536 戦いの肖像 9
「……終わった……」
残敵掃討も終わり、重傷者達への応急処置も終わった。これで、これ以上死者が増えることはないであろう。
……あとは、再度ゆっくりと治癒魔法を掛けて廻り、完全に治癒させるだけである。
死者も出たが、それは仕方ない。これだけの戦いとしては、少なく済んだ方である。
亡くなった人達には、この世界を護ったという栄誉と、残された家族に対する手厚いサポートで納得してもらうしかない。
それは、やむを得ないこと、仕方のないことであった。
「魔物達も、希望を胸に新天地にやってきたのでしょうかねぇ、移民達のように……。
侵入者達にとっては、自分達に襲い掛かる凶暴な種族達が、『魔物』に見えていたのかもしれないですねぇ……」
ぽつりと、そんなことを呟くマイル。
前回の侵入時に、当時の人達は何を考え、どういう決断を下したのだろうか。
……でも、この世界には、『敵にも生きる権利が!』、『話し合えば、互いにわかり合えるはず!』などと言って、魔物相手の戦いに対し反戦運動を行う者はいない。
とりあえず、向かってくる敵は倒す。
慈悲の心は、余裕のある強者にのみ許される、心の贅沢である。
前回こちらにやってきて定着した魔物達は、今回の魔物達に較べ、かなり弱い。
こちらに来てから弱体化したのであろうか。
それに対して、向こうの世界ではずっと過酷な状況が続いていたのであろうか。強くなければ生きていけないような……。
「宇宙に行ったスカベンジャー達は、全滅しちゃったのかなぁ……」
空を見上げて、寂しそうにそう呟くマイル。
いくら『造られしもの』であっても、自分を管理者として崇めてくれ、むやみに知的生物を襲わないように、という指示に従ってくれた者達である。
そしてマイルは元日本人なので、全てのモノには魂がある、と考える。
長い間大事に使った道具にも。……そして勿論、ロボットにも……。
きらり
「……ん?」
マイルの眼に、空に光るものが見えた。
「……んんん?」
そして次々と光る点が増え、次第にその姿が大きくなってきた。
【バリュートです。スカベンジャー達が大気圏突入に使用しているようですね。
どうやら、衛星の突入は遠隔操作で行い、自分達は生き延びたようです】
「なっ!」
ナノマシンの、少し嬉しそうな報告に、驚くマイル。
バリュートというのは、風船とパラシュートを組み合わせた言葉である。
ガスなどにより展開する袋状の減速装備であり、高速時には普通のパラシュートより強靱である。
それは決して某ロボットアニメで考えられたものではなく、地球では60年以上前から実際に使われている技術である。
資材と時間さえあればもっと安全な方法も選べたのであろうが、時間を優先し、このような原始的な方法を選択したのであろう。
自らの安全より、迅速な任務遂行の方を優先した結果として……。
そしてある程度降下したバリュートから次々と白い傘が開き、バリュートから離れていく。
おそらく、最終段階はバリュートではなくパラシュートで着地するのであろう。
それは、着地時の衝撃緩和のためか、パラシュートの方が着地場所へのコントロールがやりやすいからか、それとも他の理由があるのか……。
とにかく、マイルはバリュートによる着地に関する知識は全くないが、パラシュートの何たるかは理解している。
……つまり、スカベンジャー達は無事に地上へと帰還できる、ということであった。
「……あは。あはははははは!」
死にそうな重傷者への応急処置は終えているが、まだ、怪我をして地面に転がっている者達がいる。そして、二度と起き上がることのない、戦死者達も。
なのに笑うのは、不謹慎であろうか。
いや、しかし、生き延びた連中は、あちこちで笑っている。
ならばマイルも、自分の眷属達が生き延びたことを喜び、笑っても許されるであろう。
死者には、感謝と尊敬を。
そして、生き延びた者達は、神への感謝と、生への喜びを……。
* *
……結局、今回の侵略でこの世界に拡散し定着してしまった特異種は、角ウサギだけであった。
角ウサギは街道を歩く旅人を襲うような魔物ではないし、油断さえしていなければ、1対1でそう簡単に人間が殺されるような相手ではない。たとえ女子供であっても。
そして何より、肉と毛皮が役に立つ。
村の子供や新米ハンターが日銭を稼ぐのに恰好の獲物であり、数が増えるのは大歓迎なのであった。
それに、元々弱い魔物であるから、多少強い新種であっても、大した問題ではない。
なので、最初から殲滅の対象外であり、わざとスルーしたのである。
あれからマイル達は、他の魔術師達と一緒に怪我人の治癒に専念した。
もう、『御使い様』ということになってしまったため、出し惜しみなしで、部位欠損も治した。
勿論、欠損部位が失われており『くっつけるだけ』では済まない場合は、完全に復元するには数日から数十日掛かるのであるが、別にその間マイルが付きっきりでいなければならないというわけではない。
ナノマシンにその旨指示しておけば済むことである。
部位欠損は、その者の一生に関わることである。
仕事を失ったり、日常生活が不便になったり。
マイルは、自分の能力を隠すというささやかな理由のために、勇気ある人々の人生を歪めるつもりなど更々なかった。なので、マルセラ達ワンダースリーやポーリン、マレエット達と共に、重傷者の大半を引き受けたのであった。
勿論、女性の顔に傷痕が残るようなことは許さない。
一部の男性は、『勲章として残したい』とか言って、傷痕が残るようにして痛みだけ消してくれ、などという注文を付ける者もいて、なるべく要望に応えるようにしたのであるが……。
そして、治癒待ちの者以外は、既に帰路に就いていた。
あまりにも膨大な人数がやってきたため、支援態勢が全く追いついていなかったのである。
水は一番近い水源から荷馬車でピストン輸送していたが、食料と、……そしてトイレの問題が大きかった。
これだけの人数となると、煮炊きできるような薪も調理器材もなく、日保ちと携帯性の問題から、そのまま食べられる旅人用の携行食を配るくらいしか方法がなく、それも急に数万人、数十万人分の毎日三食分を用意することなど、到底不可能である。
……そして、更に問題なのが、トイレ……というか、排便であった。
これだけの人数がそのあたりで適当に排便すれば、僅か1日で足の踏み場もなくなるであろう。
もう、さっさと解散してもらうしかなかった。
農家や商家が儲けなしの原価で食料を提供してくれているらしいが、義勇軍に参加してくれた人々は、もし参加しなかったとしても、毎日食事をしていたはずである。
なので、極端な食糧不足が生起するわけではないはずであるが、あまりにも急激な人数の集中が起こったため、物資の流通が滞り、かなり酷いことになっているらしかった。
もう、一日一食、ろくに食べられない状態で、とにかく自分の住む街へと歩き続けてもらうしかない。
……大丈夫。
人間、水さえあれば、2~3週間くらい生きていられる。