492 魔族の村 3
「……何か、寒くない?」
「そりゃ、かなり北上しましたし、山岳越えをしたとはいえ、このあたりは結構標高が高いですからねぇ」
「どうしてそれが寒さと関係あるのよ?」
「「「……え?」」」
古竜ケラゴンに乗って山岳部を越え、あっという間に大陸の北端部、魔族の居住地域に到着した『赤き誓い』一行。そして、急に肌寒くなったために溢したレーナの言葉にマイルが答えたところ、レーナからの、まさかの返事。
前世の日本での知識があるマイルは勿論、メーヴィスとポーリンも社会常識としてそれくらいのことは知っていたようであるが、レーナにはそういう知識がないようであった。
いや、これは決してレーナが馬鹿であるとか世間知らずであるとかいうわけではない。
ポーリンは商家の娘として、そしてメーヴィスは貴族家の娘として、他国との取引だとか国情とかについての教育を受けている。その中で、地域ごとによる気候特性というものは、栽培できる作物の種類や収穫量、動物や魔物の分布等に大きく影響するため、その科学的な理由は分からないものの、『北に行くほど寒い』、『高地になるほど寒い』ということは、経験則というか客観的事実というか、当然のこととして認識していたのである。
それに対して、レーナは馬車ひとつでの行商人の娘である。遠方の国と取引するわけでもなく、せいぜい隣接国あたりまでしか行動しない行商人にそのような知識は必要なく、ハンターとしても、そのようなことを気にする者はいない。
せいぜい、冬季に山越えをする者がベテランハンターやギルド職員、装備屋のオヤジ等に防寒具を揃えるよう強く説得されて、渋々買い揃え、後で命の恩人だと泣いて感謝する程度である。
そう、『山に登るのだから、お日様に近付くから暑くなる』と思っている者が普通にいるのである。山岳部に行ったことのない者や、行きはしたけれど『たまたま、その日は寒い日だっただけ』と思っている者とかは……。
北に行くと、という方も、それと同じようなものであった。
一生のうちで、自分の村から出たのは最寄りの町へ行った3回だけ、とかいう村人が普通にいるような世界である。知識に欠損や偏りがあるのは仕方ない。そして今回はたまたまこういう結果となったが、これでもレーナは平民としては割と知識がある方なのであった。
「えええええ? つ、つまり、夏季であっても、北部や高い山の上は寒い、ってこと?」
驚愕の事実を知り、レーナ、愕然。
「そ、それじゃあ、夏の茹だるような暑さでぐったりする時期には、北方や山岳地近くの街に移動すれば……」
「はい、それが、貴族がやっている『避暑』ってやつですよね」
「あああああ、どうして夏場に貴族の遠出が多いのかと疑問には思っていたのよね! 海辺や湖の畔に別荘でも建てているんだと思っていたら、まさか、そんな理由があったなんて……」
マイルに詳しく説明され、パーティの中でそれを知らなかったのは自分だけだということを知り、かなりショックを受けているらしきレーナ。
行商人であった父親と共に周辺国を巡り、ハンターとして街々を廻り、そして読書家であるため平民としては知識人であると自負していただけに、ダメージが大きかったようである。
「貴族のお嬢様であるメーヴィスはともかく、マイルとポーリンでさえ知っていたことを、私が知らなかったなんて……」
余程プライドが傷付けられた様子のレーナであるが……。
「私だって、商家の娘としてそれくらいの教育は受けてますよっ! マイルちゃんならともかく……」
「何ですか、それはっっ! 私も、一応は貴族のお嬢様ですよっ!!」
ムッとしたポーリンの反撃と、ふたりに揃ってディスられて、激おこのマイル。
「「「ぐぬぬぬぬぬぬ……」」」
『あの~、すみません、私はどうすれば……』
そして、申し訳なさそうに声を掛けるケラゴン。
「「「「ごめんなさい……」」」」
さすがに、いくらマイルに対して下手に出ているとはいえ、わざわざやってきて馬車馬代わりをしてくれた古竜を放置してその前で険悪な言い争い、というのは、恥ずべきことだと思ったらしい。
