552 港 町 3
「そ、そそそ、それは……」
何やら焦ったような様子のギルドマスターに、メーヴィスが安心させるように説明した。
「いえ、ただ素材採取の常時依頼を受けてこのあたりの魔物と戦ってみるか、ギルドの訓練場で誰か手空きの人に模擬戦をお願いするだけですよ。別に、人を襲ったり、殺し合いをするわけでは……。
私達が訓練の相手を求めれば、応じてくれる方はおられるかと……」
そう、絶対にいる。
新人に、ガツンとやってハンター稼業の厳しさを教えてやろうと考える者。
女性パーティとお近づきになりたい者。
新人パーティに圧勝して自分達の力を見せつけようとする、大人気ない連中。
その他諸々で、模擬戦の相手には困らないはずである。
……最初の一戦は。
二戦目以降は、対戦希望者が激減、もしくはいなくなる可能性がある。
なので、最悪一戦だけで終わる可能性に鑑み、最初に選ぶ対戦相手には、標準的な強さの者を選びたい。
そのためには……。
「とりあえず、適当なのを見繕ってくれないかしら?」
「…………」
レーナからの気軽な要求に、困ったような顔のギルドマスター。
収納魔法の存在は、このパーティの価値をはっきりと示している。
しかし、それはこのパーティの戦闘力を表しているわけではない。
前衛のふたりのうち片方は、明らかに未成年であり、小柄で体重が軽そうである。これでは、重い攻撃を受ければ簡単に吹き飛ばされるであろう。
魔術師のふたりは、魔法の腕はともかく、敵からの攻撃に対しては紙装甲であろう。厚手の魔術師用の衣服を纏ってはいるものの、碌な防具も着けていないのだから……。
まぁ、考えれば分かることである。
未成年者を含む、若手の美少女だけの4人パーティ。
桁外れの収納魔法持ち。
これだけでもう、お腹いっぱいである。
これで、防御力や攻撃力まで突出していたりするはずがない。
もしそんなパーティがあれば、とっくにBランクになっているか、王都支部が抱え込んで広告塔に仕立て上げているか、もしくは国かどこかの領主、大店とかがお抱えにしているはずである。
……つまり、間違ってもこんな地方都市に来たり、ましてやそこでハンター登録したりはしない。
いや、収納魔法だけでも、そうなって当然である。
いくら今までギルドに登録したことのない地方出身者であろうと、村の大人達がひとり残らず馬鹿で無知、ということはあり得ない。
どんな田舎村であろうと、税は納める。
ということは、最低限、領主の配下である徴税官や、税……小麦の運び先である領都との交流があるはずである。
ならば、村の者全員がそこまで無知だということはあるまい。
まあ、憶測であれこれ考えても仕方ないが、少なくとも、この少女パーティが優れた攻撃力と防御力を持っているという確率は、極めて低い。
ギルドマスターがそう考えるのは、当然のことであった。
……別に、馬鹿であろうとなかろうと。
なので、悩んだ。
ただ、自分達の出身地周辺の魔物やハンターの強さと、このあたりの平均的なものとを比較して感触を掴みたいだけ。
ならば、平均的な者、つまりCランクの中位、ハンターとして典型的なレベルの者を充てるべきか。それとも、この連中と同じくらいの者を充て、その者達がここでどれくらいの位置にあるかを教えることによって判断させるか。
「うむむ……」
考え込み、悩むギルドマスターに、受付嬢があっさりと推奨した。
「Cランクの中堅を充てましょう!」
「え……」
受付嬢からの思わぬ言葉に、驚くギルドマスター。
「初心者は、元々の素養によって強さのばらつきが大きいですから、検証作業には不適です。
また、この方達は明らかに戦闘の経験者ですから、初心者を充てても意味がありません。
Cランク上位とかも強さにばらつきがありますし、あまりにも自分達との実力差があっては比較などできません。
ここは、ばらつきが少なく、平均的な実力である者が確実に選べる、Cランクの真ん中の者を選ぶのが妥当です。それならば、この方達の出身地近くのハンター達との比較もし易いでしょう。
また、それくらいの者であれば、手加減も上手いでしょうから、この方達にうっかり重傷を負わせてしまうという心配もありませんし……」
さすが、脳筋のギルドマスターをサポートするためのギルド職員である。
