555 検 証 1
「……というわけで、ギルドで聞いた、このあたりの新人ハンター御用達の森に来たわけですが……」
いつもの、マイルの説明台詞であるが、もう誰も突っ込むことはない。
以前は、レーナが『毎回毎回、いったい誰に説明してんのよ!』とか言って、突っ込んでくれていたのであるが……。
「私達が本気を出すと、検証も何もあったもんじゃないですから、ここは普通の新人ハンターを模擬しての狩りを行います。
レーナさんは、森の中だから火魔法厳禁は勿論ですが、他の魔法もD~Eランクの魔術師程度にしてください。
ハンター養成学校に入学した時点でも、レーナさんはCランク並みの火魔法が使えていましたけれど、それ以外の魔法なら、その頃の威力でいいと思います。
メーヴィスさんも、子供の頃から鍛錬したり、お父様やお兄様達に指導してもらったりしていましたから、入学当時の実力だと、Cランク下位くらいにはなっていましたよね。だから、その頃より、ちょっと抑え気味に……。
ポーリンさんは、ホット魔法の使用禁止。辛い方も、熱い方も……」
熱い方というのは、獲物の体温を上昇させて倒す……実家の商店を取り戻す際に、護衛のハンターを倒したやつ……とか、熱湯をぶつけるやつとかのことである。
「そして、怪我をしそうだとか、何か想定外のことが起きた場合を除き、私が『状況終了』と言うまではこの縛りで動いてください」
そう言うマイルに、レーナが尋ねた。
「……あんたは、どんな縛りにするのよ?」
「あ、私は狩りには参加しません。皆さんの戦いをじっくり観察させていただいて、検証作業に専念します」
確かに、その方がいい。
マイルはおそらく狩りにおける手加減が下手であろうし、研究家肌のマイルには、そういう役割が合っているだろう。
そう考え、レーナ達はマイルの説明に納得した。
「じゃあ、作戦開始です!」
そして、マイルの号令で、新人ハンターとしての『赤き誓い』の狩りが始まった。
* *
「う~ん、あまり獲物がいませんねぇ……」
マイルがそう溢すが、無理もない。街に近い新人ハンター御用達の森など、どこもそういうものである。
危険な高ランクの魔物がいないということは、それらが繁殖できるほどの数の餌、つまり動物や低ランクの魔物がいないということであり、しかも街から近いとなると、その少ない動物や低ランクの魔物は新人ハンターが狩り尽くす。
マイル達が普段そういう狩り場でもそこそこの獲物を狩れるのは、マイルが探索魔法を使うからである。
マイルはあまりそういう『みんなを甘やかす魔法』は使いたくないのであるが、それでも、狩りに出たのに『成果なし』というのはさすがに嫌であるため、程々に使用しているのである。
……しかし、勿論今回は探索魔法は全く使っていない。
普通の新人ハンターは、そんなものは使えないので……。
* *
「角ウサギ1、1時方向15メートル……」
ようやく、メーヴィスが獲物を発見した。
森の下生えの中で、15メートル先の小さな角ウサギを発見するのは、至難の業である。
普通は、人間側より先に角ウサギの方が気付き、逃げ出すか、草や軟らかい土の中に潜り込んで姿を隠す。
メーヴィスは、獲物の発見においては天性の勘に恵まれているようである。
……それと、視力に……。
「メーヴィスさんとレーナさん、お願いします!」
マイルの指示に、こくりと頷くふたり。
角ウサギ1匹に4人で掛かるのは戦力過多であるし、マイルは検証のための観測という役割がある。
……そして、『運動神経が千切れている』と言われているポーリンに、角ウサギの動きの速さについていけるわけがなかった。
「よし、行くよ、レーナ!」
「了解!」
そして、角ウサギに気付かれないよう、静かに接近するレーナとメーヴィス。
レーナは既に氷礫を放つ魔法を脳内で詠唱してホールドしているし、メーヴィスは抜剣し、いつでも突撃できる体勢である。
しかし……。
「あ、逃げた!」
即座に発射したレーナの氷礫は外れた。
こうなっては、下生えの中を素早く駆ける角ウサギには追いつきようがない。
もっと早く、角ウサギが静止しているうちに氷礫を放つべきであったかもしれないが、それは結果論である。
「駄目だ、逃げられ……、あれ?」
……遅い。
角ウサギの逃げ足が、普通よりかなり遅かった。
「怪我をしているのか? よし、これなら追いつける! 行くよ、レーナ!」
「任せなさい!」
そう言って、角ウサギを追いかけるレーナとメーヴィス。
もう、相手に知られてしまったのであるから、大声を出しても問題なかった。
「あ~、行っちゃいましたね……」
「姿が見えなくなっちゃいましたね。これじゃあ、検証作業が……」
ポーリンとマイルが、そんなことを言っていると、声も出さずに必死の形相でレーナとメーヴィスが全力疾走で駆け戻ってきた。
そしてそのまま、ポーリンとマイルの前を通過して、走り去っていった。
「いったい、どうした……、って、えええええ~~っ!」
驚愕の叫びを上げるマイルと、愕然とした顔でメーヴィス達が戻ってきた方向を見詰めるポーリン。
ふたりが見たものは……。
角ウサギ。
角ウサギ、角ウサギ。
角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ。
角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ、角ウサギ……。
何十匹もの、角ウサギの群れであった。
その尖った角の尖端部をこちらに向けて、全速力で突っ込んでくる……。
マイルが本気になったなら、それくらい簡単に吹き飛ばせるであろう。
しかし、みんなにああ言ったのに、自分が『新人ハンターとしての枠を越えて、本気で戦う』というのをやらかしてしまうと、何というか、『負けた』という思いがして嫌なのである。
それも、角ウサギ相手に……。
そしてポーリンも、同じように考えているらしい。
普通の新人ハンターとしての範疇で行動する、という制約の中で、今、どうすればいいかというと……。
角ウサギの一撃は、革の防具くらい簡単に貫通する。
油断していれば、Cランクハンターですら思わぬ不覚を取り、大怪我をする場合があるのだ。
なので、今、ふたりが取るべき手段は……。
「「逃げるウウウウウゥ~~!!」」
全力で、逃げたメーヴィスとレーナの後に続く、マイルとポーリン。
そう、メーヴィスとレーナが選んだのと同じ、『逃走』しか選択肢がないのであった……。




