503 その頃、あの人は…… 1
予想していた通り、いや、それ以上の反応であった。
……まあ、仕方ないであろう。
古竜に伝手があるとは言っても、普通は『どこかで会ったことがある』、もしくは『古竜に会ったことのある者を知っている』程度のものだと考えるのが普通である。
いや、それですら、滅多にあることではない。
まず、古竜は普通、人間と会うことなどないし、たとえ会ったとしても、人間に対して一方的に命令するか要望を言い放つだけで去ってゆく。『会話を交わす』ということなどまずないし、もしあったとしても、相手の人間の名など覚えることはない。
それが、まさかの『背に乗せる』発言。
そのような話は、女神の使徒か伝説の勇者くらいしかあり得ない。
おまけに、人間に対しての敬語。そんなもの、勇者相手ですらあり得ないことであった。
そして言葉もなく呆然と立ち竦む魔族達の中から、少女の声が聞こえた。
「……もう行っちゃうの?」
さすがに、神子の少女は古竜達と色々話したことがあるためか、『古竜はそんなに頭がいいわけではなく、そう高尚な生物だというわけでもない』と思っているようであり、あまり驚いているようには見えなかった。
そして、そんなことよりも、せっかく現れた『自分と普通に話してくれる相手』、『誰にも理解してもらえない、御使い様から聞いたことについて普通に話し合える相手』が去ってしまうことを残念がっているようであった。
「うん。あなたが魔族の未来のために頑張っているように、私も人間の未来のために頑張らなきゃならないからね」
「……そうか……、そうよね……」
聡明な少女には、マイルが言ったことが理解できてしまうため、そう言うしかなかった。
「でも、本当に困った時にはお手伝いするから、その時には連絡してね」
「……どうやって?」
ふたりの間を隔てる膨大な距離と、正確な居場所も分からない相手。そう簡単に連絡などできるはずがない。なので神子の少女は、マイルの言葉はただの社交辞令、リップサービスに過ぎないと考えていた。
しかし……。
「ケラゴンさんに言えば、連絡がつくと思うよ」
「え?」
「ケラゴンさんは定期的にこの村に来るそうだし、今は遺跡調査の件があるからそれ以外にも結構頻繁に来ているのでしょう? それに、獣人と同じく、多分魔族の皆さんにも古竜に連絡する方法があるだろうし……。
ケラゴンさんは獣人を介して私達に連絡できるから、私達が拠点にしている街にいる時であれば連絡できると思うよ。……いいでしょ、ケラゴンさん!」
『マイル様がお望みとあらば、勿論!』
「…………」
どうやらマイルが言った『本当に困った時にはお手伝いする』という言葉が社交辞令でもリップサービスでもなく本気の言葉だったらしいと気付き、両眼をまん丸に見開いた神子の少女。
そして……。
「あ、これ、色々と教えてくれた神子ちゃんへのお礼です!」
どんっ!
「うわあ!」
突然目の前に出現した3つの大きな木箱に、思わず飛び退った神子の少女。
「この箱がオーク、これが鹿で、こっちのは野菜です。神子ちゃんの栄養補給にと……。
御使い様との交信には体力を消耗しますから、ちゃんと食事を摂らないと健康を損なっちゃいますからね。
お肉も魔法で冷凍すればかなり日保ちしますから、御家族3人で食べてください。
あ、御両親には、これも……」
そう言って、買い込んでいた蒸留酒3本をオマケに付けるマイル。
魔法に秀でた種族なのであるから、両親も氷魔法くらい使えるであろう。
まあ、もし両親が使えなくとも、権限レベル3でナノマシンが甘々対応の神子に氷魔法程度が使えないはずがない。
わざわざこういう言い方をしたのは、勿論、村人達が後で『これは村全体に対する置き土産だ』とか言って取り上げたりできないように、である。
ここまではっきりと『神子の家族用だ』と断言されては、恥というものを知っていれば、取り上げることはできまい。
オマケに付けた3本のお酒も、『この家族の分しかねーよ!』という意思表示の駄目押しであった。
肉が木箱入りなのは、孤児院に寄付する時とかのために用意しているものだからである。
魔法で凍結させた大きな肉のブロックを木箱に入れて、藁やおが屑で包み込めば少しは日保ちするので、マイルが考案したのである。
いくらお腹を空かせた孤児達が十数人居ても、オーク肉1頭分を2~3日で食べ尽くすことは不可能なので……。
「え……」
最初は、言われたことが正常に認識できず、呆然とした顔に。
しかし、マイルの言葉が徐々に脳みそに染み込むに連れて、少女の表情が緩み始めた。
「……ありがとう!」
これで、しばらくは満腹になれることであろう。
食べ過ぎて太る、ということを気にするには、神子の少女はあまりにも若すぎた。
次々とケラゴンの背によじ登る、『赤き誓い』の4人。
「では……、両舷全速ぅ、ケラゴン、発進します!」
そして、お約束の台詞は忘れないマイル。