レーナ達も、ほほぅ、と感心した眼で見ている。
……上手く手加減するのは、相手側ではなく、自分達の方ではあるが。
そして、ギルドマスターも……。
「なる程……。では、それでいこう」
自分があまり頭が良くないと自覚しているため、部下からの納得できる提言には、素直に従うギルドマスター。扱いやすくて、割といい上司である。
* *
ギルド中庭の、訓練場。
今ここで、ギルドマスターの仕切りによる、模擬試合が始まろうとしていた。
ここにいるのは、『赤き誓い』、ギルドマスター、受付嬢他のギルド職員達、模擬戦相手に選ばれた男性4人組のCランクハンター、そして見物人である、興味津々のハンター達である。
職員達は、これから『赤き誓い』の応対をすることが多くなるであろうことから、顔を覚えさせ、そして無理な依頼を受けさせることがないよう、『赤き誓い』の実力を全員に把握させておくため、業務命令による見学であった。
なので、一時的に窓口を閉めて、ほぼ全員が来ている。
ハンター達は、ただの暇潰しや娯楽として。
また、合同受注とかで収納魔法により稼がせてもらおうとか、若い女性達とお近づきになるための情報収集とか、様々な目的での見物である。
今回はあくまでも模擬戦であり、本気での戦いではないため、賭けの対象とはなっていない。
まあ、もし賭けが行われたとしても、『赤き誓い』に賭ける者がいないため、賭けが成立しないであろうが……。
また、対戦相手には、絶対に少女達に怪我をさせないようにと、ギルドマスターから何度も念押しされていた。
もし相手に怪我をさせるくらいなら、仲間の誰かが割り込んで、自分の身体を盾にしてでも少女達を守れ、と言われてドン引きの男達であったが、これだけの実力差があれば、そんな状況に陥ることは、まずあり得ない。
使用するのは刃引きの模擬剣であり、本気で力を込めたのでなければ、少しくらい当たっても大怪我をするようなことはない。相手も、一応は防具を着けているのだから。
それに、攻撃は手を抜いて、速さは落とさないものの、威力はあまり込めないつもりなので、少し痛いか、悪くても軽い打撲で済み、治癒魔法を掛ければ問題ない程度である。
余裕で、手加減できる。
それが目的での、この実力差のある対戦カードなのであるから……。
「では、位置につけ。……いいな?」
そして、こくりと頷く、『赤き誓い』と対戦相手のCランクパーティ。
ギルドマスターは、模擬戦の審判役としては非常に有能であり、危険な行為があればすぐに止められるだけの能力を有していた。なので、自分も刃引きの頑丈な剣を装備している。
そう、苦手な事務仕事ではなく、こういうことだと急に元気、かつ有能になるのであった。
「よし! レディ……、ファイッ!!」
訓練のための模擬戦なので、1回勝負が決まれば終わりというわけではない。
そして対戦相手として選ばれたこの男性パーティは、新人が、それも可愛い美少女揃いのパーティが早死にしないようにと、Cランクハンターというものの実力をひよっこ達にしっかりと教え込んでやろうと考えた。何らかの裏の意図があるわけではなく、100パーセントの善意によって。
なので、初っ端でガツンとやろうと考えて、初動で本気を出した。
びゅっ!
静止状態から、突然全力機動に移った前衛の剣士ふたり。
中衛の槍士は槍を構えたまま待機、後衛の魔術師は高速詠唱を開始。
そして、ふたりの剣士が、『赤き誓い』の前衛ふたりに襲い掛かる。
……これで、とりあえず寸止めにより前衛ふたりが1回死亡。そのまま後方の魔術師ふたりに、2本の剣と威力をほぼゼロ近くまで落とした攻撃魔法が襲い掛かり、更に槍で駄目押し。
そういう予定であった。
そしてふたりの前衛が、勢いがついていたため寸止めとはならず、剣を跳ね上げられた後に手加減された軽い一撃を胴に喰らい、撃沈した。
そして、魔術師が放った超手加減した攻撃魔法を喰らい、残りのふたりも撃沈。相手の強さを充分に思い知らされることとなった。
……男性パーティの方が。
「「「「「「なんじゃ、そりゃあああ!!」」」」」」
よくあること。
……そう、よくあることであった。
そして受付嬢が、虚ろな声で呟いた。
「…………知ってた……」




