505 その頃、あの人は…… 3
「楽ちんですわね……」
「楽ちんですよね……」
「楽ちんですね……」
「「「ハアアアァ……」」」
楽ちんだといいながら、なぜか深いため息を吐く、3人の少女。
「最初の、東方への旅。あの苦労は何だったのでしょうね……」
「思い出したくもありませんわね……」
「ホント、何だったんですかねぇ……」
「「「ハアアアァ……」」」
あらゆる身の回り品を全て苦労なく持ち歩ける。
新鮮な食材。調理器具。着替え。岩で囲まれたお風呂とトイレ。組み立てたままの大型テント。ベッド。
いくら狩ってもいくら採取しても楽々運べる。傷まない、劣化しない。
「謝れ! 大陸中のハンターと商人と旅人に謝れ!!」
「どうどう……」
突然吠え始めたモニカを宥める、オリアーナ。
「いったい、誰が何を謝るんですの……」
それを、両手を腰に当てて、呆れたような顔で眺めているマルセラ。
……そう、皆さんお馴染みの、『ワンダースリー』の面々である。
「アデルさんが、学園にいる間にアイテムボックスの魔法を……、いえ、せめて清浄魔法だけでも教えてくださっていれば……」
「マルセラ様、それは言わない約束でしょ」
「そうでしたわね……。いえ、それは良いのです。問題は、この、あまりにも快適で怠惰な道行きを、『修業の旅』と言ってよいものかどうか、ということですわ……」
「確かに……」
「全然苦労しないのに、『修業』と言えるのかどうか、難しいところですよね……」
モニカとオリアーナも、マルセラの言葉に考え込んでしまった。
軽く考えればいいのに、3人共が皆、揃いも揃ってクソ真面目であるため、こういう時には変に考え過ぎてしまうのである。
もしここにマイルがいれば、いつものように『い~んですよ、細けえこたー!』のひと言で流してしまうのであるが……。
やはり、固い友情で結ばれた『ワンダースリー』ではあるが、皆、性格が同じ方に偏っているというのは如何ともし難かった。おかしな方向へと振れまくるマイルを3人で必死になって正常範囲内に引き戻す、というのが、程良いバランスだったのであろう。
「……とにかく、生活状況としては超イージーモードですけど、ハンターとしての実力を上げるという意味での『修業の旅』としては、やるべきことは多いですわよ。時間を無駄にするわけにはいきませんわ! アデルさんがよく言っておられました、あの言葉……」
「「「私達には、時間がないの! 乙女の時間は短いのよ!!」」」
「というわけで、いつもの通り、私達に最も足りないもの、近接戦闘能力の鍛錬を行いますわよ」
「「はいっ!」」
マルセラ達は、魔法の腕にはそこそこ自信があった。そして、自分達に足りないものもきちんと自覚している。
前衛職の不在による、近接戦闘能力の不足。
普通であれば、当然、前衛職を募集する。2~3名くらい。
しかし、マルセラ達は、マイル……、アデル以外の者をパーティに加えるつもりなど全くない。
ならば、どうするか……。
そう、自分達が前衛もこなせればいい。
ただ、それだけのことであった。
しかし、自分達で基礎訓練をやっているだけでは、僅かな成長しか望めない。
かといって、どこかの道場に通うわけにもいかないし、もし通えたところで、他の門弟達との差が大きすぎて、教える側に迷惑がかかってしまうだろう。
まだ未成年の、14歳の少女の華奢な身体。
モニカとオリアーナは、それぞれ実家で穀物袋を運ばされたり農家の労働力として働かされたりしていたため普通の街娘よりは体力があるが、幼い頃から鍛え続けた成人男性には及ばない。
……ならば、どうすればいいか。
そう、旅を続けながら、自分達とあまり隔絶した近接戦闘能力は持っていない先輩ハンターから教わればいいのである。授業料を払うことなく、双方に利益があるという形で……。
* *
「あの、少しよろしいかしら?」
「え!」
依頼ボードを見ていたら突然話し掛けられて、思わず驚きの声を上げてしまったサノス。
いや、普通であれば、ギルドで声を掛けられたくらいでそう驚くことはない。
しかしそれが、若き美少女となれば、話は違う。
「あ、ああ……。何の用かな?」
サノスは、18歳である。仲間のウォロー、バイラス、ヨーリスの3人と共に結成したパーティ、『不滅の翼』のリーダーをやっているが、あくまでも戦闘時の指揮官としての役職からリーダー役を担っているだけである。4人は対等の立場であり、親友同士であった。
