533 戦いの肖像 6
「突破力が足りねえ……」
グレンが、ぼそりと呟いた。
マイルも、それには気付いていた。
魔物側は、次元の裂け目から勢いよく噴き出し続けている。
そしてマイル達第一層前縁部の者達は頑張ってはいるが、徐々に魔物達の勢いに押され、次第に後方へと流す無傷のCランクの魔物の数が増え、Bランクの魔物も、弱体化が充分ではないものを流すようになっていた。
そして、前線そのものも、徐々に後ろへと下がりつつあった。
やはり、いくら数で対抗しようとも、無理があった。
体力。頑健さ。重傷を負っても、構わず前進し戦い続ける獰猛さ。
緒戦は、まだいい。しかし戦いが長引いてくると、彼我の耐久力の差が顕著に表れてきた。
「くそ、タンク役が足りねぇ。このままじゃ、ジリ貧だ……」
勿論、ハンターの中にはタンク役を務めている者もそれなりにいる。
しかし、それは『相手が、人間やBランク以下の魔物であれば』の話だ。
Aランク以上の魔物に対して、タンク役が務まる者は殆どいない。
そんな魔物の一撃を受けて耐えられる者がいないのだから、それは当然のことであり、どうしようもないことである。
……しかし今、攻撃力に特化した者達を護るためのタンク役の不足が、大きな弱点となってヒト種達を追い詰めていた。
マイル達にしても、攻撃力は高いものの、まともに一撃を喰らった時の防御力は弱い。
マイルだけは受けるダメージは少ないものの、体重の軽さが災いして、一発で遠くへ吹き飛ばされてしまう。
それでは、いくら自身は無事であろうと、『タンク役』としての務めは果たせない。
「攻撃力はあるんだ。タンク役さえ、タンク役さえいれば……」
グレンが、無いものねだり、いくら愚痴っても仕方のない台詞を繰り返した時……。
どおん!
後方で、魔物が吹き飛んだ。
「な、何だ!」
「あ、あれは……」
後ろを振り返ったグレンやマイル達が見たものは……。
巨大な体躯、頑丈なボディ。
魔物の攻撃をがっちりと受け止め、撥ね返す強大な力。
それは……。
後方から、急速に前方へと突出する、異形の群れ。
土の身体。岩の身体。……そして鉄の身体。
「頼りになる、デカい奴! ご、ゴーダ……、いやいやいやいや、ゴーレム!!」
そう、それは本来基地を拠点として、拠点防衛に務めるはずのゴーレム達の群れであった。
クレイゴーレム、ロックゴーレム、そしてアイアンゴーレム達と、それに随伴する少数のスカベンジャー達の……。
おそらく、スカベンジャー達はゴーレムを指揮するために一部だけが参加しているのであろう。
スカベンジャーは本来基地の保守整備とゴーレムの修理や生産のための存在であり、戦闘要員ではない。
しかし、ゴーレムの能力では臨機応変な対応が取れないため、やむなく指揮を執るために出張ってきたのであろう。
「基地と担当区域を防御するという基本方針を捨てた? ゴーレムやスカベンジャー達にそんな判断が……、あ、ゆっくり歩く者の指示か!」
そう、ゆっくり歩く者であれば、そういう判断と指示が行えるであろう。
通信手段くらいは、とっくに復旧させているであろうし……。
マイルは、それに気付いたようである。
ゴーレム達は味方。
マイルの大陸全土に向けた放送でそのことを知っているヒト種の戦士達は、ゴーレムに随伴して前進を開始。……その姿は、マイルに戦車と随伴歩兵の姿を思わせた。
「よし、行ける! 巻き返せるぞ!」
「「「「「「おおっ!!」」」」」」
かなり疲れてきているものの、声だけは威勢がいい仲間達。
空にはロブレスが舞い、危なそうなところに超音波攻撃を行っている。
「……あれ?」
マイルがちらりと上空を見ると、何だかロブレスの様子がおかしい。
ロブレスの周りをよく見てみると……。
「あ! いつの間に……」
どうやら、次元の裂け目から、いつの間にか飛竜の原種らしきもの……この世界で代を重ねてひ弱になってしまった現行種ではなく、厳しい環境で生き延び、デカく、そしてマッチョになった連中……が飛び出していたらしい。
そして、魔物達と敵対しているロブレスは、背中に乗せたチェルシーと共に、飛竜達に取り囲まれていた。
多勢に無勢。いくら超音波攻撃ができるとはいえ、無敵の必殺技というわけではない。
このままでは、飛竜の翼端にある爪や鋭い脚爪でチェルシー諸共引き裂かれるのは時間の問題であろう。
……そして、ヒト種側にはそんな上空まで届く武器や兵器は用意されていなかった。
大型弩砲を用意するには、時間が足りなさすぎた……。
きいぃぃぃ……ん!
