577 塩漬けの依頼 10
「……では、その昔、古竜がこの狼の一族の先祖達と村人達の仲介を行った、と?」
『そうである。短命の者達の何世代か前に、下等生物同士、……この森の者達と人間の間で諍いが起こり、無為に傷付き、死す者が多発したのだ。
それを憂い、慈愛に満ちた一頭の古竜が和解のための仲介を行ったのである』
古竜にとっては、人間も狼も、共に等しく『短命の者達』なのであろう……。
「おお! 下等生物のために御尽力くださる古竜様が!」
そして、話をスムーズに進めるため、古竜ザルムをヨイショするマイルであるが……。
『うむ。我ながら、良き行いをしたものだと思う』
「「「「アンタのことか〜〜い!!」」」」
どうやら、ザルム自身のことのようであった。
おそらく、ケラゴンのように、下等生物の相手をするのが好きなのであろう。
人間が、猫やハムスターと遊ぶのが好きなように……。
確かに、人間や狼達にとっては何世代も前のことであっても、古竜にとっては、ほんの少し前のことに過ぎないのであろう。
そして、偉い方の古竜がザルムを連れてきたのは、腹心の部下だからではなく、当事者だったからのようである。
「……では、白いの……、シルバちゃんが言った、『やくそく』というのは……」
そしてマイルが、いよいよ核心に迫った質問をすると……。
『いや、何、人間共が徐々に居住範囲を広げ、この森に開発の手を伸ばして来おってな。この森に住む獣や魔物と揉めたのだ』
「……いや、『揉めた』って……。それ、互いの生存権を懸けた、全面戦争なのでは……」
マイル達はそう思うが、古竜にとっては、ハムスター同士が喧嘩をしているくらいにしか感じないのであろう。
『それで、我が仲介してやったところ、双方が共に退いて、和解したのだ。
下等生物と言えども、話せば分かるものであるな……』
「古竜に仲裁されて、食って掛かることができるような生物はいないわよっ!
たとえ、いくら不満があろうとも……」
レーナの突っ込みは、無視された。
やはり、古竜達が一目置いているのはマイルだけであり、その他は『下等生物』に過ぎないのであろう。
たまたま気が向いた時にはちょっかいを出したり遊んでやったりするが、向こうから勝手に話し掛けてきたりするのは駄目、と……。
「で、その仲介の内容というのは……」
マイルの質問に、ザルムが自慢そうに説明してくれた。
『人間共には、現在ある村より森の側には新たな村は作らぬように。そして田畑の開墾、狩りや採取は、村と森との中間点までとすること。森の者達には、同じく住処は森の中、狩りは村との中間点まで。
……そして安全のため、中間点には双方の立ち入りを禁ずる緩衝地帯を設定した。
分かりやすいよう、岩地や大木等の顕著な目印があるところを境目としたので、間違って緩衝地帯を越えることはなかろう。双方の幼生体が単独で行くには、村からも森からも距離があり過ぎるしな。
森の者達は様々な種族がおり、互いに言葉は通じぬし、捕食者、被食者の関係にある者もおり、纏まりがつかぬから、森の者共と人間共、という関係の場合に限り、森の者共の中では頭が良く、群れで暮らし掟が継承される、このシルバの種族に代表を務めさせることにしたのだ。
まあ、それでも色々と問題があるかと思い、たまに我が様子を見に来てやるのだがな。
人間共が騒がぬよう、暗くなってから地面すれすれの低空を飛んでくるため、森の者共しか知らぬであろうがな……。
そうして、人間共と森の者共とは戦うことなく平和に暮らしているのだ。
……うむ、我ながら、良き行いをしたものである!』
大事なことなのか、先程と同じ台詞を繰り返した、ザルム。
「そして、私達がその人間の村の者達から、シルバちゃんとその一族を皆殺しにするよう依頼されたというわけですね……」
『なっ、何じゃとおおおおぉ〜〜!!』
「あわわ! 声が、声が大きいですよ、ザルムさんっ!!」
マイル達もシルバ達も、さすがに古竜の大声には耐えきれず、後ろに転んだ。
そして、森中が静まり返っている。
……当たり前である。全ての虫や動物達が、住処に飛び込んでブルブル震えていることであろう。
大きい方の古竜は、何とも思っていないらしく、じっとしている。
おそらく、ザルムのように下等生物の世話をしたり手を貸したり、というようなことを趣味や遊び、慈善活動のように考えてはいないため、どうでもよいからなのであろう。
