495 魔族の村 6
「ここが、魔族の村……」
ようやく念願の『魔族の村』に到着し、村へ入る少し手前で立ち止まって、瞳をキラキラさせているマイル。
まぁ、村自体は、どこにでもある普通の村である。人間との交流が全くないわけではないので技術は流入しているし、エルフの村のように自然との調和に拘った造りになっているわけでもない。
そして魔族の体格は人間と大して変わらないため、家の大きさや造りは似たようなものである。
ただ、角が少し大きい者もいるため、出入り口は少し高くなってはいるが……。
村の規模は割と大きく、町とまではいかないものの、ある程度の人口は抱えていそうである。
まぁ、そう小さな村だと大勢を人間の居住地域での作業に派出することはできないから、大きな町を持たないらしい魔族に依頼するなら、古竜がなるべく大きな村を選ぶのは当たり前であろう。
レーナ達は、エルフの村においては、謎の多いエルフがどのような家でどのような暮らしをしているのかかなり興味を持っていたが、魔族に関してはそのような興味はあまりなく、マイルの付き添い、というような認識での同行であった。
そしてマイルは、明らかに『無理にはしゃいでいる』かのような様子である。
おそらく、自分の我が儘でみんなに同行してもらった手前、『凄く喜んでいる』というポーズを取らなければ、とでも考えているのであろう。
本当のところは、今回の『魔族の居住区域訪問』におけるマイルの主目的は、マイルのライフワークであるアレ、『古竜の目的』……今では、既に大体の予想はついているが……に関する調査である。
しかしマイルはあまりそれをみんなに意識してもらいたくはないので、あくまでも自分の興味本位、物見遊山の旅だというポーズを崩さなかった。
「こっちだ」
マイルの小芝居など気にもせず、村の中へと案内する魔族の男、ララーク。
そして連れて行かれた先は、村の集会所というか公民館というか、まぁ、そういった用途の建物であった。
* *
「人間が、それも子供と成人したばかりの若者達がわざわざ危険で険しい山を越えてまで、何用か?」
一応、招待を受けたから来た、ということは伝令役の者から伝わっているはずではあるが、ただ『招待を受けたから』という理由だけで来るには、ここはいささか人間の居住地域からは遠すぎ、そして危険すぎるであろう。それも、招かれたとはいえ、相手は大した知り合いでもない。
……というか、1回会っただけ。それも、敵対者として……。
正式なものでもなく、身分がある者からのものでもない適当な『お招き』程度の招待に応じてこんなところまで来る人間など、居ようはずがない。
「「「「「…………」」」」」
そして、村長や長老、有力者達とは少し離れたところで居心地悪そうにしているのは、あの時のリーダー、ザウィン。剣士レルトバード。そしてあの兄妹、メーリルちゃんと『カイレルにいさま』である。
最初にやられて力較べに参加しなかった男と、ポーリンのホット魔法による被害者の姿はない。
……マイル達には、何となく、その理由が分からないでもなかった。
そして、なぜか機嫌が良くないポーリン。
(((いや、そりゃ、思い出したくもないでしょ……)))
ポーリン以外の3人の心はひとつであった。
「わざわざ、私の招きに応じてくれたのか……」
「いえ、マイルが来たがったので……」
感激したかのような様子のレルトバードの言葉を、バッサリと斬り捨てたメーヴィス。
「え、メーリルの誘いで、僕に会いに来てくれたんじゃあ……」
「マイルが来たがったから、ここへ入れてもらうための口実……、いえ、理由のひとつにしただけよ」
さすがに、この村に入れてもらうために嘘を吐いた、というのはマズいと思ったのか、少し説明を変えたレーナ。……大して変わっていないが……。
「「そ、そんな……」」
話が違う、というような顔で、がっくりと肩を落とすレルトバードとカイレル。
「ご、御招待を受けたというのは本当ですし、観光を兼ねての慰安旅行、ということで……」
「危険な山脈越えをしてか?」
「えへへ……」
村長の突っ込みを、笑って誤魔化すマイル。
「で、どこから来たのじゃ?」
そして、更に長老からの突っ込みが。
「あ、ハイ、ティルス王国からですけど……」
「え?」
「どこだ、そりゃ?」
「聞いたことがないぞ、そんな国……」
こういう世界である。普通の村人にとって、近隣の数カ国以外の遠方の国々など、国名すら知らないのが当たり前である。なので、村長や他の村人達からの怪訝そうな声が続き……。
「ま、まさか、大陸南西部の突端にある……」
長老の、信じられない、と言わんばかりの言葉に、マイルはあっけらかんと答えた。
「はい、その突端部にある国の、王都から来ました」
「「「「「「な、何だとおおおおぉ~~!!」」」」」」
そう、それは、『慰安旅行』などという言葉で表すには、いささか、いや、あまりにも遠すぎる距離であった。
「ばっ、馬鹿な! そのような遠くから、ただの観光旅行でこんなところまで来るものか!
名物や名所があるわけでなし、人間とはあまり関係が良いとは言い難い魔族のところへ、大きな危険を冒してまで……。
言え! 本当の目的は何じゃ!
……はっ! ま、まさか、神子を狙って!!」
「「「「神子?」」」」
「「「「「「あ~……」」」」」」
明らかに『初耳だ』という様子のマイル達に、長老がわざわざ自分から余計なことを教えてしまったと気付き、がっくりと肩を落とす村人達。
あまり関係が良くないとはいえ、一応は『魔族と人間は平等である』と謳われているし、互いに不可侵や犯罪行為禁止の条約も結ばれている。なので『秘密を守るために、小娘共を皆殺し』というような暴挙に出られる確率は低いとは思うものの、それはあくまでも『低い』というだけであり、決してゼロではない。
なので表情に表したり行動に移したりはしないものの、『赤き誓い』の面々は、一応は『いつでも戦闘行動に移れる』という態勢を取っていた。
「……我らにも、面子とか、矜持とかいうものがある。御先祖様に顔向けできぬこと、死後に女神の前で胸を張って神々の国への入国許可証を要求することができなくなるようなことはせぬ!」
マイル達の、僅かに体勢を変えたり杖を握る手にかかる力が増したりした様子から察したのか、横から『手合わせ』の時のリーダーであったザウィンがそう声を掛けてきた。
村の顔役ばかりの中に、あの時のメンバー、プラス少年の妹である少女メーリルが加わっているのは、当然のことながら、『赤き誓い』の知り合いであり、彼女達がこの村を訪問した原因……理由……だと主張しているからである。
なので勿論、ここにいる村人達の中では立場が下であるとはいえ、双方の仲介役としての発言は咎められるようなことはない。
(神子?)
そして、ザウィンのことはスルーして、考え込んでいるマイル。
(神子って、巫女とは違うのかな?)
現代日本ではごっちゃになっており、同じような意味として使われているが、厳密にはその両者には定義の違いがある。しかし、勿論マイルは前世ではそのような専門知識はなく、今世での『アデル』、『マイル』としての勉強でも、そのような知識は学んでいなかった。
「とにかく、その『神子』ってのに会って、話を聞かなくちゃ!」
「やっぱりかあああぁっ!!」
「「「やっぱりねぇ……」」」
マイルの言葉に対して返された長老とレーナ達の言葉は同じような台詞ではあるが、勿論、長老が叫んだ言葉とレーナ達が呟いた言葉には、余りにも大きなニュアンスの違いと温度差があった……。