569 塩漬けの依頼 2
そして、再び歩き出したレーナ。
レーナを待って立ち止まっていた他のメンバー達も、一緒に歩き出した。
「ま、待ってくれ、話を聞いてくれ!」
気を取り直した村長が同じ言葉を繰り返すが、依頼を受けたハンターを侮ったり舐めて掛かったり、そして無茶な依頼を強要するような依頼者は、信用できない。
依頼料は既にギルドに預託されているが、それも、依頼完了報告にサインしてもらえなかった場合は、面倒なことになる。
それでも、事実関係がはっきりしたならば、おそらく最終的には全額支払われることになるであろう。
しかし、面倒なことは勘弁してもらいたい。
……ならば、依頼を受けるのを中止すればいいだけのことである。
お金の授受が伴わないならば、依頼主有責による受注のキャンセルというだけのことであり、ギルドとの面倒な遣り取りがかなり楽になる。
まあ、迷惑賃として、村までの往復に掛かった時間分の日当と違約金は預託金の中から毟らねばならないが……。
今回のようなケースだと、過去の例から考えると、預託金のほぼ全額が支払われるものと思われる。
これは、別に『赤き誓い』ががめついからではなく、同様のことを繰り返さないよう、そして周辺の村々への見せしめの意味も込めて、できる限り多くのお金を毟るのが、ハンターとしての務めである。
そして依頼の報酬金を前もってギルドに預けておく『預託金』というものは、こういう時のための制度なのである。
今回の事を報告されれば、もうこの村からの依頼を受けてくれるハンターなどひとりもいなくなるであろうし、ギルドも、何とか受注してくれないかとハンターを説得し取り持ってくれることは二度とないであろう。
ハンターを、そしてハンターギルドを甘く見て、舐めてかかった田舎村の、『あるある』であった。
「知らないわよ。話ならもう聞いたし、その話が、私達には納得できない許容範囲外の内容だったから、交渉決裂、依頼主有責での契約破棄、ってことよ。どこにこれ以上話をする必要があるのよ。
私達が若い女だからといって舐めて掛かり、騙そうとしたり喧嘩を売ろうとしたりしておいて、話が思惑通りに行かなかったから、『今のナシ!』、って言って、最初から話をやり直すって?
そんな奴ら、誰が信用すると思ってるのよ。
しかも、この期に及んで、まだ『仕方ない』とか『条件を少し引き下げよう』?
……馬鹿じゃないの?
これが、受注したのが強面のおっさんパーティだったなら、初めからまともな話をしたんでしょ?」
村長の懇願をバッサリと切り捨てるレーナには、取り付く島もなかった。
いや、それでも、再び立ち止まってそう返事をしてやるだけ、レーナは甘いのかもしれない。
普通であれば、返事もせずにそのまま立ち去るか、罵声や捨て台詞を残す程度であろう。
信用できない悪党と話し合いや交渉をするのは、馬鹿だけである。
しかし……。
「お願いですじゃ、お願いですじゃ~!!」
村長を始め、立ち会っていた村の役職者達全員に土下座……日本式のものとは少し異なるが、誤解の余地なく、同じ意味のものと分かる……をされて、居たたまれない様子の『赤き誓い』。
……いや、居たたまれないのならば、そのまま立ち去れば良いのでは。
そうは思っても立ち去れないのが、『赤き誓い』なのであった……。
* *
「……じゃあ、その森を縄張りとしている狼を可能なだけ狩る、ってことでいいのね?
