504 その頃、あの人は…… 2
『成果なし。異状なし。皆、元気。任務を続行する』
「ぐぬぬぬぬ……」
ようやく1カ月に及ぶ外出禁止が解け、久し振りにハンターギルド支部にやってきたモレーナ……新米ハンター、モレン。
外出禁止は解けたが、勉強時間の増加とお小遣いの減額は、まだ解けていない。
そしてその手に握られているのは、先程受付嬢から受け取ったばかりの、『ギルド留め』の手紙である。……本文がたった1行だけの。
既に見慣れた、いや、『見飽きた』、お馴染みの文章の。
かなり大きな唸り声であるが、他のハンターやギルド職員達は、見えない振り、聞こえない振りをしている。
そう、『触らぬ神に、祟りなし』。日本におけるその言葉に似た言い回しが、この国にもあるのであった。
さすがに、今回は飲めないお酒を飲もうとしたりはしないであろう。
皆がそう考えていたところ……。
「君、新人かい? 俺達のパーティーに入らないか?」
ひとりの少年が、モレーナ……モレンに声を掛けた。
……そう、声を掛けてしまった……。
((((((あああああああああ~~っっ!!))))))
心の中で悲鳴を上げる、居合わせたハンター達のうちの約8割と、ギルド職員全員。
……つまり、事情を知っている者達。
そう、いくらハンター達の大半が事情を知っているとはいえ、勿論、中には例外もいる。頭が悪い者、察知能力が低い者、余所から来たばかりの者、……そして新米とか。
「……え?」
そして、驚きに固まる、モレン。
今まで、自分から話し掛けた場合以外で、向こうから話し掛けてくる者など、殆どいなかった。
それに、今回は自分と同じくらいの年頃の少年である。その後ろには、少年と少女がふたりずつ。つまり、5人パーティの新米ハンターというわけであろう。
「え、で、でも、私、もうパーティに入ってて……」
そう、名目だけとはいえ、『新米ハンター、モレン』は、『ワンダースリー』のパーティメンバーである。
「え? 他のメンバー達は?」
「あ、今、長期遠征中で、遠くへ……」
モレンが正直にそう言ったところ……。
「あ~、新米だから、置いていかれたのかあ……。ま、危険を避けるためには仕方ないからなぁ。普通のことだから、気を落とさないようにね。
じゃあ、他のメンバー達が戻ってくるまでの間、うちで一緒にやらないか? ただ待っているだけじゃあ、全然腕を上げられないだろ? その間、うちで腕を磨いて、戻ってきた仲間達を驚かせてやる、っていうのはどうだい?」
「え……」
思いがけぬ申し出に、頭の中で高速思考を始めたモレン。
……申し出の内容に、問題となる点はない。論理的であり、自分にとって不具合なことはない。
「うむむむむ……」
戻ってきた『ワンダースリー』のみんなを驚かせてやりたい。
自分にも新米ハンターとしての仕事くらいできるということを見せつけたい。
……そして、同年代の者達と一緒に、ひとりの平民、ただの新米ハンターとして活動するのは、何だか楽しそうであった。
「でも、私、他にやることがあって、今は週に1日くらいしか……」
「あ、兼業かぁ……。でも、それでも別に構わないよ。俺達は普段はこの5人でやって、君が加われる時だけ6人でやればいいんだから、問題ないよ」
「え。それなら、まあ、いいかな……」
何だか、楽しそう。
そう思うと、『断る』という選択肢が浮かばない、モレンであった……。
(((やったああああぁ~~!!)))
そして、必死で平静を装いながら、心の中で歓喜の叫びをあげる少年達。
今まで、男子3人、女子ふたりで仲良くやってきたが、『仲良く』の更に一歩先へと進むには、アレだったのである。
……そう、『女子が、ひとり足りない』。
パーティの雰囲気を悪くしないためには、どうしても女子をひとり追加する必要があったのである。
そして、そんな時に見つけた、ソロらしき凄く可愛い少女。
速攻で声を掛けるに決まっている。
そういう下心でもなければ、相手のランクも職種も確認せずに、いきなり勧誘するはずがない。いくら何でも、最低限、そのふたつは最初に確認するであろう……。
まあ、モレンは見た目も動作も、とても前衛職には見えなかったが。
そして勿論、長年のトップブリーダー達の仕事により、王族には美人で魔法の才能に優れた者達の血が取り入れられ続けたため、モレンは人並み以上の魔法の才能に恵まれており、更に家庭教師……鬼の教育係……により厳しい教育を受けているため、駆け出しの魔法職ハンターなどよりは遥かに優れた魔術師であった。
ばばばっ!
