戸惑った様子で、そう問い返すメーヴィス。
無理もない。旧大陸であればともかく、ここでは『赤き誓い』はまだ、登録したばかりの超新米パーティーなので、指名依頼など来るはずがなかった。
確かに大量の獲物を納入してはいるが、それは、ギルドから購入すれば済むことである。わざわざ余計なお金を払って指名依頼にしなければならない理由がない。
それに、『赤き誓い』が大量納入を行っていることは、ハンターギルド関係者……勿論、一般のハンターも含む……以外にはまだあまり広まっておらず、そして守秘義務の関係で、彼らが積極的にその話を広めることはない。
「あ、申し遅れました、私、自由商人のアルリと申します」
「はぁ……。それで、私達にどのような御依頼を?」
自由商人というのは、商店を構えているわけではなく、かといって荷担ぎや馬車で行商するわけでもない、無店舗営業というか、何というか……。
まぁ、仲介やら何やらでマージンを稼ぐ、碌な資金もない駆け出しの零細商人である。
しかし、いくら駆け出しの零細とはいえ、商人からの指名依頼が来るというのは、普通の駆け出しハンターにとっては実力と信用を認められたということであり、名誉なことである。
……普通の駆け出しハンターにとっては……。
いくら信用度の低い駆け出し商人とはいえ、ハンターギルドを介した依頼であれば依頼料は事前にギルドに供託されるため、踏み倒される心配はない。
「はい、依頼料は小金貨8枚。依頼内容は、オーク4頭の納入です」
「「「「……え?」」」」
皆、自分の耳を疑った。
「……すみません、もう一度、お願いします……」
恐る恐るそう言ったメーヴィスに、少女は再度、はっきりと言った。
「オーク4頭の納入、依頼料は小金貨8枚。
……あ、ハンターギルドは通さない依頼主と受注者の直接契約、『自由依頼』でお願いします!」
「「「「「「何じゃ、そりゃあああああ〜〜!!」」」」」」
『赤き誓い』の4人だけでなく、それとなく聞いていた他のハンターやギルド職員達も、堪らず叫んだ。
「あ、あああ、あんたねぇ。オーク4頭なら、そんな依頼は受けずに直接ギルドの買い取り窓口に出した方が、その何倍もの値が付くわよ!
……あんた、馬鹿なの?」
レーナの突っ込みに、少女は平然と答えた。
「いいえ、そういうわけでは……。
……でも、もしかすると、あなた方がそうかもしれないと思いまして……」
「「「「何じゃ、そりゃあああああ〜〜!!」」」」
* *
あまりのインパクトに、却って興味を惹かれた『赤き誓い』一同は、何か事情があるのかと思い、ギルド内の飲食コーナーでもう少し詳しい話を聞くことにした。
……物好きにも、程がある。
ただ、『赤き誓い』はお金には困っておらず、おかしな依頼には興味があった。
お金に不自由している他のハンターなら、一蹴している案件である。
そしておかしな案件なので、そういうのの担当であるマイルが場を仕切っている。
「……で、どうしてそのような無茶な条件での依頼を?」
何か事情があるのだろうと思ったマイルのその質問に、『赤き誓い』だけでなく他のハンターやギルド職員達も興味津々で耳を澄ませている。
そして……。
「いえ、そうすれば、儲かるじゃないですか」
「「「「「「何じゃ、そりゃあああああ!!」」」」」」
さっきから、ギルド内で同じ叫びが何度も繰り返されているが、さすがにそれは仕方ないであろう。
今のに耐えられるハンターやギルド職員は、いない……。
「こっ、この女……」
「ぶっちゃけやがりましたよ……」
「少しは取り繕おうよ……」
「たはは……」
「しかも、ギルドを通さない自由契約ぅ?
それって、ギルドに事前に依頼料を払い込まないから、踏み倒される危険があるじゃないの!
しかも、ギルドを介していないから、トラブルが生じてもギルドからの支援は受けられないし、怪我をしても見舞い給付金も出ないわよ! おまけに、功績ポイントも入らない!
誰が受けるっていうのよ、そんな筋が悪い依頼なんて!!」
明らかに罠っぽい内容に、吠えるレーナ。
他のハンターやギルド職員も、うんうんと頷いている。
ギルドも、それでは手数料が入らないため収入にならない。
余所で持ち掛けるならばともかく、ギルドの受付窓口の前でハンターにそんな話を持ち掛けるなど、正気の沙汰ではなかった。
『赤き誓い』がいくら常識外れのパーティだとはいえ、さすがにこの件においては常識人はレーナ達の方であった。
「商人は、誠実でなければなりませんよ!」
「誠実と馬鹿正直は違いますよっ! もっと、駆け引きとか、建前とかを……」
「マイル、悪事に余計なアドバイスをしちゃ駄目だよ……」
マイルに苦言を呈するメーヴィス。
自分のことは棚に上げて、『誠実』などというふざけた言葉を口にするポーリンのことは、スルーされた。
「……とにかく、家族が人質に取られているとか、今日中に金貨10枚を払わなければ妹が売り飛ばされるとか、何かそういう事情は……」
「いえ、別にありませんが?」
マイルの、一縷の望みを託した質問も撃沈された。
「「「「……」」」」
「「「「…………」」」」
「「「「………………」」」」
「どうすんのよ、コレ! こんなのをわざわざ飲食コーナーに連れてきて話を聞こうとするなんて……。
どうせ、私達が誘ったのだから飲食費は全額私達持ち、とか思ってるに決まってるわよ。この大量の注文、それも高いヤツばかり頼んでいる状況から、明らかにね。
いえ、それは別にいいのよ。元々そういうつもりだったから。
……でも、これから頼み事をしようとする相手に対して、それを当然のこととして高いものばかりを集中的に頼みまくるというのは、明らかに性格的に問題があるでしょうが! そんなのとギルドを通さない自由依頼なんか契約できるもんですか!」
そう言って、テーブルをドン、と叩くレーナ。
「……マイル、あんたが責任を持って断りなさい!」
断れドン、である。
激おこの、レーナ。
「えええ、そんなぁ! ここはひとつ、商人のことに詳しいレーナさんとポーリンさんの出番かと……」
「知らんわっ!」
「知りませんよっ!」
「たはは……」
マイルの言葉を拒絶する、レーナとポーリン。
……当たり前であった。
こんなのに関わりたいと思う商人はいない。
いや、商人以外でも、いないであろう。
そして、自分には関係ないと思っているのか、苦笑するメーヴィス。
「じゃあ、パーティリーダーであるメーヴィスさんが……」
「無理!」
マイルの縋るような言葉を、速攻で叩き落とすメーヴィス。
さすがのお人好しも、これは受けてくれないようであった。
……というか、お人好しだからこそ、『依頼や頼みを断る』というような役目は苦手なのであろう。
そしてそれらの言い合いを、断るべき相手の真ん前で繰り広げるレーナ達。
既に、皆の意思は完全に伝わっているはずである。
……普通であれば
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