490 魔族の村 1
「どうしてあんなに怒られなきゃなんないのよ!」
「おまけに、居合わせたハンター連中にエールを1杯ずつ奢らされましたよっ! まぁ、人が少ない時間帯だったのが、不幸中の幸いでしたけど……」
「たはは……」
ギルド支部から宿へと向かいながら、文句を言うレーナとポーリン、そして苦笑するマイル。
「あはは……。まぁ、心配かけたのは事実だから、仕方ないよ。それに、それだけ私達のことを心配してくれていたということだから、ありがたいことじゃないか!」
「い~え、あれはただ、エールを集る口実にするために騒いだだけに決まってますよっ!
その証拠に、心配していたと言いながら、誰も捜索に出てくれたりはしていなかったそうじゃありませんかっ!!」
叱られたのもやむなし、と思い、逆にありがたいことだと考えるメーヴィスとは違い、一方的に怒られたことを不愉快に思っているらしきレーナと、奢らされたことによる出費に対して悪態を吐くポーリン。
しかし、ギルド職員やハンター達に怒鳴られたのは、『怒られた』のではない。『叱られた』のである。
『怒られた』というのは、ただ相手の怒りの感情をぶつけられただけで、攻撃を受けたも同じである。しかし、『叱られた』というのは、自分のために、相手が『悪いことを二度と繰り返さないように』との思いから『強い言葉で指導してくれた』ということである。
同じような行為に見えても、両者は完全に別物である。
レーナとポーリンがムッとしているのはポーズだけで、本当は連絡もせず大勢に心配をかけたことを反省しているのか、それともそんなことには気が回らず、ただ自分の感情のままに怒っているだけなのか。
その辺りのことも、何となく分かるようになってきたメーヴィスとマイルであった……。
「じゃあ、4日間の休養を取って、その後、出発。それでいいね?」
メーヴィスの確認の言葉に、こくりと頷く3人。
改めて考えるまでもなく、ケラゴンが王都近郊の森に迎えに来てくれる日が決まっているのだから、出発日は最初から決まっている。
本当は休養は3日間のつもりであったが、帰投に要する日数に余裕を見ていたため、1日余ったのである。
行動計画に余裕を持たせたり、不測の事態に備えて予備日や調整用の遊休日を挟まないようなハンターは、信用を失うか、長生きできない。
臆病で、心配性で、神経質。それが、こういう世界で長生きする秘訣であった。
「お姉さんたち、遅すぎますよっ! いったい、どれだけ心配したと思ってるんですかっ!」
「「「「あ~……」」」」
宿に戻ってから、第2ラウンドが始まってしまった。
遠出する時には、いつ頃戻るかを伝えているため、それを大幅に超えれば心配されるのは当たり前である。それも、まだ幼いレニーちゃんだと……。
勿論、宿に荷物を残すわけではなく完全に引き払って出発する『赤き誓い』は、別に戻る日の予定を伝えておく必要はないし、依頼にかかる日数など、大きくずれ込むことがあるのは当たり前である。
しかし、レニーちゃんの場合は……。
「お風呂の給湯計画や、集客の予定が台無しじゃないですか!」
……これである。
「ねぇ、私達、どうしてこの宿に泊まり続けているのかしら? 絶対、もっと待遇のいい宿があるわよねぇ、私達の滞在を歓迎してくれる……」
「「「たはは……」」」
レーナの疑問に、苦笑で答える3人。
アレである。
『それは言わない約束でしょ……』
というやつ。
まぁ、何やかや言っても、この宿は居心地がいい。無理も利くし、大将夫妻もいい人だし、料理は美味しいし、安い宿屋なのに風呂もある。……マイルが造ったものであるが。
それに、レニーちゃんも、一生懸命働いていて、可愛いところもある。……守銭奴なだけで。
しかしそれも、この宿のために少しでも稼ごうとしているだけであって、別に私利私欲ではない。
……ポーリンに較べれば、ずっとマシであった……。
それに、レニーちゃんのあの態度は、照れ隠しの部分も大きいのであろう。
……多分。
レーナ達があっさりとマイルの案を飲んで魔族の村行きを決めたのは、あの案以外に『村に金銭的な負担をかけず、村人達が恩返しをしたという満足感を抱ける報酬代わりになるモノ』が他に思い付かなかったということもあるが、今回あの案を却下したところで、どうせマイルは魔族の村行きを諦めないであろうと思ったからである。
