573 塩漬けの依頼 6
「……でも、ちょっと人間に慣れ過ぎじゃないですか?
普通、野生動物はそう簡単に人間に懐いたりはしませんよね? それも、互いに相手を獲物として狩り、狩られる関係にある、動物種の狼と、ヒト種のハンターという関係で……」
マイルの疑問に、騎士としての家系であるメーヴィスが答えた。
「魔物は決して人間には懐かないけれど、動物はそうでもないからね。
そして、初めて会った動物がやけに人懐こい場合には、だいたい、ふたつの場合が考えられる。
ひとつは、元々人間に慣れた個体である場合。
以前人間に飼われていたとか、仲良しの人間がいて人間が好きな場合とかだね。
そしてもうひとつは、人間に会うのが初めてであり、敵とも味方とも思っておらず、敵意がない場合。
……尤も、その場合でも、縄張りへの侵入者だとか、餌としての獲物だとかに認識されて、襲われるのが普通だろうけどね」
「「「…………」」」
今までの情報からは、前者である確率は低い。
……村長達の説明が正しいとすればの話であるが……。
ならば後者かといえば、それも考えづらい。
野生の狼が、自分の縄張り内で見つけた軟らかくて美味しそうな動物を、獲物として見ず、友好的に振る舞うものであろうか。
どうも、今ひとつ納得できない顔のレーナ達であるが……。
「あ!」
ポーリンが、何か思い付いたようである。
「もしかすると、マイルちゃんは『人間』だとは認識されていないのでは? その強さや膨大な魔力量を野生の勘で察知して、『手出ししてはならない、友好的に接するべき自分達より強い生物』だと認識しているから、下手に出ているとか……。
そして私達3人はマイルちゃんの配下、もしくはマイルちゃんが捕獲済みの獲物なので、手出しされない、と……」
「「それだっっ!!」」
「何ですか、それはっっ!!」
なる程、と納得するレーナとメーヴィス。そして激おこのマイル。
鎖で繋がれた6頭の狼達は、わふわふと大喜びではしゃぎまくっている。
自分達が捕らえられているという認識、ゼロであった……。
* *
「どうやら、到着したようですね……」
マイルが言う通り、まだ森の中心部には程遠いものの、狼達の縄張り部分の中心地近くに到達したらしい。6頭の狼達の様子と、マイルの探索魔法に反応している他の狼達の位置から、それは容易に察せられた。
「洞穴ですか……。そんなに奥行きはないみたいですね。遺跡とかではなく、ただの自然にできた浅い洞穴を住処にしているだけみたいですね。
……でも、狼って洞穴なんかに住んでたっけ……」
「いや、洞穴はそんなにどこにでもあるわけじゃないから、全ての狼の群れがみんな洞穴に住んだりはできないだけじゃあ……」
マイルの疑問に、メーヴィスがそう答えるが……。
「でも、岩場だと寝るのに身体が痛かったり、冬場は地面に体温が奪われて辛いのではないのですか? 草地で丸まって寝た方がいいんじゃあ……」
「雨の時はどうすんのよ!」
「吹きっさらしだと、風に体力と体温を奪われるし、敵対している他の獣や魔物とかに対する防衛を考えると……」
「いえ、人間とは違い、毛皮があるから……」
「あああああ、そんなの、後にしてくださいよおっ!