真面目で信用の置ける、堅実な若手パーティとしてまずまずの評価を得ている『不滅の翼』であるが、そう金回りがいいというわけではなく、女っ気もあまりない。
見栄えもそう悪くはないが、女性とお付き合いをするにはある程度のお金と時間的余裕が必要であるし、やはり今はまだ女性よりも上級ハンターになるという夢を追うことを優先しているのであろうか……。
しかしそんな彼らも、美少女に声を掛けられて嬉しくないはずがない。結婚とかはまだ考えてもいないが、美少女とお付き合いできるチャンスを逃す程の朴念仁であろうはずがなかった。
「あの、実は合同で依頼を受けていただけないかと思いまして……。私はマルセラと申します。そしてこちらが、私のパーティメンバーのオリアーナとモニカですわ」
そして、ぺこりと軽く頭を下げる、ふたりの少女。
3人共、14~15歳くらいの、成人しているかどうかという年齢であった。
おとなしそうで、知的な雰囲気の少女、オリアーナ。
元気そうで、明るい雰囲気のモニカ。
そして、上品で貴族の少女かと見紛う程の……、
(いや! 見紛う、じゃない! おそらく、本当に貴族の少女だ……)
サノスがそう思うのも無理はない。
マルセラは貴族の少女以外の何者にも見えなかったし、オリアーナは女官見習い、そしてモニカは侍女かメイドに見えなくはない。もし、それにふさわしい衣服を身に着けていれば……。
お忍び。お遊び。もしくは、お家騒動で命を狙われたお嬢様が侍女と共に逃げ延びて、平民としての生活を。
(いや。いやいやいやいやいや!!)
そして、サノス程の深読みはしていない仲間、ウォロー、バイラス、ヨーリスの3人は……。
(((可愛い少女3人組、キタアアアアァ~~!!)))
「「「喜んで!!」」」
パーティリーダーであるサノスの言葉を待つことなく、3人から了承の返事が叫ばれたのであった。
……勿論、サノスも『了承』以外の言葉を返すつもりはなかったのであるが……。
* *
「では、受ける依頼は討伐系であれば何でもいいと?」
「ええ。何なら、常時依頼でも構いませんわ。見ての通り、私達は魔術師3人ですので、前衛職としての護衛役と近接戦闘のレクチャーをお願いできれば、それでいいですから。
いくら何でも、Cランクハンターである私達が護衛依頼を出すわけには参りませんから、こういう形で合同受注をお願いするしかありませんの」
「……確かに、そりゃそうだけど……」
さすがに、ハンターが護衛のハンターを雇うというのは、あまり聞いたことがない。それも、Cランクパーティが、護衛任務のために追加メンバーを集めるのではなく、普通の依頼をこなす場合においては……。
そして、マルセラが自分達の事情、つまり貴族の少女の護衛特化で功績ポイントを貯めまくって最短年数でCランクになったこと、近接戦闘はからきしであること、魔法が得意なのである程度の自信はあるものの、安全係数を高めるためには前衛職の者と組んだ方がいいと考えていること等を説明した。
「……そういうわけで、怪しいことを考えているわけではありませんことよ?」
「あ、いや、別にそんなことを心配しているわけじゃあ……」
普通、若くて可愛い少女がそうそう簡単に男だけのパーティに声を掛けたりはしないであろう。相手が余程のイケメン揃いか、金持ちのボンボンでもない限りは。
……もしくは、少女達が美人局や結婚詐欺を企んででもいない限り……。
しかし、この3人の若さと器量で、しかもCランクハンターが務まるくらいの魔法の腕があるならば、そのようなセコい犯罪行為を行う必要はないであろう。
そのようなケチな真似をしなくとも、もっと簡単に、楽に安全に稼げる方法はいくらでもある。
先程マルセラが言っていたような、貴族や金持ちの子女の護衛とか、下級貴族の養女になるとか……。
なので、大してお金を持っているわけでもない、普通の若手ハンターである自分達がそのような企みの標的に選ばれるはずがない。
これが逆の立場、つまり『不滅の翼』側から少女達に声を掛けたなら話は別であるが、その場合の悪党は、自分達の方である。
とにかくサノス達は、自分達が騙されるなどという心配は全くしていなかった。
と言うか、おそらく、『騙されてもいい』、いや、むしろ『騙されたい』と思っているかもしれなかった……。
……とにかくそういうわけで、17~18歳の男性4人のCランクパーティ『不滅の翼』は、『ワンダースリー』と依頼の合同受注をすることとなったのであった……。