それに、レーナ達はマイルが様々な種族のところへ行きたがる本当の目的が、『古竜が遺跡を調べている理由の調査』であることを知っている。
……しかし、レーナ達がマイルに反対しなかった本当の理由は、いつもは人に譲ってばかりのマイルがたまに言う我が儘や頼み事は聞いてやりたい、ということであった。
マイルの望みを叶えてやることが、自分達の望み。
それが、レーナ達の思いであった……。
* *
4日間の休養を、図書館、孤児院、河原の孤児達のところ、カフェ、そして金貨の勘定と、それぞれ気ままに過ごした『赤き誓い』の4人。
そして……。
「どうしてまたすぐに遠出するんですかっっ!!」
レニーちゃんの悲痛な叫びを後に、再び遠出を宣言して宿を出る4人。
……レニーちゃんが『帰還予定日をまだ聞いていない』ということに気付かないうちに。
そう、始めから帰還予定日を言っていなければ、『遅い』と文句を言われることもない。
ようやくそれに気が付いた、レーナ達であった。
ハンターギルド支部の方は、ギルドマスターに面会を申し入れて、『古竜と一緒に魔族の村へ行く羽目になった』と、レーナから伝えてある。
勿論、4人揃って行って、レーナがそう話した、ということである。
マイルではなくレーナが喋ったのであるから、『行く羽目になった』というのは嘘ではない、というわけである。それを希望したマイル本人がそう言ったのでは、嘘になってしまうが。
こういう言い方をすれば、レーナ達の意志ではなく、古竜側から乞われたので仕方なく、と勘違いしてくれるであろうというのが狙いである。決して嘘を吐いたわけではなく……。
特に吐く必要のない嘘は、なるべく吐かないようにするのが『赤き誓い』の方針であった。
……勿論、必要があれば平気で嘘を吐くが。
正義のためであれば、多少の悪事は許容される。
それが、『赤き誓い』の方針であった。
黙って行けばよいものを、なぜわざわざ報告したかというと、ハンターパーティが何の報告もせず急に姿を消すというのはさすがにマズいと思ったのと、もし国外に出たことが露見した場合に『国内活動義務期間』の経過カウンターを停止されるのが嫌だったからである。
なので、こういう言い方で報告すれば、古竜とは以前の事件で面識がある『赤き誓い』が、何らかの理由で古竜に呼ばれた、と受け取られるであろうと考えて、みんなで慎重に言い回しを検討して決めた説明の台詞であった。
これにより、『赤き誓い』は古竜からの要求により行動する、ということになり、人間の意思ではどうにもならないこと、不可抗力、貰い事故みたいなものとして、他のハンターやギルド職員達みんなに同情されることとなる。
そして国を跨いだ依頼を受注した場合と同じく、国外に出ても『国内活動義務期間』の経過カウンターが停止することはない。
……『カウンターが停止するなら、行かない』などと言い出されたら、古竜の怒りを買って王都が壊滅するかもしれないのだから、そんな意味のない拘りで大きな危険を冒すようなギルド職員はいない。
それに、古竜が迎えに来る、と伝えることは、王都の近くで古竜の姿が目撃されて大騒ぎ、というのを防止するためにも、必要なことであった。
また、いつぞやのように『BランクかAランクのパーティが、死を覚悟して泣く泣く調査依頼を引き受ける』というような悲劇が起きたら、気の毒すぎる……。
とにかく、これで安心して出掛けられる。日数を気にする必要なく。
「いよいよ、人間、ドワーフ、エルフ、獣人に続き、魔族の村です! 妖精もこなしているから、フルコンプリートですよっ!!」
妖精は、村には足を踏み入れていないものの、村人全員を捕縛……交流したので、クリアと判断しているらしきマイル。
そしてさすがのマイルも、サイズが違いすぎるし建物も口に合う料理もないだろうから、古竜の村(?)へ行くことは諦めているらしかった。
マイルにも、少しは常識の欠片が残っていたようである……。
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