566 ランク 2
「おい、アイツら、何とかしろ!」
「いや、何とか、と言われても……」
買い取り担当のおっさんに怒鳴り込まれ、困惑した様子のギルドマスター。
「いくら何でも、角ウサギ、オーク、オーガ、そして薬草の納入量が多過ぎる!
増えている魔物の間引きとしてはありがたいが、肉や毛皮、その他の素材類の価格が暴落してやがるんだよ!
値が下がっても取り扱い量が増えているから、ギルドの利益としては問題ねぇが、給金が変わらねぇのに仕事量が激増した解体場の連中にとっちゃあ、堪ったもんじゃねぇよ!
……でもまぁ、それでも、解体場の連中はまだ、収入が減るわけじゃねぇからいい。
しかし、魔物の素材や採取物が値崩れしたため、中堅以下のハンターの稼ぎが激減してんだよ!
ただでさえハンターを辞めちまう者が多いっていうのに、どうすんだよ、え? どうすんだよ!」
「うっ……」
薄々、気付いてはいた。
しかし、遠くの国からわざわざ来てくれた、大容量の収納持ちを含む実力派の美少女パーティに、『獲り過ぎだから、今週はもう仕事をするな』とは言えない。向こうも生活がかかっているのだし、ギルドにはハンターに対してそのような命令をする権限はない。
「問題は、それだけじゃねぇ。この異常な狩り方が続けば、いくら繁殖力が大きい魔物とはいえ、角ウサギ以外は繁殖数より狩られる数の方が上回って、このあたりの個体数が減少するぞ。
そうなれば……」
「そうなれば?」
「獲物の数が一定量を割り込んで稼ぎが少なくなれば、あの連中は他の地域へと移動する。
そしてあとに残されるのは、それ以前に稼ぎが激減したため多くのハンターが廃業し、僅かな人数しか残っていないハンターギルド支部だ。そして……」
「まだあるのかよ!」
もう、充分に『悪い話』は聞いた。
なのに、まだ話を続ける買い取り担当のおっさんに、げんなりした顔のギルドマスター。
「連中がいなくなれば、魔物の数が増え始める。
僅かな人数のハンターしか残っていない、この町の周囲で、な……」
「……」
「…………」
「「………………」」
「どうすんだよ!」
怒鳴る、ギルドマスター。
「いや、それは俺の台詞だよ!!」
そして、そう怒鳴り返す、買い取り担当のおっさん。
「「…………」」
「ランクを上げろ……」
「え?」
買い取り担当のおっさんの言葉に、きょとんとした顔のギルドマスター。
「ランクを上げるんだよ、あの連中の!
アイツらが毎日大量の獲物や採取物を持ち込むのは、アイツらがハンターとしての最低ランクである、Fランクだからだ。
Fランクだと、通常依頼は薬草採取か角ウサギ狩りくらいしか受けられねぇ。
腕に覚えがある連中が、そんな仕事を受けるわけがねぇだろうが!
だから、通常依頼は受けずに、肉や素材で稼げる常時依頼しかやらねぇんだよ、あの連中!
ランクを上げて、護衛依頼やら大物狩りやら、難易度がメチャ高い不可能な任務とかが受けられるようにしてやりゃあ、若い奴らのことだ、そっちに飛び付くだろう」
「あ、なる程!」
「なる程、じゃねーわ、この馬鹿! そういうのは、お前が考えて、とっくに会議で検討しておかなきゃなんねぇことだろうが! ええ?」
「…………すまん……。責任は取るつもりだ」
「で、ギルマスとしてはかなりリスクが高いが、ギルマス権限特例措置のA-3、『多数の人命に拘わる場合における、ギルマス権限の行使』を使うつもりか? あれなら、2ランク特進で、Fランクの奴らをDランクに上げられるだろ?」
買い取り担当のおっさんの言葉に、ギルマスは首を横に振った。
「いや、特例措置A-2を使って、一気にCランクに、3ランクの特進をさせるつもりだ。
Dランクだと、アイツらだけで受注できる依頼が限られる。護衛とかはアイツらのことをよく知らない商隊は雇わないから、他の町から来た商隊はまずダメだろう。だから、一気にCランクに上げる」
「なっ……。特例措置A-2は、『町の存続に関わる危機の場合に発動が許されている権限』だろうが!