「あ、ありがとうございました。後は自分達で何とかしますから、ケラゴンさんはお帰りください」
『帰りは、どうされるので?』
「「「「あ……」」」」
確かに、往路は空の旅で一瞬であっても、徒歩での帰還にはかなりの日数が掛かる。
……その途中で狩った獲物は無駄にすることなく全て丸ごと持ち帰れる、ということだけはありがたいが……。
しかし、一度楽を知ってしまった者には、もう以前の面倒さには耐えられない。
「「「「お迎えを、お願いします!!」」」」
そういうわけで、揃って頭を下げた4人であるが……。
「で、お迎えをお願いする時、どうやってお呼びすれば……」
そう、マイルが言う通り、それが問題であった。
この惑星にも電離層くらいはあるであろうが、無線機などという便利なものはなく、ナノマシンはそういう用途には使えない。『担当外です』とか言われて……。
となると、獣人達が使っている方法は教えてもらえないらしいから、古竜に連絡する方法がない。
なので、4人がしばらく考え込み……。
「あ、そうだ!」
マイルが、何やら名案を思いついたらしかった。
「あの~、超音波の笛を1回吹いたらベレデテスさん、2回吹いたらシェララさん、3回吹いたらケラゴンさんが飛んでくる、というのは……」
『その、ちょーおんぱ、というのは何でしょうか?』
残念ながら、古竜には『超音波』に関する知識はないようであった……。
「それって、フカシ話に出てきた、『人間には聞こえないけど、フェンリルには聞こえる音』のことよね?」
「でも、それって普通の音より届きにくいんじゃなかった? 特に、障害物とかがあると……」
「そもそも、『ちょーおんぱ』って、古竜には聞こえるのですか?」
そして、フカシ話によって着実に知識を深めているらしい、レーナとメーヴィス、そしてポーリンからの突っ込みが……。
「い~んですよ、細けぇこたー!」
「「「いや、全然『細かいこと』じゃないでしょ!!」」」
本気なのか冗談なのか分からないマイルの提案は、却下された。
* *
『では、私はこの辺りでのんびりしていますので……』
「すみません、よろしくお願いします」
結局、『数日間待つ』などということには何の痛痒も感じないケラゴンが、この辺りでゴロゴロしたり周辺の強そうな魔物にちょっかいを出して遊んだりして時間を潰し、『上空へ向けて炎弾3発』の合図があれば駆け付ける、ということになった。
お馴染みの『ファイアー・ボール3発』ではないのは、少し距離が離れていても分かることと、その時にケラゴンが眠っていたり他のことに気を取られていたりしても分かるようにとの、マイルの発案による。
遮るもののない上空での炎弾の炸裂であれば、爆炎、爆音に加え魔力波が発振されて広がることから、古竜にははっきりと知覚されるらしい。
ケラゴンは『魔族の村は知っているから、そこまで送り迎えしても……』と言ってくれたのであるが、古竜の背に乗って登場、とかいうのをやらかしてしまうと、いくら古竜の来訪には少し慣れているとはいえ、『赤き誓い』に対する魔族達の態度がおかしなものになってしまうであろうと考えたマイル達が固辞したのであった。
いざという時には、無益な争いを避けるために虎の威を借ることも厭わない『赤き誓い』であるが、初っ端から、というのは、さすがに避けたかったようである。
ファースト・コンタクトは、ごく自然に、友好的に。
それが、淑女の嗜みである。
「……まぁ、初めて魔族と会ったのはスカベンジャーと出会った2番目の遺跡の時ですし、対戦ではボコボコにしましたけど……」
「次に会った、アルバーン帝国の3番目の遺跡の時には、獣人達とは結構話したけれど魔族とは殆ど会話がなかったから、あれはノーカウントかな」
ポーリンとメーヴィスが言う通り、魔族とのコンタクトは決して『ファースト』というわけではなかった。
「い~んですよ、細けぇこたー!」
しかしマイルは、細かいことは気にしない。
……そして、割と大きいことも……。