559 追 跡 3
「では、よろしくお願いしますね、ケラゴンさん」
『任されよ! 同じ御使いマイル様のしもべ同士、いつでも御助力いたしますぞ、001殿!』
自分が新大陸へ送り届けたマイルに、ここ、旧大陸で呼び出される。
その矛盾を解消するため、ケラゴンにもある程度の説明を行った、マイル001。
それに対しケラゴンは、大長老ですら知らないことを自分だけが教えられたという光栄な思いと、救世主マイル様のお役に立てること、そしてそのマイル様と同じ姿をした、神により造られしモノに頼られ、対等の立場として交流を求められたことに、舞い上がっていた。
そのため、機嫌の良いケラゴンは、自分を頼るよう001に進言してくれたという『ワンダースリー』に対しても非常に感謝しており、以後、危機に陥ったり遠方へと移動する必要が生じた場合には自分を呼ぶようにという、破格の『友達扱い』を申し出ていた。
これは、ケラゴンだから、という、特別なケースである。
同じように人間が古竜の役に立った場合でも、他の古竜であれば、『うむ』と言って終わるか、余程の場合は、ウロコを1枚貰えれば良い方である。
下等生物が古竜に奉仕するのは当然のことであり、いちいち礼を言ったり褒美を与えたりするようなことではない。
奴隷が主人のために懸命に働くのは当然のことであり、いちいち褒美をやるようなことではないのと同じである。
それを、まさかの『友達扱い』である。
これだけで、ケラゴンが『人間』というものをかなり高く評価しているということが分かる。
明らかにこれはマイルの存在が影響しているであろうが、元々、ケラゴンという個体の特性でもあったのだろう。
そして、マイルの親友であり、自分に今回の僥倖をもたらしてくれた、小さくて可愛い生物。
これは、人間にとって、『子猫か手乗り文鳥が、ダイヤの指輪を咥えて持ってきた』というのに等しい。
……それは、『飼ってやろう』とか『世話をしてやろう』と思ってもおかしくはないであろう。
「では、よろしくお願い致しますわ、ケラゴン様」
『うむ。飛行中は障壁で保護するので、風も当たらぬし、背から落ちることもない。安心せよ。
……マイル様は「温風魔法」とやらで暖かくされていたな。上空は寒い故、ひ弱な人間には辛いようである。それと、「空気が薄い」とか言っておったな……』
「はい、そのあたりのことは、001から聞いていますので、大丈夫ですわ。では、お願いします」
『よし、では、我が背に乗るがよい』
ケラゴンは、自分の同志として、マイル001のことを『001殿』と呼んでいるが、マルセラ達は、マイルより下位のものは自分達より下位、という考えから、『001』と呼び捨てである。
そして、ケラゴンは大空へと舞い上がった。
* *
『間もなく、新大陸の海岸線が見えてくるであろう。その後は、予定通りで良いのだな?』
「はい、アデル……、マイル達が上陸したあたりを避けて迂回、そこから王都への直線コースも避けて、とにかく地上から視認されないようにして王都へ。
殿下、そろそろお着替えを」
ケラゴンに答えた後、預かっていたモレーナ王女の正装用ドレスやアクセサリーをアイテムボックスから取りだしたマルセラ。
「分かりましたわ。いよいよ、私の一世一代の大勝負ですわね。
……任せてください! 下手は打ちませんわよ!!」
自信たっぷりにそう宣言し、着替え始めたモレーナ王女。
そう、今回の主役は、モレーナ王女なのであった……。
* *
「陛下、緊急事態です! 古竜らしき飛行生物、王都上空を旋回中!
その旋回の中心部は、……ここ、王宮であります!!」
「何だと!! 直ちに兵士を……、いや、待て、何もするな! 抵抗してどうなるものでもない。
下手に怒らせたら王都……、いや、我が国が壊滅する。
ここは、何とか穏便に済むことを祈るしかあるまい。もし何かで古竜を怒らせるようなことがあったなら、最悪の場合でも、何とか当事者達と王族の皆殺しくらいで怒りを収めていただこう」
「へ、陛下……」
古竜を怒らせたなら、とりあえず自分達の命を捧げて怒りを鎮めていただき、国を滅ぼし国民を皆殺しにすることだけはお許しいただく。
……それ以外に、取り得る手段はなかった。
「よし、バルコニーに出るぞ。そこで旗を振り、古竜に交渉相手の位置を知らせる。
……そんな顔をするな。儂も、別に死にたいわけではない。何とか生き延びられるよう頑張るわい。
妻と子供達を集めておいてくれ。逃がすにしろ全員の命を捧げさせるにしろ、どちらにしても集めておく必要があるからな」
「……は、はっ……」
悲痛な表情の兵士に較べ、落ち着いた様子の国王。
……別に、胆力があるというわけではない。
古竜相手には、何をしても無駄。
できることは、ただひとつ。
怒りを鎮めるために捧げる命を、いかに少なく済ませられるかの、交渉のみ。
自分の命など、最初から諦めている。
そう。ただ、確定した自分の『死』に、心が凪の日の海面のように穏やかになっているだけであった……。
* *
国王がベランダに立ち、兵士に大きな国旗を振らせていると、それに気付いたらしき古竜がゆっくりと降下してきた。
そして、ベランダの前の広場へと着地。
ずしん、ずしんとベランダへ歩み寄り、その首がずいっと寄せられた。
『お前が、この国の国王か?』
「は、ははっ! 我が国の国民の不始末は、全て私の不始末。何卒、この私めの命をもって、お怒りをお鎮めいただきたく……」
必死の思いでそう叫ぶ国王であったが……。
『いや、今回は別にそういうことではない。ただ、友の頼みで馬車馬の代わりをしてやっただけだ。
友の用件が終わるまで、……そうだな、我はそこの広場で休ませてもらおう。
案ずるな。我は別に、下等生物が何かしても、少々のことでは不快には思わぬ。
そうであるな、我が友が仲良くしたいと思っている国だ、その間に何か我に聞きたいことがあるなら、話し相手になってやろう。旨そうな食べ物を持って来れば、話が弾むかもしれんぞ?
……それと、人間の幼生体……子供を集めて、我のウロコを掃除させるなら、褒美を与えよう。
磨く必要はないぞ。ウロコの間に挟まったゴミを取り除いてくれれば良い』
「………………は?」
顎が外れんばかりの、国王。
旗を振っていた兵士と、国王と共に命を捧げようと同行していた大臣達も、凍り付いていた。
当然のことながら、古竜の巨体から発せられたその大声は、王都に広く響き渡った。
そしてようやく、人々は古竜の背に乗った4人の少女達の存在に気が付いた。
「「「「「「何じゃ、そりゃあああああ~~!!」」」」」」