ロブレスが超音波攻撃を行うが、共に空中を自由に飛び回る身とあっては、命中は非常に困難であった。なので、ブレスの類いは吐けないものの、体格の差と数の差でロブレスを追い詰める侵略組の飛竜達。
そしてチェルシーを乗せているため無理な機動ができないロブレスには、勝ち目はなかった。
チェルシーを振り落として身軽になれば、全力で逃走すればあるいは逃げ延びることが可能かもしれなかったが、どうやらロブレスにはそんな気は欠片もないようであった。
そして、いよいよロブレスが追い詰められ、マイルが何とかせねばと考えていると……。
ひゅどん!
どこん!
空を覆う厚い雲の中から飛来した火球が命中し、ロブレスに迫っていた飛竜のうちの一頭が墜落した。
そして……。
『亜竜の分際でありながら、己の背に乗せた者を裏切らず、最後まで戦おうとするその姿、天晴れである!』
「古竜戦士隊、with古竜軍団……」
そう、雲を裂いて現れたのは、古竜達の一群であった。
古竜であれば、子供であろうが年寄りであろうが、魔物相手に充分戦える。
なので、戦士隊だけではなく、一族の者達の殆どが参加したようであった。
それも当然であろう。長い寿命を持つ古竜達が、これから先の数百年、数千年に亘り何度も自慢話のネタにできるこの大事件に参加しないはずがなかった。
しかも、それが自分達の存在意義に関わる、御先祖様や神々に託された悲願とあらば……。
「……あれ? みんな、背中に……」
マイルがよく見てみると、古竜達は背中に何かを乗せているような……。
そして、飛竜達を追い払った古竜の一団が、マイル達の側に着陸。
その背中から……。
「あなたの活躍は知っていたわ。助けに来たわよ、人間の神子!」
「神子ちゃん! ……と、魔族の皆さん!!」
古竜が背に乗せているのは、神子を始めとする魔族の面々であった。
『丁度良い頃合いに来るつもりであったのに、こやつらが「魔族の里に来て、運んで欲しい」などと言うものだから、少し遅れた。……しかし、真打ちは遅れて登場するものなのであろう?
戦士隊、攻撃開始!』
魔族の面々を背から降ろし、攻撃を開始した古竜達。
ぶわあああ!
炎弾ではなく、連続した火焔を一斉に吐く古竜戦士隊。
そして、戦士隊のように訓練しているわけではないため、それぞれバラバラにブレスを吐くその他の一般の古竜達。
『東方での駆除は張り合いがなかったからな。ここでは、本気でやらせてもらおうか……』
東方、オーブラム王国王都絶対防衛戦が、いくら大被害を出したとはいえ、やけに簡単にヒト種側の勝利に終わったと思っていたら、どうやら古竜が向こうにも出張ってくれていたらしい。
そして古竜であれば、ひと仕事終えたあとはさっさと古竜の里に戻ってのんびり休み、次の出番を待っていても何の不思議もない。
そして日頃雑用をさせている魔族から必死にお願いされて、仕方なく大急ぎで運んでやったのであろう。
古竜は傲慢な種族ではあるが、自分達に懐いた下等生物には優しい時がある。
魔族も、自分達で移動したのでは到底間に合わないため、他に手段がなかったのであろう。
この戦いに間に合わなかったとなれば、自分達の存在意義に関わる大恥であろう。
そして今後数百年は、他の種族から笑いものにされるのは間違いない。
「そりゃ、必死で頼むわな~……」
納得の声を漏らす、マイルであった……。