576 塩漬けの依頼 9
どしん、どしん!
洞穴の外で待っていた『赤き誓い』と狼達の前に、2頭の古竜が着地した。
一応、人間達が騒がないように配慮したのか、かなりの低空飛行で来たようであった。
古竜が森の上空に来たらファイアーボールを打ち上げるかナノマシンに頼むかしてこの場所を知らせるつもりであったが、なぜか迷うことなく真っ直ぐにここを目指して飛んできたため、何もせずに済んだ。
そして、なぜか狼達はあまり動じた様子がない。
普通、魔物や動物達は、古竜がいきなり目の前に着地すればパニックに陥って死にもの狂いで逃げるのが相場であろうに……。
「……探索魔法の類いでも使っているのでしょうか?」
そう疑問に思うマイルであるが、自分に思い付けたことなので、人間より頭が良く、最低でも魔法権限レベルが2であり長生きしている古竜であれば、それくらいの魔法は思い付いても何の不思議もない。
そして、2頭のうちの身体がやや大きい方……偉い方だと思われる……が、マイルに向かって話し掛けた。
『お前がマイルとやらか。ケラゴン殿の話によると、造物主様の命令に従い活躍したということであるから、お前の頼みを聞いてやらなくもない。
……だが、その代わり……』
「その代わり?」
『我の爪と角に飾り彫りをするのだ……』
「「「「こっちでも、それか〜〜いっ! それが目当てで、自分が来たんか〜〜いっ!」」」」
* *
旧大陸の古竜達と違い、この古竜は、マイルを極端に持ち上げることはしなかった。
それも無理はあるまい。
旧大陸の古竜達は、マイルの実力をその目で見ているし、マイルは自分達が造物主に与えられた使命を果たすための原動力となってくれた。……そして、神の使徒であることを皆の前で証明して見せたのである。
それに対して、この古竜にとってマイルは、他大陸の氏族の使いである若造が熱に浮かされたかのような顔で熱弁を振るって説明した、とても正気とは思えないような与太話を聞かされただけの、どう見てもただの下等生物に過ぎなかった。
なので、古竜である自分が下手に出るどころか、何らかの配慮や敬意を示す必要があるとは考えてもいなかった。
……そう、マイルは他の氏族になぜか気に入られただけの、愛玩動物の生物であり、同種族の中で危害を加えられることなく自由に振る舞えるようにと、氏族の者達が冗談半分で『名誉古竜』の称号を与えてやり、下等生物共に『我ら古竜と共に戦った者だから、敬ってやれ』とでも言ったのであろう、と……。
しかし、使いの若造の、あの角と爪。
……あの、カッコ良さ!
そして若造が言っていた、『雌達にモテ過ぎて、大変』という、困ったような振りをしてはいたが、明らかに自慢である、あの巫山戯たドヤ顔。
どうやらこの古竜は、それを聞き流すことができなかったようである。
そして事実、雌達があの若造の角と爪を見てざわついていたのである。
こんな機会を逃す手はなかった。
……当然のことである。
「分かりました、それくらいなら、お引き受けします。
……あの、そちらの方も?」
マイルが、やや小柄な古竜の方を向いてそう言うと、大きい方はほんの少し考えた後、告げた。
『……うむ、そやつにも彫るがよい』
一瞬、自分にだけ彫らせて雌達の人気を独り占め、という考えが浮かんだようであるが、さすがに、そこまで狭量ではなかったようである。
まぁ、自分が供の者として使っているのだから、贔屓にしてやっているお気に入りの者なのであろう。
こういう心遣いが、部下の忠誠心を上げるのに役立つのであろう。
「分かりました。では、お願いしていた件ですが……」
『うむ。それについては、ザルムが行う』
どうやら、雑務は下っ端に任せるらしい。
いや、それは当然のことであろう。そのために部下を連れてきたのであろうから……。
そして、大きい方の言葉を受けて、ずいっ、と進み出た小さい方……、ザルム。
『ザルムだ。シルバ達との通訳をすればよいのだな?』
「……あ、ハイ、よろしくお願いします……、って、シルバ達? この狼達の種族名なのですか、その『シルバ』というのが……」
頭の上にはてなマークを浮かべたマイル達に、ザルムが説明してくれた。
『そこの白いのが、シルバだ』
「……え?」
「「ええ?」」
「「「「えええええええ〜〜っっ!!」」」」
「ど、どうしてザルムさんが、ここの狼の個体名を知っているのですかっ!」
わけが分からず、動揺するマイルであるが……。
『あ、いや、個体名というわけではなく、この群れの統率者の呼び名というか、役職名というか……、とにかく、代表者のような立場の者をそう呼ぶのだ。
今代はまだ幼生体のようであるな。おそらく、親が早死にしたのであろう……』
「いえ、それでも同じですよっ! どうしてそんなこと知って……、って、今はそんなこと関係ないですよね。それは後回しにして、とりあえず、通訳をお願いします」
『うむ。聞きたいことを言うがよい』
大きい方の古竜は、雑事はザルムに丸投げして、完全に我関せずの態勢である。
そのため、マイルもそちらは無視して、ザルムとの会話に集中している。
「では、こう聞いてください。東の方にある人間の村に行って、家畜を襲いましたか、と……」
『……え?』
それを聞いて、怪訝そうな顔をするザルム。
人間には古竜の表情は分かりづらいが、マイルには、何となく雰囲気で分かるようである。
……人間の感情の機微には疎いくせに……。
しかし、思わぬ内容であったため疑問に思っただけであろうと、マイルは特に気にはしなかった。
『よかろう。暫し待て』
そして、古竜と狼は、それぞれ自分達の言葉で会話した。
実際にはナノマシンを介しての脳波解析と鼓膜の振動による翻訳伝達なので、口から出る言葉など関係ないので、何の問題もない。
『いってない。かみさまとのやくそく。とおくへいかなくてもここにえものたくさんいる、と言っておるが……』
「「「「やっぱり……」」」」
何となく、そんな気がしていたマイル達であった。
「……で、『神様との約束』って何ですかっ! ここに来て、新キャラ登場ですか!
造物主、先史文明人がコールドスリープでもしていて甦ったのですか!!」
そんなことを叫ぶマイルであるが、答えはすぐにもたらされた。
『この者達が言う「かみさま」とは、我々古竜のことだ』
「あ、ソウデスカ……」
「「「知ってた……」」」
ガックリしたマイルと、負け惜しみを言うレーナ達。
そしてマイルは、勿論、聞き逃しはしていなかった。
「……で、その約束というのは?」
そう。
それを聞かなければ、始まらないのであった。
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