……いえ、私もそういう考察ごっこは嫌いじゃないし、ハンターとしてはそういう好奇心や探究心を持つことは良いことなんでしょうけど、今は仕事相手との会談を優先してくださいよおっ!」
「「「ごめん……」」」
怒鳴るマイルに、素直に謝罪するレーナ達。
マイルは滅多に怒らないが、その分、怒らせると怖い。
長い付き合いなのである。それくらいのことは分かっている、レーナ達であった。
「……でも、言い出しっぺはマイルちゃ……ぎゃっ!」
そして不用意な発言をしかけたポーリンが、レーナに思い切り足を踏まれて悲鳴を上げた。
……ポーリン、学習効果が足りていないようであった……。
* *
「では、そろそろラスボスとご対面、ということで……」
ぐいぐいとハーネスに付けられた鎖を引っ張る6頭の狼に引っ張られ、洞穴へと向かうマイルと、その後に続くレーナ達。
マイルが本気になって地面に足をめり込ませれば停止させることができるが、普通の状態であれば、いくら力が強くても、体重が軽いマイルは簡単に引っ張られる。
尤も、今のマイルは別に停止しようと考えているわけではないが……。
そして、どこからともなく現れてマイル達のあとに続く数頭の狼達。
勿論、前方、洞穴の中にも多数の狼達が待ち構えている。
しかし、マイル達はそれらを気にした様子はない。
もし何かあっても、『赤き誓い』が本気を出せば狼の20頭や30頭、どうにでもなる。
あの、アルバーン帝国絶対防衛戦を思えば、ヌルい仕事である。
……尤も、狼達には敵意はないようであるが……。
やはり、洞穴は大した奥行きはなく、せいぜい20~30メートルくらいであった。穴の直径もそれほど大きくはなく、マイル達が腰を屈めずに歩くためには、2列になって歩くしかなかった。
それ以上横に広がると、低くなる天井に頭をぶつける危険がある。……特に、この中では一番身長が高い、メーヴィスが……。
「……あれ?」
そして、マイルが首を傾げた。
洞穴の一番奥に、一頭の狼が座っている。
他の狼達の配置から、明らかにその個体が群れのリーダー、ボスである。
オマケに、色が白。
これでボスでなければ、詐欺である。
……しかし、その白い狼は、小さかった。
小柄、とかいう問題ではなく、明らかに子供である。
そして、思いがけぬ客に驚き、狼狽えていた。
マイル達を引っ張って連れてきた6頭の狼達に向けられたその顔は、明らかに『何だよ、コイツら!』、『何、勝手に変なのを連れてきてんだよ!』という、非難の表情である。
だが、それを意にも介さず、ぐいぐいとマイルを引っ張って白い狼の前へと連れて行く、6頭の狼達。
レーナ達は足を止めており、白い狼に近付いているのは、狼達とマイルだけである。
そして、白い狼の前で停止した6頭のうち、マイルが最初に捕らえた……、いや、この人間達を最初に確保した狼がマイルに歩み寄ると、二足立ちして、前脚をマイルの肩に掛けて、その右脚でマイルの肩をポンポンと叩いた。
「あ~、ハイハイ……」
そして今までと同じく、その要求の仕草に応じ、アイテムボックスからブルーレアの焼き加減であるオーガ肉……時間停止のアイテムボックスに入れてあったため、まだ焼きたてで温かく、いい匂いがしている……を白い狼の前へ置いた。
『…………』
あからさまに、不審そうな様子の白い狼。
それはそうであろう。アイテムボックスなど知らない野生動物にとって、今、目にしたことは、あまりにも不可解であり怪しすぎたであろう……。
しかし、自分の目の前に置かれた、あまりにも旨そうであり、良い匂いがする肉。
状況から考えて、自分に対する貢ぎ物であることは間違いない。
それを食べないということは、部下が連れてきた者達からの貢ぎ物を拒否したということであり、部下の面子を潰し、そしてこの者達との友好関係を否定することになる。
群れのボスとして、それはマズかった。
……そして何より、自分の目の前に置かれた肉は、あまりにも旨そうな匂いがしていた。
がぶり!
立ち上がった白い狼は、貢がれた肉を食べた。
そして……。
がつがつがつがつがつ!
一瞬で肉を喰い尽くした白い狼は、マイルに歩み寄り……。
二足立ちになって、マイルの肩をポンポンと叩いた。
「はいはい、お代わりですね……」
追加の肉を出してやるマイル。
それをがつがつと食べる白い狼。
そして……。
どどどどどどどどど!
一斉にマイルに飛び掛かり、その肩を肉球でてしてしと叩き続ける、群れの狼達。
「や、やめ! いえ、もふもふに集られて嬉しいような気はしますが、ちょっと、今はやめてええぇ~~!!」
そして、声はすれども、狼達に埋もれて姿が見えなくなっているマイルに、肩を竦めるレーナ達であった……。
夏期休暇、終了です!
引き続き、よろしくお願いいたします!(^^)/




