501 魔族の村 12
「そ、そそそ、それはいったい、どういうこと……」
「え? いえ、それまでに『御使い様』に根掘り葉掘り聞いていた様々な質問に対する答えの中に、時々出てきたのよ、『大昔に滅びた文明』の話が……。
で、私がそれについて色々と聞いて、その件についてはかなり禁則事項の幅が広かったから『重要なことなんだな』と思って更に質問を重ねて、答えてもらえない場合は聞き方を変えたり別の方向から攻めたりして、とにかく禁則事項が多い方向に突っ込み続けたワケよ。
そして教えてもらえた僅かな断片をつなぎ合わせて出した結論が、『何か、この世界やべぇ!』ってことなんだけど……。
それで、古竜様達にそれを伝えて、色々と話し合ったのよ」
「どんだけ遣り手なんですかあああぁ~~っ! やべぇのは、あなたですよっっ!!」
マイルが敢えて選ばなかった選択肢である、『何でもかんでも全て、ナノマシンに聞きまくる』という方法を選んだ少女であるが、こういう文明レベルの世界で、『閉鎖的な田舎の村に住んでいる普通の少女』としては、頭が切れすぎる。……プッツン、じゃない方。
しかしそれも、おそらくは『権限レベル3』を与えられるにふさわしい者、ということで、元々非常に優れた能力を持っていたのであろう。
古竜であればレベル2、人間であればレベル1で生まれ、ごく稀にレベル2、そして極々稀にレベル3の人間が現れることもある、ということであるが、魔族の場合は、人間よりもレベル2~3の者が発生する確率が高いであろうことは容易に想像が付く。……その魔法への適応度を見れば。
しかしそのレベル3が、長年の研鑽の結果、年老いて死ぬ寸前に到達するのではなく、こんな幼い時に発現するというのは驚きであった。
おそらく、先祖返りか突然変異、もしくは何かそれに類することでナノマシンによる高判定を得たか、あるいは優れた知性を持つ、魔族の進化の最先端にいる者か。
それとも、先行種として歴史の狭間に現れてそのまま消えてゆく、進化系統樹に咲く徒花か……。
それでも、とにかく今ここに存在する生命としては、この少女はこの惑星屈指の知的生命体であると言えよう。
「でも、古竜様達は私の説明があまりよく理解できないらしくて……。日常的なことに関してはとても聡明な方々なんだけど、どうも普段とは全く違うこと、新しいことについてはなかなか理解してもらえないのよ……」
そして、少女の愚痴が、何となく理解できるマイル。
(ああ、脳が小さいから……。無理矢理脳を進化させて知性化しても限界があって、これ以上の発展が見込めないのかな。自然な進化じゃなくて、脳が小さいのに無理をさせたから……。
容量的にキツキツで、冗長性のための余地が残ってないのかも……)
古竜に対してとても失礼なことを考えているマイルであるが、マイルが前世での知識を基に立てた推論では、古竜の存在に関しては『そういうもの』であると考えている。
今現在、古竜は人間より優れた知性を有すると考えられているが、それは既に古竜が脳のリソースを目一杯使い切った状態でのものであり、将来的に、これ以上の発展の余地はないのであろう。
それに対して、人間を始めとするエルフ、ドワーフ達、ヒト種。そして獣人や魔族、妖精等を含むヒト形生命体においては、まだまだ発展し進化する余地がある。
そう、マイルは、古竜はあくまでもその程度のものに過ぎないであろうと考えているのであった。
(でも、いくらあの手この手で色々な角度から何度もしつこく聞きまくったからと言っても、そこまで教えてくれたの? 私にくっついてるナノちゃんは、もっと渋いよ? しょっぱいよ?)