お前、そんなことをして、もし王都のギルマス会議で不適切行為と判定されたら、お前の立場が……」
その言葉に、ギルマスはほんの少し、笑みを浮かべた。
「俺は馬鹿だが、ギルマスとしての責任と義務くらいは弁えているつもりだ……」
「お、お前……」
後に、王都でのギルマス会議においてこの判断が絶賛され、ギルマスランクが上がることになろうとは、この時のふたりには知る由もなかった。
これは、おかしなことではない。
もし、町を守るために自分が全てを失う覚悟で行動した者が、処罰されたなら。
以後、自らが危険を冒してでも町のために行動しようとするギルマスが激減する。
これは、多少のことには目をつむってでも、称賛するしかないのであった。
それも、論理的に正しい行為であり、だれも損をしていないのであれば、特に……。
* *
「えっ! 私達が、昇格?」
「やった! 頑張ってたくさんの魔物狩りと素材採取に努めた甲斐があったよ!」
「計画通りです!」
そして皆の声に、うんうんと頷くマイル。
「これで、ようやくEランクですね。もっと頑張ってDランクになれば、制限付きとはいえ討伐依頼が受けられますし、他のパーティと合同であれば、護衛依頼も受けられなくはありませんよ!
あとは、それに併行して、どんどん素材の納入を頑張れば……」
嬉しそうにそう言うマイルであるが……。
(これ以上、狩りや素材採取で頑張られて堪るか!!)
自室に『赤き誓い』を呼び付けて昇格を伝えたギルマスは、心の中で毒づいた。
そして……。
「いや、昇格するのはEランクではない、Cランクだ」
「「「「えええええ!!」」」」
ギルマスの言葉に驚愕する4人であるが……。
(それって、メラゾーマではない、メラだ、みたいなやつ?)
相変わらず、マイルは何だかワケの分からないことを考えていた。
「ど、どどど、どういうことよ!」
「さ、さささ、さすがにそれは無理があるのでは……」
「な、ななな、何か裏が……」
「わ、わわわ、罠ですよっ! そうに違いありません!!」
Cランクハンターとして活動し、その後Sランクになった『赤き誓い』であるが、いくら経験があるCランクとはいえ、さすがに3ランク特進というのには驚き、動揺した。
スキップ制度は、まだいい。あれは、引退した元ハンターが復帰するとか、兵士や傭兵、失脚した元宮廷魔術師とかの、『元々すごく強い者達』を主対象とした制度であり、そこに『とんでもなく才能がある新人』が便乗させてもらうというものである。
だから、いきなりD~Cランクで登録されても、おかしなことではない。
……なのに、スキップ制度がないここで、未成年者を含む10代の女性パーティーが、いくら対人戦闘能力を少々示したからといって、いきなり3ランク特進はない。
いくら早期昇格を狙っていたとはいえ、さすがに、みんなが疑うのも無理はなかった。
「……いったい、何を企んでいるのよ!」
「まさか、無理矢理Cランクに上げておいて、ギルドの緊急強制召集の対象にして、地元のハンターにはやらせたくない危険な指名依頼を……」
「「「それだ!!」」」
「違うわっっっ!! お前らが狩りすぎるから、魔物や採取物の買い取り価格が暴落して、他のハンターの生活が苦しくなっとるんだ! だから、お前達に狩りや素材採取以外の仕事をさせるために、俺がクビを覚悟で強権を発動して、特例措置を適用したんだよ、この、クソガキ共がああああぁっっ!!」
「……」
「「…………」」
「「「………………」」」
「「「「ごめんなさい……」」」」