事情を知っているハンター達が全員、一斉に受付嬢の方へと顔を向けた。
そして、こくりと頷く、受付嬢達。
それは、勧誘した若手パーティが『タチの悪い連中』かどうか、という確認のためのものであり、もし問題があるならば、それとなく割り込んで話を潰さねば、という意味のものであったが、受付嬢からの返事は、『問題のないパーティである』というものであったため、皆、行動に出るのは控えたのであった。
……『ハンター達』は。
「私も、同じ条件で入れてはいただけませんか?」
「「「「「え?」」」」」
突然話し掛けられ、驚くモレン以外の5人。
話し掛けてきたのは、精悍な顔つきで引き締まった身体の、どう見ても前衛職である、同年代の少女であった。
……そして、美人。
モレンのような、清楚で可愛い、というのとは方向性が違う、精悍で凜々しく、頼りになりそうな少女。
(((キタアアアアァ~~!!)))
まさかの、美少女2連発。
心の中の暴風雨を必死で抑えつけ、平静を装う3人の男子。
……そして、まさかの男女比率逆転、しかも美少女ふたりの加入宣言に、憮然とした面持ちの女子ふたりであった……。
勿論、そんなに都合良く美少女がふたりも、たまたま同時に加入したりするはずがない。
前衛系の少女は、当然ながら、王女の隠れ護衛のひとりである。
男性の隠れ護衛は、あまり王女の至近距離に張り付くことができない。そのため、騎士見習いの少女達の中から最も見どころのある者……正規の騎士が駆け付けるまでの数秒間、己の身体を盾として王女殿下を守り抜くことができる者……をハンターとして登録させ、王女の外出時間に合わせてギルド支部に待機させていたわけである。
勿論、王女自らが創設した女性近衛分隊は、王女本人に、そして多くの貴族達に『面が割れている』ため、対象外であった。
それに、あのメンバーは採用されたばかりのお嬢様達であるため、まだまだとても『反射的に、自らの身体を盾として王女を守る』だとか、敵の奇襲に対処するだとかの実戦が任せられるような腕ではない。そのため、他の部署から選抜されるのは当然のことであった。
そして王女のパーティ仮加入という突発事象において、魔物から、盗賊から、悪質な他のハンター達から、……そして同じパーティの男達の魔の手から王女を守るため、独断で自分もパーティに加入することを決心したのであった。
これで、自分が命を盾にすれば、何があろうと数秒間は王女殿下をお守りできる。他の護衛達が駆け付けるのに必要な、貴重な数秒間を稼ぐことが……。
そう信じての独断であった。
彼女は、まだ知らない。
その咄嗟の判断力と決断力を高く評価され、そしてこれから先、王女の外出日にはパーティの一員として怪しまれないよう普通に仕事をこなし、なおかつ内外の敵から王女を守り抜くという非常に困難かつ命懸けの任務を遂行しなければならないことに鑑み、特例措置として『見習い』の文字を外し、正規の騎士に取り立てられることを。
それは、『いつでも、思い残すことなく死ねるように』という、ありがたいのやらありがたくないのやらよく分からない上官達の配慮であることを。
そしてそれが後に、自分に何をもたらすことになるかということを……。
その日の夜、王宮のとある部署では夜通し灯りが落とされることはなく、そしてその翌日、やけに姿勢がいい数人の若者達と30代半ばの男性達がハンター登録した。
そしてそれぞれスキップ申請の試験に全員が合格し、若者達はDランクの、年上の者達はCランクのパーティを組んだ。
ハンターギルドは、国家間に跨がって活動しており、納得がいかなければ王宮からの命令すら拒否するという、国家権力から完全に独立した組織である。
……しかし、ギルド側からはどうにも断りづらい状況となってしまい、分かっていながらも王宮からの干渉を黙認せざるを得ないおかしな事態に陥っていた。
さすがに、王女殿下の身の安全のためには、ギルドマスターも文句が言えなかったのである。
斯くして、ハンターギルドブランデル王国王都支部は、混迷の日々を迎えるのであった……。