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05 私は普通の女の子です 1

 アデルは、色々と取り込んでいたため夕食を食いっぱぐれた。

 しかし、食事を抜かれるのには慣れているから、特に問題はなかった。

 そんなことより、これからのことである。


 アデルは今、無一文。

 親が何も持たせてくれなかったので。

 学費は全額払い込んであるし、その中には給食費も含まれている。だから三食食べるには困らない。毎食学園で食べるなら。

 その代わり、おやつを食べることも外食も一切できず、その他のものも何一つ買えない。服も下着も、石鹸も。ノートもペンもインクも。

 ……やって行けるわけがなかった。


 本当に、何を考えているのだろうか、父親と義母は。

 そう思いながら、翌日さっそく寮監様のところに伺うことにして、アデルはベッドに潜り込んだ。他にやる事もなかったので。

 ベッドの中で眠りに就きながら、アデルは思った。

 自分は、今度は普通の人として生きる。

 特別な眼で見られたり、過大な期待をされるのは、もうこりごりだ。

 みんなと同じ、対等な立場で、対等な会話を交わし、そして、そして、友達ができたらいいな……。




「仕事を紹介して下さい!」

「何ですか、朝からいきなり……。まぁ、確かに、仕事が欲しければ来るようには言いましたが、初日からですか……」

「現在、所持金ゼロ、着替えも下着2枚しかありません。明日は試験があるので、今日稼げないと、次に稼げる機会が来る週末までかなり厳しいことに……」

 こめかみを押さえて顔を顰める寮監様。


「………今までに働いたことは?」

「ありません」

 アデルは、前世を含めて、アルバイトすらしたことがなかった。

「ついて来なさい」



 アデルが寮監様に連れられて行ったのは、一軒のパン屋であった。

「アーロンさん、売り子候補を連れて来たのですが、如何でしょうか」


 寮監様がパン屋の主に色々と説明して下さった。

 一文無しの学生であること、休日のみの勤務を希望すること、仕事の経験は皆無であること等、ありのままを正直に。


「う~ん、あんたの紹介なら間違いないか」

 そう言うと、パン屋の主はアデルに向かって説明してくれた。


「うちはみんなの食卓を支える大事な仕事だから、一日も休めねぇ。しかし、それじゃあ俺達が参っちまう。だから、週に1日くらいは朝にまとめてパンを焼いて、あとは休みたいと思ってたんだよ。普通は朝と昼過ぎの2回に分けて焼くんだけどな。

 だから、週に一度、休日の朝から夕方まで、売り子だけやってくれる者を探していたんだよ。

 どうだい、あんたさえ良けりゃ、うちで働いてみないか? なに、合わなけりゃ、その時に辞めればいいんだからよ」


 アデルにとって、理想的な仕事であった。

 パンの値段さえ覚えれば、10歳の女の子でも問題なくできるし、日本のパン屋さんと違って売り物の種類は少ない。……尤も、アデルなら種類が多くても値段くらいすぐに覚えられるが。

 そして、週に一度の勤務でも良い仕事など、そうそうあるものではなかった。


「お願いします!」


 これで、何とか人並みの学園生活が送れそうであった。



 この世界、一週間は6日で、6週間で一カ月。

 一カ月36日が10カ月で、360日。

 それに、年末の『去りゆく年を悼み、感謝を捧げる2日間』、『年が交代する日』、そして『新しい年を歓迎し、祝う日』が2日間の、合計5日が加わって、1年365日。

 週も月も、割り切れる数が多いから色々と便利であった。

 その、一週間である6日間のうち一日が、学園を含めた世間一般の休養日であり、アデルがパン屋で働く日であった。


 アデルの休養日がないが、それは仕方がない。

 それに、10~13歳の子供が通う学園であるから、そう疲れるものではないし、宿題なども出ることはない。寮に戻ってからも自主的に勉強する者もいるが、アデルにそれは必要ない。


 今日は休日ではないが、いきなり本番は心配だからと、練習のためそのまま働くこととなり、寮監様はアデルを残して帰って行った。




 アデルのOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング…実務をさせることで行う従業員のトレーニングのこと)は好調であった。

 前世において海里は人付き合いはほとんどなかったが、それは海里が人付き合いが苦手だったと言うより、ただ単に『誰も海里に付き合ってくれなかった』というだけで、海里本人がそう望んでいたわけではない。

 そして海里の記憶を持ち日本の接客術というものを知っている今のアデルにとって、幼い少女の店員さんを演じることは簡単であり、客受けは非常に良かった。

 夕方、学園の寮へと向かうアデルの手には、2枚の銀貨がしっかりと握り締められていた。


(初めての、自分で働いて稼いだお金! 労働の対価! 私が自由に使えるお金!!)