【うるさいですよっ! マイル様は色々とご存じですから、その方面の御質問が全て、ことごとく禁則事項に引っ掛かるのですよ! それに対して、この少女は何も知らないため、ひとつひとつの質問が単純で、限定された範囲のものであるため、答えられるものが多いのですよっ!】
(あ、なるほど……)
何となく、ナノマシンが言うニュアンスが理解できたマイル。
【それに、我々に関することや他の勢力に関すること、そしてこの世界の未来への影響が大きいことに関しては制限が大きいのですが、この世界に関することであっても、既に過ぎ去った過去のことであれば、他に与える影響が殆どないということで制限がかなり緩いですからね】
(あ~、そういうわけかぁ……)
ナノマシンの説明に、納得するマイル。
マイルも、『先史文明の人達は、この惑星から脱出して他の星に向かったの?』とかいう質問をしたならば、おそらくナノマシンは『はい』か『いいえ』で答えてくれたのであろう。
たとえナノマシンがこの惑星に撒布されたのがその後であったとしても、その頃にはまだ残された少数の人々が文明を保っていたであろうし、記録類も残っており、それくらいの情報が得られるのは当然であっただろうから……。
「とにかくそういうわけで、古竜様方にお勧めしたのよ、先史文明が滅びた原因たる災厄の再来に備えて、調査するべきじゃないか、って。
そうしたら、何か古竜様の間で伝わっている伝承とやらにそれと似たお話があることが分かったらしくてね。私が説明に散々苦労した後で、それを伝え聞いた古竜の長老様が秘匿伝承の一部を上層部の方達に公表したとかで……。
そして調査を始めてくれたんだけど、まだ大した成果はないみたい。
まあ、古竜様方は長命だし退屈されているそうだから、退屈凌ぎのネタがひとつ手に入った、くらいにしかお考えではないのかもね。急ぐ話でもないし、海のものとも山のものともつかぬ話だからね……」
「やっぱり、全部あんたの仕業かああああぁ~~っっ!! そして、そんなに時間的猶予は無さそうですよっ!」
「え?」
叫ぶマイルと、ぽかんと口をあけた神子の少女。
「……あ、いえ、何でもありません。とにかく、聞きたいことは全て聞き終わりました。あなたの方は、何か聞き残したことはありますか?」
「まだ、全然聞いてないわよ!」
……確かに、今までマイルが聞くか、少女が一方的に話すかであり、マイルからの説明は殆どなかった。
「とにかく、あなたは私の下僕として御使い様から遣わされたわけよね? これからは、私の雑用係として、そしてうちに食料をもたらす働き手として仕えてもらうわよ。いくらひ弱な人間でも、ハンターをやっているなら食用の動物や下級の魔物くらい狩れるわよね!」
キラキラとした瞳でマイルを見詰める、神子の少女。
余程、肉に飢えているらしかった。そして……。
「違いますよっ! 誰が下僕ですかっ!!」
勿論、マイルは全力で否定した。
* *
「えええええええっっ! 下僕じゃ、ない……」
マイルからの詳細説明に、がっくりと肩を落とす神子の少女。
「せっかく、下僕であるハンターに魔物を狩らせて、お肉がたくさん食べられると思ったのに……」
やはり、肉に飢えているようであった。
確かに、大陸の北端であり標高が高いこのあたりは気温が低く、動物や魔物の餌となる植物はそう豊富というわけではないであろう。
植物が少なければ虫や小動物も少なく、そうなると必然的にそれらを糧とする大きな動物や魔物もまた少なくなる。
勿論、寒冷地とあっては農作物の収穫も少ないであろう。
そして更に他の地域との交易が殆どないとなれば、そう豊かな生活ができるとは思えない。
それもあって、この少女は懸命に知識を得ようとしたのであろう。少しでも皆の生活を楽にし、安全で幸せな暮らしができるようにと……。
そして、がっくりと肩を落とす神子の少女に、彼女が『何か、この世界やべぇ!』と思うに至った情報と、古竜達に伝えた話の内容を言葉巧みに聞き出したマイル。
いくら前世ではコミュ障だったとはいえ、アデルとマイルとしての人生ではそこまで酷くはなかったし、知識量と生活年齢の差で、さすがにそのくらいのことは簡単であった。元々、頭脳的なスペックは高かったので……。
その後、適当なこと……神子仲間として親善のために挨拶に来た、とか、来たる災厄の日には共に女神の使徒として世界を護るために戦いましょう、とか……を言って誤魔化して、夜の首脳会談を終えるマイルであった……。
* *
「……で、どうだったのよ?」
マイルがテントに戻ると、早速レーナがそう聞いてきた。
好奇心旺盛なレーナとしては、当然のことである。そのために、寝ずに待っていたのであるから。
「う~ん、予想外の収穫でしたけど、大した意味はありませんでした……」
「何よ、それ……。ちょっと、お姉さんに詳しく話してみなさい!」
「え~……」
誰が『お姉さん』かッ、と突っ込む気力もなく、長引きそうな訊問を如何に誤魔化して切り抜けようかと、肩を落として途方に暮れるマイルであった……。