『わ、我が仲立ちした約束事を。下等生物なりに、互いに相手を尊重し、平和に暮らせるようにと我が配慮した約束事を、破るとな? ……許せん!!』
そう言って、剣呑な様子でマイル達を睨み付けるザルムであるが……。
「いえいえ、私達は無関係ですよ! ただ、港町のハンターギルド支部で依頼を受けて、その依頼内容がどうも怪しいな〜、と思ったから、調査に来たんですよ。
でないと、私達がシルバちゃん達と仲良く一緒にいたり、わざわざザルムさん達を呼んだりするわけがないですよ!」
『……それもそうであるか……。
うむ、その説明の論理性を理解して、納得した。続けよ』
「さすが、人間より優れた古竜様! 分かっていただき、感謝の極み!」
マイルも、古竜との付き合いはそこそこある。なので、ある程度の操縦法、ヨイショの仕方くらいは会得していた。
そして、港町のハンターギルド支部でボランティアのつもりで『塩漬けの依頼』を受けたこと、村での不穏な雰囲気と、何やら裏がありそうな様子。そしてどうも二分されているらしき村人達の意思。
それらを説明したところ……。
『約定を破り、森に手を出すつもりの村の上層部と、それに反対する者達との対立か。
そして、ギルドとやらに虚偽の依頼を出して、強引にシルバ達の一族を全滅させようとした、というところか?』
「「「「ですよね〜!!」」」」
『しかし、なぜそのような無謀な真似を? 我らが関わった約定を破るなどと、怒った我らにより村が殲滅されるのは分かり切ったことであろうが……』
((((あ〜〜……))))
その理由に心当たりがある、『赤き誓い』一同。
「あの〜、さっきザルムさんは、『人間共が騒がぬよう、暗くなってから地面すれすれの低空を飛んで』って言われましたよね? それってつまり、ザルムさんがずっと約定が守られているか見守り続けてくださっているのを知っているのは森の住民達だけで、村の人間達は最後にザルムさんの姿を見てから何世代も過ぎている、っていうことはないですか?
なので、約定の仲介をされた古竜はその時限りの気紛れであり、その後は無関係になった、と思っていたり……」
『あ……』
「そして更に、言い伝えは村長の一族のみに伝えられるとか、次世代に伝える前に前任者が事故死したとか、空想や妄想や願望が加わって言い伝えの内容が原型を留めぬまでに変容してしまったとか、様々な理由で、正しい情報が失われてしまったとか……。
それでも、村全体として『森には手を出すな』、『狼、特に白い狼には敵対してはならぬ』とかいう部分は言い伝えが残っているとか……。
というか、その部分は村人全員に教えておかなくちゃ駄目ですから、当たり前か……。
そして、理由が忘れ去られた言い伝えより森から得られる利益の方を優先しようという話になって、それに賛成する者達と、反対する者達に分かれた、と……」
「あ! それが、私達に敵対的だった村人達……」
レーナの指摘に、こくりと頷くマイル。
『ふむ。下等生物としては、なかなか頭が回るな……。
……しかし、約定を守ろうとしている者もいるのであれば、ブレスひと吹きで村ごと焼き払うわけにも行かぬか……。どうしてくれよう……』
((((…………))))
ヤバい、と、顔を引き攣らせたレーナ達。
いくら自分達を騙して虚偽の依頼を受けさせようとしたとはいえ、一部の者達のせいで村ごと全員が、女子供も含めて全滅するのは見たくない。
ザルムもそんなつもりはなさそうではあるが、古竜のことである。更に腹を立てることがあったり、面倒になれば、纏めてひと吹き、とかいうことになっても何の不思議もない。
面子を潰された古竜の怒りは凄まじいと聞いているし、この古竜には怒るだけの理由がある。
いったい、どうすれば良いのか……。
むむむむむ、と考え込むレーナ達であるが、そうそう良い考えは浮かばない。
そして、困った時のマイル頼み、とばかりに、レーナ、メーヴィス、ポーリンの視線がマイルに集まった。
「実は、悪い連中を懲らしめて、二度と約定を破ろうなどと思わなくさせるための案があるのですけど……」
マイル、やはり役に立つヤツであった。
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