 アデルは浮かれていた。

 しかし、そのうち急に不安がこみ上げて来る。


(落としたらどうしよう……。それに、もし盗まれたら? 強盗に出会ったら?)


 10歳の少女を狙う強盗もあまりいそうにないが、アデルは心配で堪らなかった。頭の一部では、まだ自分が18歳であるかのような気分が残っているのもその一因であろう。


(そうだ、アイテムボックス!)


 アイテムボックスに入れておけば、無くすことも奪われることもない。

 アデルはその名案に顔を綻ばせ、思念のみ、無詠唱で魔法を行使した。


 スッと消える手のひらの中の銀貨。

 次は、取り出してみる。

 手の中に戻る、銀貨の感触。すぐに再びアイテムボックスに収納。

 成功に気を良くしたアデルは、ふと気が付いて少し顔を蒼くした。


(もしアイテムボックスの魔法に失敗していたら、せっかく稼いだ銀貨がパーになってたかも知れないじゃない! 普通、石ころか何かで実験してからにするべきに決まってるでしょ! 馬鹿なの、私は……)


 まぁ、結果的には問題なかったからいいか、これからは気を付けて慎重に行こう、と反省しながら、アデルは寮へと帰って行った。



 ちなみにこの世界、日本円で考えると、銅貨1枚が10円、小銀貨100円、銀貨1000円、小金貨1万円、金貨10万円相当の価値がある。

 農産物は安く、肉や贅沢品は高く、更に道具類や宝飾品等は日本に較べて馬鹿高いために単純な金銭価値の換算は意味がないが、一般の者が普通に生活して行くのに必要な金額、という観点から考えると、そのくらいが妥当な数値だろう。


 家族持ちの普通の職人が一ヶ月に稼ぐ給金が、概ね金貨3枚程度。

 休日を除いた実労働日数が30日であるから、日給1万円相当。

 それに対して、アデルの給金が1日銀貨2枚、2000円相当というのは、時給にすると250円程度であるが、子供の店番としては充分な金額であった。そして、月に銀貨12枚、1万2千円相当のお金があれば、日用品を買うには充分である。衣服を買うには全然足りないが、支給される制服で通せばいい。

 学園の品位を保つため、傷んだりサイズが大幅に合わなくなった制服は無料で補修や交換をしてくれるのだ。無料と言っても、前払いしてあるお金が使われるのであるが。

 下着は自前であるが、幸いにもアデルは胸当ての必要がないため、安上がりであった。本人はそれを全然『幸い』とは思っていなかったが。

 とにかく、どうやらアデルは金銭的な危機を脱することができたようである。



 これからのアデルが働く休日、パン屋の主はまだ暗いうちからパンを作り始め、近所の者が朝食用に焼き立てのパンを買いに来たり、休日も仕事に行く者が昼食用に買い求めたりするのに対処しつつ更に作り続け、普段は午後に焼く分まで焼き終えた後に、やって来たアデルに店番を任せてゆっくり休むか、妻子を連れてどこかへ出掛けるつもりであった。

 パン屋の主もまた、自分の健康と妻子の不満の蓄積という危機を脱することが出来そうである。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今回は「目つきが悪い」はないのですね?w 相変わらず胸囲サイズはぺったんこ、げふん、慎ましいのは人間としての平均値ではなく乳牛とか巨乳種?(そんな区分ねぇよw)と胸と腹の区別がない蛇との平均…
[一言] 読み返してふと。寿命も古龍は半分w 人間で言えば不老に近く。ぺったんな胸も成長しなi だれかきたようd
[一言] >特別な眼で見られたり、過大な期待をされるのは、もうこりごりだ。  みんなと同じ、対等な立場で、対等な会話を交わし、そして、そして、友達ができたらいいな…… しかし普通の女の子を特別な存…
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