584 その頃…… 1
「御使い様の御様子はどうか?」
「はっ、朝と夕方の、ベランダからの信者達へのお声掛けは、休まずきちんとこなされております。
最近は、説教の内容もよく考えられておりまして、評判が上がっております」
「そうか。『赤き誓い』のお仲間達が出奔された時には心配したが、何事もなく落ち着かれたようで、よかったのぅ……」
若い神官からの答えに、そう言って、嬉しそうに微笑む年配の神官。
「……で、あちらの方はどうか?」
「飲食の方ですか? 食事も、おやつと果実水も量を減らされたようで、お太りになる危険はなくなったかと……」
「おお、それは重畳! 国中どころか、周辺国の甘味全てを食べてみたいと言われた時や、退屈だと喚かれて自棄食いを始められた時には、お太りになられるのではないかと、皆で心配したものよのぅ……。
ようやく御使い様としての自覚をお持ち戴けたようじゃな。良かったのぅ……」
嬉しそうな年配の神官に、若い神官が不思議そうに尋ねた。
「しかし、急に、いったいどういう心境の御変化があったのでしょうね? あんなにお勤めを面倒がっておられましたのに、まるで人が変わられたかのように……。
……もしかして、偽物と入れ替わっていたり、とか……」
「ははは! もしそうなら、女神様に『あなたが落としたのは、この怠惰な御使いですか? それとも、こちらの勤勉な御使いですか?』と尋ねられたら、勤勉な方です、と答えるわい!」
「ぷっ! ミアマ・サトデイルの滑稽本ですか! ふ、不敬ですよ、あはははは!」
「わはははは!」
その、ミアマ・サトデイルの滑稽本を書いたのが、当の御使い様本人であることを忘れたのか、大笑いする神官達。
……そして勿論、ナノマシン達は情報収集を怠ってはいなかった。
【この程度で『勤勉になった』と言われるなんて……。
マイル様、いったい、どれだけ怠惰な生活をしていると思われていたのですか……】
* *
「この街で、待っていましょうか」
「はい、そうですね」
「あまり進むと、『赤き誓い』の皆さんがこの大陸での旅を楽しめませんからね」
王都を出てから、割と早く旅の足を止めた、『ワンダースリー』。
マイル達が港町から王都を目指すと思い、あまり自分達が海側へと近付くと、マイルが仲間達との新大陸の旅を楽しむ時間が短くなってしまうとの配慮であった。
そのため、どんどん海側へ進もうと考えていた当初の予定を変更したのである。
……では、なぜ王都で待っていないのか。
それは、自分達のことを知っている者がおり、これからの活動拠点となる予定の王都では、あまり目立つ騒ぎを起こしたくはない、とマルセラ達が考えたからであった。
なので、出会いは王都以外の町にして、王都における自分達『ワンダースリー』とモレーナ王女の立ち位置の説明や、様々なことの擦り合わせを行いたい、というわけである。
「では、『赤き誓い』の皆さんを待っている間、この大陸で新米ハンターとして活動すべく、ハンター登録をしましょうか。
そして、このあたりの魔物事情を確認したり、魔法の強度に変化がないか確認したりと、色々とやるべきことはたくさんありますわ。
魔法が、『魔法の精霊』によって発動する以上、大陸が変われば別の精霊の担当となり、そのために発動の強度や速さ、精度等が変化する可能性がありますからね。
僅かな違いが致命傷とならないよう、そこは事前にしっかりと調べておかねばなりませんわ」
「「はい!」」
さすが、マルセラである。
もしかすると、マルセラが言い出さなければオリアーナが提言したかもしれないが、それでも、ちゃんとリーダーとして重要なところは見落とさない。
【しっかりしてやがんなぁ……】
≪マイル様達のような馬鹿をやらかさないのは少し物足りないですけど、それはそれで、幼い下等生物が懸命に知恵を絞り頑張っている姿として、楽しめますわよ≫
[だな……。どっちにしても、『ワンダースリー』と『赤き誓い』、ナノネット視聴率2本柱の立場は安泰だな]
異議なし、と、同意の信号波を送る、ナノマシン達であった……。
* *
かららん
軽やかなドアベルの音を響かせ、ハンターギルド支部に入ってきた、3人の少女達。
身長や顔付きから、どう見ても未成年である。
ひとりだけであれば、孤児で栄養不足のため身長が、という可能性もゼロではないが、3人揃って、というのは、少々考えづらい。
……そして何より、全員が割と上等な衣服と部分防具を身に着けており、おまけに短剣と杖まで装備しているのである。
これで、お金に困っているはずがない。
当然、少女達が入ってきた時のドアベルの音で、ギルド職員やハンター達の眼が一斉に入り口に向けられた。
そしていつものように、すぐに視線が外され……ることなく、皆の視線は少女達の動きに追従していた。
だれも動かないのは、少女達がいくら未成年ではあっても、着慣れた様子の丈夫な衣服と、そこそこの装備であることから、全くの新米というわけではなさそうであり、初心者に対する通過儀礼の対象外、と判断したのであろうか……。
……しかし、居合わせたハンター達の心の中は……。
幼いながらも、見目の良い者ばかりの、三人組。
そして全員が、魔術師らしい。
ハンターパーティにおいて、最も不足しているのは、魔術師である。
水袋代わりに。着火具代わりに。治癒ポーション代わりに。弓士代わりに。
とにかく、1パーティにひとりいれば、とても便利。
パーティの生存率が飛躍的に上がる、ワイルドカードなのである。
……それが3人。
しかも、可愛い。
良からぬことを考える者も、そんなことを考えていない者も、思いは同じであった。
((((((……欲しい!!))))))
しかし、今までどこからも声を掛けられたことがないはずがないのに、未だに少女3人のまま。
そして今まで、無事に生き延びてきている。襲い来る魔物からも、人間からも……。
……何も考えず、不用意に声を掛けるのは危険。
そう考え、皆が黙って見守っていると、3人の少女達はすたすたと受付窓口へと歩み寄り……。
「ハンターの、新規登録をお願いしますわ」
ガタ!
ガタガタガタガタガタッ!!
ハンター達の殆どが、思わず腰を浮かせた。
そして、互いに顔を見合わせる。
((((((……まだだ! まだ早い……))))))
そう。今から新規登録するということは、今はまだ、一般民である。
一般民である未成年の少女に厳ついハンターが声を掛けたりすれば、事案の生起である。
もし相手の身体に指一本でも触れたり、叫ばれたりすれば、大事になる。
下手をすれば、ハンター資格剥奪の上、数年間の犯罪奴隷で鉱山行きである。
しかし、ハンター登録さえ終われば、同業者であり、パーティに勧誘しようとして声を掛けただけだと言えば、多少のことは大目にみてもらえる。
というか、それは本当のことなので、胸を張ってそう主張できるし、どこのパーティも魔術師を欲しがっていることは業界の常識なので、疑われる心配はない。
ここは、我慢であった。
そしてハンター同士で、牽制のためガンを飛ばし合う。
少女達は、受け取った申請用紙にサラサラと記入すると、それを受付嬢に渡しつつ、何気なく質問をした。
「あの、ここって、女性が他のハンターに絡まれたり、強要されたり脅されたり無礼な真似をされたりした場合、正当防衛とか無礼討ちとかで殺したら、罪になりますの?」
固まる、受付嬢と職員達。
そして……。
((((((えええええええええ〜〜っっ!!))))))
触るな危険。
今まで色々と絡まれて苦労した『ワンダースリー』が身に着けた、処世術。
先制攻撃の、軽いジャブであった。
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