445 エルフの里 11
「いや、『エルフ村作戦』とか言われても、ここがエルフの里、つまりエルフ村なわけじゃから、そのまんまではないか。意味が分からぬわい……」
忍者村という概念を知らない長老達には、その前にあった『忍者村』という言葉は勿論理解不能であったため、スルーされた。
なので、マイルが詳細を説明した。
「エルフの村を、観光地化するんですよ! そうすれば、人間が客としてやってきます。
そして、客をもてなして、料理やお酒、宿泊費、お土産等を高値で提供して、人間が使う貨幣を手に入れます。そのお金で人間の街から様々なものを購入します。すると……」
「「すると?」」
長老と村長の声が揃った。
「エルフの若者達は、観光客の相手をすることによって人間に対する興味を満足させられ、そしてそこで稼いだお金で人間の街から色々なものを購入することによって、エルフの里を出なくとも人間の生活の片鱗を味わうことができます。
更に、観光客は遠くから来て、ほんの数日で帰りますから、僅かの間の『旅先でのロマンス』は味わえても、本格的なお付き合いになる可能性は低いです。電話もインターネットもないこの世界では、遠距離恋愛は難しいですからね……」
分からない言葉がいくつかあったものの、マイルが言おうとしていることを理解するのを妨げるほどのことではなかった。
「し、しかし、それでは観光客に村が振り回されて、落ち着いた暮らしも、伝統を守りながらの生活も掻き回されてしまうのでは……」
「だからこその、『エルフ村』ですよ!」
長老の心配そうな言葉を遮るマイル。
「本当のエルフ村、つまりこの周辺にあるいくつかのエルフの村の集合体である『エルフの里』は、今のまま、村人に招待されていない余所者が辿り着きにくい状態を維持します。そしてこことは少し離れた場所に、『観光地としての、エルフの村』を作るんですよ!
如何にも人間が『エルフはこういう暮らしをしていそうだな』と想像していそうな村を作って、それらしい生活風景を作り、『観光客が望む、理想のエルフ達』を演じるのです。
そこは、あくまでも『お金を稼ぐための仕事場』であり、皆さんが他の種族に対してエルフとはこういう者達であると思わせたいように演じる。……つまり、自由に情報操作が行えるということです。
つまり、本当のエルフ達の村ではなく、架空の、観光地としての見世物、遊園地としての『エルフの村モドキ』をでっち上げるのですよ!」
「「「「「「おおおおおおお!!」」」」」」
マイルが言わんとしていることを大体理解したらしき長老と村長、そして一部の『賢人会』メンバー達と、よく理解できなかったらしいが体面を保つためか理解した振りをした者達が、感嘆の声を上げた。
「観光用の村では、なるべく細身で耳が大きく尖った人を優先して採用。耳が目立つ髪型にして、背には小さな弓を背負わせるように。
食堂では、菜食メニューをメインにして、肉料理は『観光客のために、渋々出している』というように装い、凄い高値にします。エルフが、自分達は肉食を忌避しているのに観光客のために主義を曲げて嫌々用意している、ということにすれば、馬鹿高くても文句を言う者はいないでしょうからね」
「なるほど!」
「「「「「人間の小娘の悪知恵、恐るべし!!」」」」」
勿論、エルフ達が普通に肉をがっつり食うことは、クーレレイアやシャラリル、エートゥルー達と野営して一緒に食事をしたマイル達は知っている。
しかし、エルフと一緒に食事をしたことのある者はあまりいないだろうし、もしエルフが肉を食べるところを見た者がいたとしても、『ああ、人間の街で暮らすために、無理をして人間の食生活に合わせていたのだな』と思ってくれるはずである。
「いや、村を掻き回されたくないから観光用の村を別に用意する、というのは分かる。しかし、そこでも普通のエルフの生活をして見せれば良いのではないのか? どうしてそのような架空のエルフ像を作らなければならないのだ?」
疑問には思っていても誰も尋ねなかった質問が、とうとうひとりのエルフの口から発せられた。
そして、それを聞いて、にやりと笑うマイル。
「よくぞ聞いてくれました! 実は人間というものは、『自分が見たいものを見たい』という種族なんですよ!」
「いや、それ、当たり前なのでは……」
そう言って突っ込んだエルフに、マイルは、ちっちっち、と人差し指を立てた右手を小さく振った。
「いえいえ、そうじゃありません。確かに人間は『謎に包まれたエルフの暮らしを見たい!』と思って観光に来るでしょうが、そこで見たものが、肉料理をガツガツ食って、剣と槍で狩りをするマッチョなオヤジ連中とかだったら、どうなりますか?
