491 魔族の村 2
「遅いわねぇ……」
待ち合わせの場所である、王都近くの森に来てから、既にかなりの時間が経っている。
レーナがぶつぶつ言っているが、それは仕方あるまい。この世界には正確な時計があるわけではなく、待ち合わせの時間などかなり適当なのである。せいぜい、朝イチ、午前中、昼前、午後イチ、夕方、とかいう程度の表し方に過ぎない。
馬車や馬での移動も、天候や路面状況、馬車の車輪や車軸の破損、魔物や盗賊の襲撃等で、半日とか数日の遅れくらい普通である。
なので、いくら王都からそう離れてはいないとはいえ、野外での待ち合わせでは多少の遅れに文句を言う者はいない。
なのでレーナも、そう口に出してはいても、別に怒ったり不愉快に思っているわけではない。
『赤き誓い』の移動がいつも比較的時間通りなのは、主にマイルのせいである。
馬車の車輪が泥濘に嵌まっても一瞬で脱出させられるとか、車軸が折れた積み荷満載の馬車を持ち上げて簡単に修理するとか、普通の人間にできるようなことではない。それを、乗合馬車であろうが商隊護衛であろうが、いつもサービスで手伝ってやるのである。
……『赤き誓い』が護衛依頼を受けようとして申し出ると、いつも即行で商隊や馬車屋から採用決定の連絡が来るはずである。
普通は、ギルドのとある部署で信用度や実力を確認したり、面接を行ったりするものであるが、『赤き誓い』の場合は、いつもほぼ即決である。
まぁ、実力と信用度もであるが、若い女性ばかりだとか、魔術師揃いで水魔法や治癒魔法がアテにされているだとか、収納魔法に入れて運んでもらいたいものがあるとか、他にも色々と理由はあるが……。
中には、マイルによる料理目当てで、別途料金で移動中の食事の提供を頼んでくる依頼人も多い。
とにかく、人間でさえ、野外での待ち合わせは下手をすれば数日くらい待たされることもある。それが、長命であり時間の概念が人間とは大きく異なる種族が相手となると……。
ただ、今回は相手が古竜であるため、移動に思わぬ時間が、という心配がないことだけは安心材料である。
レーナ達が開き直ってお茶会を開いていると、ようやく空にポツンと黒い点が現れて、急速に大きくなってきた。……どうやら、ケラゴンが来たようである。
しかし、かなり待たされたので、今度は相手を多少待たせても構うまい。そう考えたレーナ達は、のんびりとお茶とお菓子を楽しみ続けたのであった。
* *
『では、出発しましょう、マイル様』
長命の古竜は、多少待たされても気にもしない。
普通であれば、それでも『下等生物が、古竜を待たせた』という事実に対して激怒するのであろうが、マイルに深く感謝しているケラゴンにはそんな感情が湧くはずもなく、人間にとってのほんの数秒相当にしか感じない時間など、本当に気にもしていないのであった。
そして心から感謝しているのはマイルに対してだけなので、他の3人に対しては、その戦闘力に一目置いていることと、『マイル様の仲間だから』ということで一応は丁寧に対応してはいるが、本当に尊重しているわけではない。あくまでも、『マイル様の仲間』であり、マイルのおまけ扱いに過ぎなかった。背に乗せてくれるのも、『マイル様の付属品』としてである。
そのため、こういう場合には、声を掛ける相手はマイルだけなのであった。
「ごめんなさい、わざわざ来ていただいて……」
『いえ、本当に、お気遣いなく。我らにとり数日間など人間にとっての数秒程度。それも、退屈を持て余している身にとっては、日常と違うことは大歓迎ですよ。おまけに、大恩あるマイル様のお役に立てるとあれば、願ってもないことです。
……勿論、マイル様に媚びを売っておけば、また部位欠損の大怪我をした時にお助けいただけるかも、という打算もありますから、本当に、御遠慮なく……』
「あはは……。その時は、任せてください!」
本気なのか冗談なのか分からないケラゴンの言葉であるが、それくらいならお安い御用だと、マイルは笑いながらそれを了承した。
古竜がそのような大怪我をすることなど、そうそうあるわけがない。なので、それはマイルが以後も気軽に自分を頼ってくれるようにとのケラゴンのリップサービスである可能性が高いが、仲間と一緒の超高速移動の手段があるというのは、万一の時にはかなりの安心材料なので、ケラゴンの厚意をありがたく受け取らせてもらうことにしたのである。