そして最低条件として、狩るのは30頭以上。その中に、群れのボスである白くて大きいヤツが含まれていること、って依頼で……。
そして、もし個体数が少なかったり逃げ出したりして討伐数が30頭に届かなくても、ボスを倒して群れを壊滅状態にさせたなら依頼達成、ってことでいいのね?」
レーナの最終確認の言葉に、こくりと頷く村長。
もし群れの総数が29頭以下であったり、群れが崩壊して散り散りに逃げ出したりして『依頼失敗、依頼料なし』とか言われては堪らないので、ちゃんと条件の穴は塞いでおくレーナ。
……そう、結局、何やかや言いながら、村長達の話を聞くことになってしまった『赤き誓い』は、なぜか依頼を引き受けることになってしまったのであった。
わざわざ『もしかすると、ヤバい案件かも』という塩漬けの依頼を受けたのである。元々、困っている村人にあまり冷たい態度をとれるようなレーナ達ではないので、自分達でも少々甘過ぎるとは思ったものの、仕方なかったのである。
「じゃあ、その旨、書付をください」
そして村長に、横からそう注文を付けるポーリン。
さすがに、自分達を一度騙そうとしてきた相手を簡単に信用したりはしないポーリン、慎重である。
これを断ったりすれば、『赤き誓い』がこの村の者を信用することは絶対にない。
それが分かっているため、素直に了承する村長であった。
* *
「まぁ、ちゃんと頭を下げて適正な条件で依頼してくれるなら、文句はないよね。
……できれば、最初からそうしてくれると助かるんだけどね……」
村長達から『入らずの森』についての詳細説明を聞き、早速出発した『赤き誓い』。
中途半端な時間ではあるが、あまり信用できない村長の家に泊めてもらうよりは、暗くなるまで歩いて適当な場所で夜営した方がずっとマシである。
そのため、村の小道を歩きながらメーヴィスがそんなことを話していると……。
ガツッ!
「……え?」
突然の衝撃に驚き、ぽかんとするメーヴィス。
身体に小石がぶつけられたのである。
普通であれば、攻撃されれば即座に防御体勢を取り、攻撃者の位置と人数、そして敵の戦闘力の把握に努め、直ちに反撃に移る。……攻撃を受けた者だけでなく、メンバー全員が。
少なくとも、無防備で棒立ちのまま、などということはあり得ない。
……それも、メンバー全員が、などということは……。
しかし、今回は仕方ないであろう。
何しろ、その小石で攻撃してきた者が、まだ7~8歳の子供であったので。
「ど、どうして……」
メーヴィスがそう呟くのも、無理はない。
確かに、Cランクの中堅以下のハンターは底辺職であり、馬鹿や粗暴な者も混じっている。
そのため、絡まれやすい若い女性とかには毛嫌いされることもあるが、子供達、特に孤児や田舎の子供達にとってハンターは一攫千金の夢がある職業であり、そして自分達にも比較的簡単になれる職業であるため、そう毛嫌いされるわけではない。
逆に、村が出した魔物の討伐依頼を颯爽とこなすハンターの姿を見た子供達からは、強い者にしかなれない憧れの職業として、英雄視される場合すらある。
おまけに、『赤き誓い』は見目の良い女性ばかりのパーティである上、困っている村のためにわざわざ港町から来てくれた、感謝すべき対象のはずである。
なのに、なぜ子供に石を投げつけられるのか。
……それも、冗談半分で笑いながら、とかではなく、憎しみの籠もった目をした、本気の投擲で……。
当たったのがメーヴィスの防具部分であったために大したことはなかったが、これがもし防具で護られていない頭部や手足に、もしくは碌に防具を着けていないレーナやポーリンに当たっていれば……。
そして更に疑問なのが、石を投げた子供の母親と思われる女性が慌てて子供を抱え込み、家の中へと連れて行ったことである。まるで、無法者から我が子を護るかのように……。
普通であれば、子供を叱り、相手に謝罪させるものであろう。
なのに、まるで子供がした行為自体は問題がなく、ただ相手からの仕返しを恐れ、それから逃げることのみを考えたかのような行動。
そして『赤き誓い』の皆が周りを見渡すと……。
先程の子供やその母親と同じように、憎しみや怯えが見て取れる、『赤き誓い』を睨むような眼。
頼んだぞ、というような、『赤き誓い』の依頼遂行に期待しているような眼。
……明らかに、人々の様子が二分されていた。
「「「「…………」」」」
まだ、村長達には隠し事がありそうな気がする、マイル達であった……。
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