そう、大顰蹙ですよっ!
結局、人間というものは、『どんなものなのか、見てみたい』と思っているように見えて、その実、本当は『自分が期待しているとおりのものが見たい』というだけなんですよ。
だから、エルフの村を見に来て、人間の田舎村と同じような暮らしをしていたり、ゴツいエルフがガツガツと肉を食っているところなんか見たくないし、そんなものを見せられた客は、自分の街に戻ってからエルフの村については喋りたがらないし、もう村には二度と来やしませんよ。
……そう、彼らには、彼らが見たいと期待していた、『如何にもなエルフ』を見せてあげればいいんです! そうすれば、他の者達に色々と話して廻るし、リピーターとしてまた来てくれます。少しばかり、エルフの美女、美少女達(齢、数百歳)にちやほやして貰えれば……。
そうそう、定期的に、『エルフの伝統行事』とかもやりましょう! お祭りとか、森の精霊に奉納する何かの競技会とか……」
奉納相撲か何かから連想したのか、そんなことを言い出したマイル。
エルフなので、おそらく奉納弓術試合とかでも考えているのであろう。
そして、早口で説明されたマイルの言葉に、ぽかんとしているエルフ達と、うんうんと頷いているポーリン。
「観光用の村は、子供や家族連れ用の、『ヤング・エルフ街』と、成人男性用の『アダルト・エルフ街』のふたつに分けて作るのもいいかもしれませんね……」
「それって、あんたのフカシ話に出てくる、満月の夜になると不死身のエルフに変身するハーフの物語、『エルフガイ・シリーズ』から取った名前よね?」
「「「「「「な、何じゃそりゃああああぁっっ!!」」」」」」
自分達の理解を超えた、そして何だか不穏な感じのマイルとレーナの会話に、思わず叫び声を上げてしまったエルフ達であった……。
それから、『忍者村』を基とした見世物、遊園地というものについてみっちりと説明したマイル。そしてそういうものを全く知らず、マイルの説明を鵜呑みにしてしまったエルフ首脳陣達。
(((知~らない!)))
そして、エルフの里がどうなろうと自分達には何の関わりもないし、何の責任もない。そう考えて、黙って目を逸らすレーナ達であった……。
* *
「ええっ、エルフと結婚して子供ができるのは、人間だけ?」
色々と適当なことを吹きまくった後、マイルはお礼代わりとして、長老に『話してもいい範囲での、エルフの言い伝えや昔話等を教えて欲しい』と頼み、それを了承した長老が、マイル提供の高級酒とつまみに舌鼓を打ちながら色々と話してくれた内容は……。
「そうじゃ。エルフだけではなく、ドワーフ、獣人、魔族等、全て人間との間に子を成すことができるが、皆、自分達と人間以外の他種族と子を成すことはできん。そして、人間の血が混じっても、同族間での婚姻を繰り返していれば、人間の血は殆ど消えて、ほぼ純血のエルフに戻る。じゃから、ごく稀に人間と結婚する者がおっても、そう反対されるようなことはなかったのじゃ。
なぜそうなっておるのかは分からんがの……。
獣人も、同じ系列の者同士、犬獣人と狼獣人あたりであれば子を成すことができるが、それ以上離れた種族同士では、子はできぬ」
そう説明されたマイルは、ぽつりと呟いた。
「……そうか、犬獣人とウナギ獣人の間に、『ウナギイヌ獣人』は生まれないのか……」
「『ウナギ獣人』なんか、いないわよっ! そもそも、ウナギは獣じゃないわよっ!!」
そして勿論、レーナの突っ込みが入った。
「で、残りの2種族、古竜と妖精も、人間との間に子供をつくることは……」
「無理だよね! 絶対、どう考えても無理だよねっ、物理的にっっ!!」
マイルの言葉に、あまりにも無謀なシーンを想像してしまい、必死でそう叫ぶメーヴィスであった……。