……それに、どうやら日々退屈していて面白いことを求めているのは本当らしかったので。
『……それで、今回はどのような御用件で?』
行き先は告げてある。なので、これはケラゴンに対する用件ではなく、マイル達が何をしに魔族の居住地域へ向かうのかが知りたいのであろう。
出発しようと言ったにも拘わらず、だらだらと話し続けてマイル達を背に乗せようとする様子がないと思えば、飛行を始めると背中のマイル達とは話ができなくなるため、出発前にそれを聞いておきたいらしかった。先に聞いておけば、飛行中に色々と想像して楽しめるし、到着後に、考え付いた質問をすることもできる。
どうやら、本当に今回の馬車馬役を楽しんでくれているようであった。
なので、マイルもその期待に応えようとして、簡単なこと……あまり詳しく話すと、楽しみが減るだろうから……を教えてやることにした。
「まず、魔族の男性から御招待を受けているレーナさんとメーヴィスさんの観察」
「「なっ!!」」
『ほうほう……』
マイルの言葉に、異議がありそうな顔をして、少し赤くなっているレーナとメーヴィス。
そして、なぜか少し興味がありそうな素振りのケラゴン。
人間如きの色恋沙汰など、人間が鮭の産卵を見る程度にしか思わないであろうケラゴンであるが、初対面の時のベレデテスの言葉からケラゴンが『年齢イコール彼女いない歴』であることを知っているマイルは、ああ、僅かでも自分の婚活の参考になれば、とか思っているのかな、と考え、それを軽く流した。
「そして次に、あなた達古竜がやっている先史文明の調査に関する情報収集」
『なっ……』
今度のマイルの言葉には少し驚いた様子のケラゴンであるが、魔族は現場作業員として使っているだけ……何らかの形でそれなりの報酬は与えているようであり、別に無報酬で奴隷のように使っているわけではなく、魔族側は納得して協力しているらしい。まぁ、古竜からの頼みや命令を断れるはずもないが……なので、大した情報を持っているわけではない。それに、魔族が古竜に関することを人間にペラペラと喋るはずもない。なので、一瞬少し驚いただけであり、今度はケラゴンがマイルの言葉を軽くスルーした。
そもそも、ケラゴンは元戦士隊所属、そして現在は発掘作業の現場と古竜の里とのただの連絡員に過ぎないため、『人間が何やら先史文明について独自に調査しているらしい』ということは自分には全く関係なく、報告の義務すらないので、別に気にするようなことではないのであろう。
そもそも古竜側の調査・研究の担当者達は下等生物である人間が何をしようが気にも留めないため、たとえケラゴンがそのことを報告しようとしても、話を聞いてももらえないのは確実であった。
それは、有名大学の教授のところに、警備員が『近所の幼稚園児が、教授が調査・研究されているのと同じことを調べようとしています』と報告してきたのと同じようなものである。笑い飛ばしてくれればまだマシな方であり、大抵の場合は『馬鹿馬鹿しい悪ふざけで研究の邪魔をするな!』と言って叱り飛ばされるのが落ちであろう。
「そして三つ目は、私のフルコンプのためです! これで、人間、エルフ、ドワーフ、獣人、妖精に続き、最後の魔族の村を訪問すれば、全種族、フルコンプリートですよっ!」
『……お、おう……』
マイルの言う『フルコンプ』というのが何なのか、そしてそれにどのような価値があるのか全く分からないケラゴンであるが、古竜同士であっても価値観はそれぞれであるということをよく理解している聡明な古竜であり、そしてマイルに心酔しているため、それには深く突っ込むことなく流したのであった……。
そして、ようやく出発する一行。
目的地は、大陸北部の山脈の向こう側。
「両舷全速。目標、魔族居住地域。ケラゴン、発進します!」
そして、マイルのお約束台詞。
「……何か言うと思ったわよ……」
「マイルちゃんですからね。フカシ話の名台詞や決め台詞を言う機会は逃しませんよねぇ……」
「『虚空戦闘艦やまと』続編のラストシーンか。あれは泣けたよねぇ……。
でも、特攻自爆エンドは縁起が良くないよ……」
相変わらずの、『赤き誓い』一行であった……。