580 約 定 3
「あ、あわわわわわわ……」
地面にへたり込み、ガクガクと震える村長と、村人達。
逃げる、ということさえ頭に浮かばない、圧倒的強者の威圧。
古竜の前でまともに思考できる人間は、そう多くはない。それも、戦闘職ではない、ただの村人とあっては……。
そして、マイルが古竜ザルムに問い掛けた。
「古竜様、私達と狼達の通訳をしてくださいましたよね?」
『うむ、したな……』
「そして、狼達は村の家畜を襲ったりしていない、と証言しましたよね?」
『うむ、したな……』
「狼達は、古竜様に嘘を吐くような知能も度胸もありませんよね?」
『うむ、ないな……』
マイルは、村長達の方へと向き直った。
「以上、『証明終了(Q.E.D.)』です!」
「「「「「「…………」」」」」」
……終わった。一瞬のうちに……。
自分が言っていることが正しいと証明するために古竜を呼び付ける者が、どこにいると言うのか。
普通は、下等生物につまらない用事で呼び付けられて怒り狂った古竜によって国が滅ぼされるという危険を冒すくらいなら、黙って冤罪を受け入れる。
それが、常識を弁えた人間が取るべき行動である。
なのに、マイル達は平然と古竜を呼び付けた。
……しかも、2頭も。
そんなイカレた連中には、逆らってはならない。
怒らせてはならない。
この国が灰燼に帰すことを防ぎたいならば……。
村の実権を握る?
森の資源を得て金儲け?
とんだお笑いであった。
このちっぽけな村どころか、領が、そして国が滅ぶというのに、それに何の意味があると言うのか……。
『ところで、我からひとつ聞きたいことがあるのだが』
「へへぇ〜〜っっ!!」
自分に向かって古竜からそう言われた村長には、土下座してそう言うのが精一杯であった。まともな言葉など、出せるわけがない。
『数百年前に、我が森の者達と人間の間の諍いを仲裁して、不可侵の約定を結ばせた。なのに、なぜその約定を破ろうとした? なぜ約定を結ぶ時の立会人であった我の顔を潰すような真似をした?』
話は、そこで中断した。
村長と、その一派の者達の大半が、泡を吹いて気絶したので……。
* *
「……というわけで、森の獣や魔物達は、『こりゅうこわい。にんげんのところへいってはいけない』という簡単な言い伝えを全員が知っているけれど、人間の方は一般の村人達には『入らずの森には立ち入ってはならない』ということだけ伝え、詳細は村長と長老だけが口伝で伝えていたところ、それがいつの間にか失伝してしまったようですね。
まぁ、年寄りはいつポックリ逝くか分かりませんから、長い年月の間には、次代に伝える前に村長と長老が同時に、もしくは立て続けに亡くなって、ということがあっても、何の不思議もありませんからね……」
確かに、いくら狩りには行くことのない年寄りであっても、流行り病や食中毒等、同じ原因でほぼ同時に死ぬことなど、そう珍しくはないであろう。
そしてそれが、不幸にも村長と長老であることも……。
「そしてまぁ、何となく『あの森には入っちゃなんねぇ』という漠然とした言い伝えだけが残り、そのうち『多分、危険な魔物がいるから入らないようにとの言い伝えがあるのだろう』、『ハンターを雇って危険な魔物を退治すれば、森の資源を……』とかいう話になって、言い伝えを守ろうとする派と森の恵みを得たい派とで対立、ということになったんじゃないかと……。
なので、ザルムさんの顔を潰そうとしたのではなく、約定の存在そのものを知らなかったのではないかと……」
マイルの説明に、うむむ、と唸る古竜、ザルム。
『人間は世代交代が早いということは認識しておる。
森の者達は簡単な言い伝えを皆が共有しているから、失伝せずに済んでいるわけか。
意図して約定を破ったり、我の顔を潰そうとしたわけではないらしいことは理解した。
……では、以後はきちんと約定を守るというのだな?』
