557 追 跡 1
「何、マイレーリン伯爵、レッドライトニング伯爵、ベケット伯爵の3人が出奔しただと! マ、マイル・フォン・アスカム伯爵は! アスカム伯爵はどうした!!」
部下からの報告に、血相を変えてそう問い詰めた宰相であるが……。
「は、アスカム伯爵はいつも通り、1日2回、仮設神殿のバルコニーから皆にお話をされ、その他の時間は貴族としての基礎教育……ということにしている王妃教育を受け、自由時間は御自分で作られたお菓子を食べながらゴロゴロとされています。
……何とかしないと、太られるのではないかと心配で……」
「うむ……。お菓子の量に制限を掛けるか……。
いや、そのようなことはどうでもよい! 出奔の兆候はないのだな?」
「はっ!」
「う~む……。他の3人は、救世の大英雄とはいえ、所詮は御使い様に付き従っただけの、Aランク相当の力しかない普通の人間だ。女神の御使いであらせられるアスカム伯爵さえいてくれれば、問題はないといえばないのだが……。
しかし、あの3人はアスカム伯爵をこの国に留めるための重しとして必要な者達だ。もしあの3人が他国へ移動したとなれば、アスカム伯爵が後を追う可能性がある。
すぐに3人の居場所を捜せ!
それと、念の為、少し別の重しを付けておくか……。
おい、アウグスト学院に遣いを出してくれ。手紙はすぐに書く!」
* *
「はぁ、やっと到着しましたわね。
まぁ、陛下からの『アスカム侯爵が帰国するよう、説得してくれ』という御下命は面倒ですけど、陛下から命じられた任務として堂々とアデルさんに会いに来られたことはありがたいですわね」
マルセラの言葉に、こくりと頷くモニカとオリアーナ。
3人の眼前には、マイルが住んでいる仮設神殿が建っている。
ちゃんとした石造りの神殿を建設するには時間がかかるため、神殿の建設現場の隣に立てられた、木造の仮設建築物である。
しかし、仮設とはいえ隣接する3国とその他の国々、そして神殿勢力が建てたものであり、それらの者達の面子というものがある。そのため、急拵えの臨時の木造建築物としてはかなり大きく、立派なものであった。
「では、行きますわよ!」
「「おおっ!」」
* *
『ワンダースリー』がアスカム侯爵の親友であることは広く知られており、彼女達を止める者はいなかった。
……というか、当然のことながら『ワンダースリー』の母国であるブランデル王国は仮設神殿が建つ『聖域』に接しているため、他国を経由することなく直接『聖域』に入ったし、仮設神殿を護る警備兵も神官や巫女達も、その3分の1は自国、ブランデル王国の者達である。彼らが担当している出入り口から案内付きで入ったので、制止されるわけがなかった。
そして、親友と会うのに、謁見の間などを使うわけがない。
そのままプライベートな応接室へと通され、紅茶とお菓子を置いた巫女が下がり、懐かしい4人だけとなった。
「マルセラさん、モニカさん、オリアーナさん、お久し振りです! よく来てくださいました!」
「「「……」」」
「……え? あの、皆さん……」
「「「…………」」」
「あ、あの、どうしたのですか……」
「「「………………」」」
「あ、あの……」
「「「誰ですか、あなた!」」」
「……え?」
突然の糾弾に、ぽかんとするマイル001。
そう、身代わりとしての擬態に絶対の自信があったため、全くの想定外のことに、一瞬反応が遅れたのである。
「アデルさんをどこへやったの!」
「偽者め、アデルを返せ!」
「アデルちゃんは無事なのですか! 偽物を使って各国を操ろうという極悪非道な連中は、私達『ワンダースリー』が叩き潰します!!」
「あわわわわ! ち、違いますよっ! 皆さん、落ち着いて……」
「この期に及んで、まだアデルさんの真似を続けますか……。皆さん、とりあえず半殺しにして捕らえますわよ!」
「「おおっ!!」」
「ま、待って、待ってください! これには事情が……」
「マイル様、聖女マレエット様が御訪問され……、って、あなた方、いったい何を!」
そこに、巫女が来客を連れてきた。
聖女マレエットがマイルの大のお気に入りであることは周知のことであるし、当然、マレエットが入ってきたのはティルス王国出身の警備兵や巫女達が担当する出入り口であるため、案内の巫女も警備兵や神官達も、マイルの身柄獲得戦のライバルであるブランデル王国からの来客の邪魔をすることなど、何とも思っていなかった。
……いや、むしろその邪魔をしたいと考えていたため、マレエットを待たせるなどという選択肢は最初から存在していなかったのである。
そしてブランデル王国側に邪魔されないよう、取次ぎも事前の知らせもなく直接マレエットを案内したところ、目にしたわけである。御使いマイル様に襲い掛かろうとしている、ブランデル王国からの訪問客達の姿を……。
「曲者! 者共、出会え、出会え~~っっ!!」
「あああ、駄目、やめてください! 何でもないです、何でもありませんからああぁ~~っっ!」
マイル001の必死の叫びにも関わらず、事態はどんどん悪化するのであった……。
* *
「はぁはぁはぁ、どうやら、何とかなったようですね……」
息を切らしながらも、何とか落ち着いた様子のマイル001。
あれから、殺到してきた警備兵や神官、巫女達に『学生時代を懐かしんで、じゃれ合っていただけです!』と説明し、何とか事態を収拾したのである。
マルセラ達も、さすがにこのままでは捕らえられて大変なことになると思い、素直にマイル001の言い訳に便乗したのであった。
あれだけ有名であるマイルと『ワンダースリー』の仲を疑う者はいないため、双方が揃って『何でもない。じゃれ合っていただけ』と言えば、簡単に信じてもらえた。片方だけの言い分であればともかく、双方がそう言うのであれば、疑う理由などなかったので……。
騒がしてごめんなさい、というマイル001と『ワンダースリー』に、苦笑しながら引き上げてくれた警備兵や神官、巫女達。
最近元気がなかったマイルが、友人達の訪問を喜び、はしゃぎすぎた。
おそらくそれは、皆にとっては微笑ましく、かつ嬉しいことであったのだろう……。
皆が引き上げた後、部屋に残されたのは、マイル001、『ワンダースリー』、マレエット、そして追加の紅茶とお菓子のみであった。
そして……。
「マレエットちゃん、お久し振りです! 元気にしていましたか?」
「……」
何やら、胡散臭そうな顔でマイルを見るマレエット。
「……あの、マレエットちゃん?」
「…………」
「あの……」
「誰ですか、あなたは! マイル先生をどこへやった!!」
「えええええ! どうしてこんなに簡単にバレるのですかあぁ! 完璧なのに! 完璧な擬態のはずなのにいいいいぃ~~!!」
信じがたい事実に、思わず叫び声を上げたマイル001であった……。




