570 塩漬けの依頼 3
「……どういうことよ?」
村から出て、『入らずの森』へと向かっている、『赤き誓い』。
「おそらく、私達の存在を快く思っていない村人達がいるのだろうね。……それも、ほんの数人とかではなく、ある程度の人数が。
そして、それには子供達も含まれている……」
歩きながら、渋い顔で話すレーナとメーヴィス。
「ただの村の派閥争い、とかいうわけじゃなさそうですよね。
もし単純な派閥争いならば、子供まで巻き込んだり、私達に対しての憎しみや攻撃までは行かないでしょう。私達はただ、魔物の駆除のために雇われただけの、作業員に過ぎないのですから」
「普通、小さな村がハンターやギルドを敵に回して、得をすることはあり得ませんからねぇ……」
ポーリンとマイルが言う通りである。
いくら村の中での争いがあろうと、それに外部の者……特に、商人とかハンターギルドとか……を巻き込むことはない。それは、村全体の大きな不利益に繋がるからである。
「ま、そんなの、私達の知ったことじゃないわよ。
私達はただ、大事な村の家畜が襲われて困っているという依頼を受けて、相手が魔物だろうが野獣だろうが構わず狩るだけよ。村の派閥争いなんか、関係ないわよ」
レーナの言葉に、うんうんと頷く3人。
そう。ハンターは、受けた依頼を遂行するのみ。
その依頼が妥当なものであり、ハンターを騙したり陥れたりするものでない限り……。
真摯な願いには、誠意と成功をもって応える。
そして悪意には、その報いをもって応える。
それが、ハンターというものであった。
* *
「……というわけで、『入らずの森』に来たわけだけど……」
はぐれではなく、狼系の群れによる被害らしいのである。その住処である森は、村からそう遠いわけではない。徒歩で1時間半くらいの距離であった。
しかし、村で泊まるのが嫌だったので中途半端な時間に出発したため、今から森に入るとすぐに暗くなる。なので……。
「今日はここで夜営して、森に入るのは明日にしましょ」
レーナの判断に賛成し、頷くマイル達。
そして勿論、夜は食事と入浴、そして『にほんフカシ話』である。
日没から日の出まで、10時間近くある。さすがに、その間ずっと寝ているには、長過ぎた。
森の外縁部ではあるが、音と臭いは魔法でシールドしてあるから問題ない。
これが普通のハンターだと、料理の臭いもであるが、『軟らかくて美味しそうな、人間の若い女性の臭い』とか、魔物ホイホイ、野獣ホイホイもいいところである。
* *
そして、翌日。
辺りが明るくなるとすぐに、『入らずの森』へと入っていった『赤き誓い』。
但し、辺りが明るく、とは言っても、それは森に入る前の話である。
管理されておらず、枝打ちも間伐もされていない原生林なので、日中であっても森の中は薄暗い。
そして、人が立ち入らない森なので……。
どしゅ!
ずばっ!
ばしゅっ!
「「「「獲物、美味しいです……」」」」
そう、魔物も普通の動物も、数が多かった。
小動物から大きなの、そして魔物と、『ヒト種という、自分が食べる量以上の獲物を狩る、生態系バランスをぶち壊すイレギュラー』がいないため、おそらくそれなりの個体数のバランスが取れているのであろう。
「オークだけじゃなくて、鹿や猪、牛とかが狩れるのは美味しいですね。食べる方も、売る方も……」
そう、マイルが言う通り、いくら狩ってもすぐに増える魔物とは違い、鹿や猪、牛とかの普通の動物は、美味しいし高く売れる。そしてヒト種に対して積極的に襲ってくることは滅多にない。
そのため、人里に近いところでは狩り尽くされて数が少なく、遠方で狩った場合は輸送が大変なこととその間に肉が傷むことから、肉に人気があるのにあまり入荷しないのである。
それが、ここではたくさん狩れ、マイルのアイテムボックスのおかげで輸送や日保ちの心配もない。そして、他のハンターや猟師もおらず、まさに、『赤き誓い』のためにあるような狩り場であった。
「本当に、私達のためにあるような……、って……」
何かに気付いたのか、マイルが言葉を途切らせた。
「……どうしたのよ?」
そして、マイルの様子がおかしくなった場合には、すぐに気付くレーナ。
「あ、その、……ここ、確か『入らずの森』でしたよね?」
「そういう名前だったわね……」
「それって、人間が入っちゃ駄目、っていう意味なんじゃないですか? 何か、そう名付けられた理由があるのでは? 言い伝えや宗教的な禁忌とか、危険があるとかで……。
私達、入っちゃって良かったんでしょうか?」
「「「あ……」」」
今更である。
「い、いや、だってこの森に住む狼の討伐依頼なんだから……」
メーヴィスが、少し焦ったようにそう言うが……。
「でも、それなら村で待機して、狼が家畜を襲いに来るのを待ち伏せても良かったのでは?
それなら、確実に『村の家畜を襲う奴ら』を返り討ちにできますよね?
なのに、村長さん達は私達に、森へ行って討伐するように仕向けました。他の、村には来ない群れもいるかもしれず、そして村に来る群れとは出会わないかもしれない、広大な森へ……。
そりゃ、探索魔法がありますから、何とかなるとは思いますよ? だから、村長さんが言うことに特に反対はしなかったんです。皆さんもそうなのでしょう?
……でも、私の探索魔法のことなんか知らない村長さんが、どうして確実に村に来る群れを捕捉できる迎撃戦を選ばせなかったのでしょうか……」
「「「あ……」」」
討伐のために入っていいなら、『入らずの森』ではない。それは、『入っていい森』である。
「じゃあ、私達に敵対的な態度だった村人達は、私達がこの森に入るのを嫌がったと?」
「村の禁忌的なものか、それとも稼げる獲物や採取物の宝庫を荒らされたくないとか……」
レーナとマイルの会話に、うむむ、と考え込む、メーヴィスとポーリン。
村まで、手ぶらで歩いて、1時間半。獲物を運ぶとなるともっと時間が掛かるであろうが、街で暮らすひ弱な連中ではないのである。金目のものを運ぶなら、それくらいは平気であろう。
森での狩りや採取が許されているなら、であるが……。
「私達が若い女性だから、ということはありませんか? 成人男性が生業として常時立ち入るのは駄目だけど、女子供がたまに立ち入って森の恵みを分けていただくのは許されている、とか……。
子供や女性には寛容な神様や精霊の話は、珍しくありませんし……。
この仕事を受けたのが、たまたま私達だったから、森へ行かせることを選択したとか?
もし私達が失敗して他のハンターが受け直すとすれば、もう女性パーティが来る確率はとても低いですからね。以後は迎撃戦術しか取れないから、今回は森へ行かせることにしたとか……。
今回失敗しても、依頼失敗ということになれば、村にとっては金銭的な損失はありませんから」
ポーリンの意見に、再びうむむ、と考え込むみんな。
確かに、依頼失敗になりハンターをチェンジすることになれば、時間的な損失を除き、村にとっては大きなマイナスはないであろう。
(禁忌の森に、子供達だけは入ってもいい……。
……『禁忌キッズ』!!)
そしてマイルは、何やらよく分からないことを考えていた……。




