583 約 定 6
「「「「!!」」」」
ギルドマスターが呟いた、不穏な言葉。
マイル達には、その単語に、心当たりがあった。
……いや、いささか、あり過ぎた……。
幸いにも、港町であるここには船乗り関係の情報は早く廻ってくるが、王都からの情報はそうでもない。陸路を進む商隊が来ない限り、そちら方面の情報伝達はかなり遅かった。
そして、王都の住民にはその日のうちに大々的に知られてしまったものの、対外的な発表……自国が古竜とその友人である異国の王女と親交を結んだこと……は会議を重ねたため数日後となり、まだこの街には情報が届いていなかった。
「……いや、あの噂話では、古竜と巫女達は仲間同士だという話だった……。
今回は、依頼任務でたまたま訪れた森で偶然出会っただけだから、関係ないか……。
同じ『少女4人』というのは、ただの偶然か……」
ギルドマスターの独り言のような言葉に、こくこくと必死で頷く『赤き誓い』一同。
あまりにも必死すぎて、ギルド幹部のうちの幾人かは少し怪訝そうな顔をしているが、脳筋であるギルドマスターがそれに気付くはずもなく、そのまま話が進められた。
「とにかく、話は分かった。一応、報告内容は全て真実だという仮定で、調査を進める。
……何しろ、お前達が嘘を吐く理由は欠片もないからな……。
このあたりには来たばかりで、知り合いもいなければ、何のしがらみもない。
そして、普通にやっていれば充分稼げるのに、ボランティア同然でわざわざ引き受けた低報酬の依頼で、虚偽の報告をしてギルドを追放されるような危険を冒すような馬鹿じゃないことは分かっている。
偽造かどうかは未確認だが、村長の自白供述書もある。
報告内容が信じがたいものであるということ以外は、おかしなところはないからな……」
そう。
報告内容が、信じがたい。
それは、マイル達も自覚していないわけではなかった。
(そうだ!)
ぴこん、と、マイルの頭に名案が浮かんだ。
「あの、これなんか、証拠としてどうですか?」
「え?」
そして、マイルがアイテムボックスから取りだして会議用の机の上にどん、と置いたのは……。
「……ウロコ?」
「巨大な……、ウロコ……」
「はい、古竜のウロコです。記念にと、戴きました!」
「「「「「「えええええええええ〜〜っっ!!」」」」」」
これは、今回貰ったウロコではない。
今回貰ったのは、角と爪の削りカスだけである。
しかし、削りカスではインパクトがないし、ただの粉では、見ただけでは何の粉なのか分からない。
なのでマイルは、以前からアイテムボックスに収納してあった、別件で入手したウロコを出したのである。
真実を歪め、人を騙すために偽証することは、悪である。
……しかし、真実を伝え、正義を通すために吐く嘘は、許容される。
マイルは、その柔軟な思考により、そういう方針を選択したのであった。
レーナ達も、マイルのその考え方に賛同したのか、何も言わずに見守っているだけである。
古竜のウロコ、しかも欠損部分のない完全美品など、市場に出回ることはない。
もし出回ったとしても、若手ハンターなどに入手できるようなものではない。
……ということは。
それがここにあるということは、即ち、自分達で直接手に入れた、ということであった。
「「「「「「…………」」」」」」
「よし、これで我がハンターギルド支部は、お前達の証言を基本とし、反論があれば村人達にその証拠を提示するように求める、という方針とする。
……まぁ、古竜が来たってことは、動かしようのない事実となったわけだ。お前達の証言を疑う者は、誰もいやしねぇよ」
もう、全てを諦めたかのような、ギルドマスターとギルド職員達。
そして……。
「なぁ、そのウロコ、ギルドに売ってくれないか? それを王都支部経由で国王陛下に売れば、大金と功績が手に入って、うちの支部がポイントを稼げるんだよ……。
な、頼む!」
実際には、王宮は既に美品のウロコを2枚手に入れており、3枚目となると、そこまでの功績や高値とはならないであろう。
このウロコは、先の2枚とは関係がなく、後で古竜が売り値を確認するようなことはあり得ない。
なので、王宮としてはなるべく安く買い叩くか、もしくは『もう余分な予算はない』として、買い取りはせず、国内の有力商家に売るよう指示するかもしれなかった。
まぁ、そんな心配をするまでもなく……。
「いえ、古竜様から記念にと戴いたものですから……」
「……そうだよなぁ……」
マイル達は、お金には困っていない。
そして、馬鹿容量のアイテムボックスに収納しておけば、盗まれる心配もない。
なので、大切なものや、取っておけばもっと値が上がりそうなものを、急いで売る必要など、全くなかった。
後に王都へ行った時に、自分達で直接売りに行くか、オークションに出せば良いのである。
なので、ギルドマスターも『一応、言ってみただけ』であり、別にガッカリしたような様子はなかった。
これにて、一件落着。
あとは、ギルドや官憲の仕事である。
なので、マイル達は会議室を辞して、1階の買い取り窓口で『入らずの森で狩った』ということにしてアイテムボックスに収納してあった上位の魔物を数頭売り、宿へと引き揚げたのであった。
* *
あれから数日後。
あの村の若者が、『赤き誓い』が滞在している宿にやってきた。
どうやら、街中の宿屋を調べて回り、捜し当てたらしい。
宿屋は、信用に関わるため、宿泊客に関する情報は漏らさないというのに、どうやって捜し当てたのやら……。
それなら、ハンターギルド支部へ行った方が早かったであろうに。
そして……。
「古竜様が、会いたいと……。近くの森まで来られていますので、案内します」
そう言われたら、会わないわけにはいかない。
下手をすると、この街まで直接会いに来るとか言い出して、もしそうなったら、……パニックである。
それだけで、死人が出るであろう。
なので、他の選択肢はなかった。
それに、この若者の様子からは、あまり切羽詰まったような様子は感じられない。
なので、そんなに悪い話ではないであろうと思われた。
* *
「……で、何の御用でしょうか?」
村の若者の案内で、仲間達と共に近くの森へとやってきたマイルが、古竜ザルムに恭しい態度でそう尋ねると……。
『シルバが、焼肉製造機が戻らぬから心配なので調べて欲しい、と言うので……』
「知りませんよっ! そして、『焼肉製造機』って呼ばれているのですか、私っっ!
愛人という話じゃなかったのですかっっ!!」
狼達に、側妃や愛人とすら呼ばれていないらしいと知ったマイル、激おこであった……。
「何? あんた、やっぱりあの白い狼の愛人になりたかったの?」
「まぁ、マイルちゃんは幼女の次に、もふもふが好きですからねぇ……」
レーナとポーリンの言葉に、うんうんと頷くメーヴィス。
「そんなワケあるかあぁ〜〜!!」
激おこの、マイルであった……。