こうして、笑顔の神子の少女と、呆然とした顔のままの魔族達を後に、帰還の途に就いた『赤き誓い』一行であった……。
* *
『成果なし。異状なし。皆、元気。任務を続行する』
「ふざけんなあああああ~~っっ!!」
ハンターギルドブランデル王国王都支部の片隅で、ひとりの少女が吠えていた。
そしてその手には、先程受付嬢から受け取ったばかりの手紙が握り締められていた。
……たった1行だけ書かれた、差出人の名前すら書かれていない手紙が……。
その少女はかなりの美少女であり、動作も洗練されており、身に着けているのは普通のハンター装備ではあるがその品の良さは隠しようもない。
しかし、今放たれた言葉は、その見た目を完全に裏切るものであった。
まあ、それも少女が『普通のハンターらしさ』を身に付けるために『やや粗野で下品な言動』を学んだ成果なのであろう。
「ぐぬぬ、あいつら……」
そして、怒りに顔を歪めながらどすどすと大股で下品な歩き方をし、飲食コーナーの空いていたテーブル席にどっかと腰を下ろした。
粗野で下品な言動の勉強の成果、出過ぎであった……。
「お酒! 強いやつ、瓶ごと! それと、摘まみを適当に!!」
「は、はい……」
注文を取りにきたウェイトレスは、少女の顔を見て『これは駄目だ……』と思ったのか、何も言わずにそのままオーダーを通した。
その後、少女はぶつぶつと何やら愚痴を呟いたり悪態を吐いたりしながら酒精の強い蒸留酒を呷り続け、いつの間にかテーブルに突っ伏して潰れてしまっていた。
お酒など、パーティーでワインか甘いカクテルに軽く口を付ける程度であったため、強いお酒を本格的に飲んだことなどなかったのであろう。
そして、それを見ていたハンターやギルド職員達は思った。
((((((……駄目だ、こりゃ……))))))
更に、こっそりとそれを見ていた隠れ護衛達も思っていた。
((((((……駄目だ、こりゃ……))))))
その少女は、自分の変装も護衛を撒いてのお忍び行動も完璧だと思っていた。
しかし、実際にはギルド職員にもハンター達にもバレバレであり、みんなが『気付いていない振り』をしているだけである。
護衛達も、身体を鍛えているわけでもない素人の少女にそう簡単に撒かれるはずがない。正規の護衛は一旦わざと距離を取り、護衛されている者にも気付かれないように隠れ護衛が張り付いているだけである。
なので、この少女がここで眠り込んでも危険は全くないが、これが普通の少女であれば無事では済まなかったであろう。おそらく、すぐに誰かに『お持ち帰り』されてしまう。
しかし、いくら危険はないとは言っても、このまま放置するわけにはいかない。
なので、隠れ護衛がギルドの外で待機していた正規の護衛のひとりに命じ、連絡に走らせた。然るべきところへ……。
そしてしばらく経つと、やや年配の女性に率いられた6人の若い女性達が現れ、少女を担ぎ上げて馬車に放り込み、去っていった。最後に、ギルド内にいた者達に綺麗なお辞儀をしてから……。
そして既に、護衛達の姿もなかった。
「あ~、可哀想に……」
念の為、普通のハンターの振りをして少女の近くのテーブル席で飲んでいたギルドマスターの呟きに、ハンター達が『まあ、「ワンダースリー」の嬢ちゃん達にも色々と事情が……』と言って擁護したのであるが……。
「ちげーよ。さっきの侍女軍団を指揮していたの、王宮の教育係の女官だ。そして教育係は王子殿下や王女殿下の教育に関しては絶大なる権限が与えられていてな。具体的に言うと、懲罰としての外出禁止や小遣いの削減、勉強時間の増加、勉強部屋への拘束、……そして、体罰すら許されているらしいんだよな……。
で、さっき、最後に俺達にお辞儀した時、微笑んでいただろ?
普通、ああいう時には無表情でお辞儀するもんなんだよ、『業界的』にはな。なのに、笑っていたということは……」
「ということは?」
ハンターの相づちに、肩を竦めて答えるギルドマスター。
「教育係としての自分の面子を潰された怒りと恥辱に歪みそうになる顔と心を抑えつけ、この小娘をどうやって反省させ、二度とこういう真似をする気にならないように叩き潰すかを考えていた、ってこった」
「「「「「「あ~……」」」」」」
その道のプロが、不出来な自分の教え子によって大恥をかかされた。
そして、わざわざ自分で回収に来た。
それが意味するものは……。
ハンターとギルド職員達は、目覚めた後のモレーナ……、いや、『新米ハンター、モレン』の運命に、心の中で、そっと涙を拭うのであった……。
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よろしくお願いいたします!!(^^)/
今週分の更新原稿がまだ終わっていないというのに、『貴族令嬢がジャンクフード食って「美味いですわ!」するだけの話』を読んでしまう。(^^ゞ
貴族子女工業高校卒の伯爵令嬢、マリーちゃんに幸あれ!(^^)/