「「「「「「へへええええぇ〜〜!!」」」」」」
そして、新たに森の者達と人間との不可侵の約定を確認し、古竜達がそろそろ帰りそうな様子を見せた時……。
ソリを牽いていた狼のうちの一頭が、レーナに身体をこすりつけてきた。
「きゃっ! ……よしよし、別れるのが寂しくなっちゃったのかな?」
そう言って、狼の身体をがしがしと撫でてやるレーナであったが……。
『背中が痒かっただけだと言っておるぞ?』
「…………」
そして、マイルの顔をぺろぺろと舐める、白い仔狼。
「お〜、よしよし!」
『舐めるとしょっぱくて旨い、と言っておるぞ?』
「…………」
「「余計なことまで通訳するなあァ!!」」
「「…………」」
動物とは、言葉が通じない方がいい。
そう思った、メーヴィスとポーリンであった……。
* *
そして狼と古竜達は、帰っていった。
古竜は、マイルに『また、何かあれば呼べ』と言って……。
しかも、それを言ったのは若い方、ザルムではなく、年配の方の古竜であった。
「マイル、気に入られたみたいだね……」
「「「…………」」」
メーヴィスの言葉に、げんなりとした顔のマイル、レーナ、そしてポーリン。
「ま、いつものことよね……」
「いつものことですよね……」
「何ですか、それはっっ!!」
そして、やれやれ、という顔の村人達。
そんな生易しい状況ではなかったのであるが、おそらく、実感が伴っていないのであろう。
村長一派も、古竜に詰問されていながら無事生き延びられるという、神話かお伽噺並みの奇跡に、地面にへたり込んだままではあるが、滂沱の涙を流しながら神に感謝の祈りを捧げていた。
……まだ、全然危機から逃れていないというのに……。
「さて、村長さん」
マイルの言葉に、え、という顔をして泣き止んだ、村長。
「さっきは古竜さん達にこの国が滅ぼされないようにとああ言いましたけど、……村長さん、あなた、約定のことを知っていましたよね?」
マイルの言葉に、ぎくり、という表情を見せた村長。
「な、なぜ……」
「だって、村長さん、私達への指示で、狼の殲滅、特に白い狼を殺すこと、って言ったじゃないですか。それって、森の住人である魔物や動物達の人間に対する代表が彼らだと知っていないと出ない指示ですよね。
森には、熊系を始めとする様々な危険な野獣や、色々な種類の魔物がいるというのに、なぜか狼を指定。しかも、まだ仔である白い狼を最重要視。
これって、彼らを潰して約定の存在を消し去ろうという以外に、何か目的があるのですか?」
「…………」
「それに、強硬な反対派の存在。
それって、『入らずの森には手を出してはならない』という、強い禁忌の感情が根付いているということですよね。
もしそうでないなら、行きたい者が危険を承知で勝手に行って、勝手に死ねばいいだけですから。
……まぁ、それすらもハンターギルドを騙して、危険をハンターに押し付けようとしたわけですけどね。
ハンターギルドを騙しての、危険な虚偽の依頼による、受注ハンターの殺人未遂。
古竜を怒らせるという、国の存亡に関わる危機を招いた、国賊行為。
いくら古竜は何百年もずっと姿を見せていないと思い込んでいたとはいえ、さすがに、ただで済むとは思っていませんよね?」
「…………」
そっと村長から離れる、村長一派の顔役達。
「いやいや、皆さんも同罪ですよ、勿論!」
そして、村長一派からじわじわと距離を取る、他の村人達。
「いやいや、ハンターギルドや領主様、国王陛下達は、いちいち村の派閥なんか気にしませんよ。
何々村がやらかした、って考えるに決まっています。
村長も顔役の皆さんも、村の人達みんなで決めたのでしょう? だから村の人達みんな、一蓮托生ですよ、勿論!」
「「「「「「えええええええええ〜〜っっ!!」」」」」」
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