444 エルフの里 10
「で、それはいいんですけど……」
「いいのかい!」
メーヴィスの突っ込みはスルーして、マイルが話を続けた。
「あの、長老さんがうっかり漏らした……、いえ、何でもありません!」
マイルが、慌てて誤魔化した。
そう、ここにはエルフ3人組がいる。あの時の話を聞いていなかった3人が。
さすがに、あの話を聞かせるわけにはいかない。世の中には、確かに『聞かない方がよかった』ということがあるのであった。
「……さっき聞いてきた、『Sランク秘匿事項』ね。そんなものの存在を知っていて、そのくせそれがどういうものかすら全く知らないから、おかしいとは思っていたのよ……。
あなた達、いったい何を聞いたのよ?」
うまくいけば、長老の弱味を握れる。当然、そう思ったクーレレイアであるが、勿論、マイルが喋るはずもない。
エルフではないマイル達には、エルフが決めた処罰など関係ないと言い張ることができるかもしれない。そしてそもそも、マイルが得た情報はエルフから聞き出したものではなく、あの『造られしもの』から教えられたものである。しかし……。
「禁則事項です!」
「え?」
「それ、秘密です!」
「いや……」
「ズバリ!当てましょう」
「意味が分かんないわよ!」
そして、なんだかんだとマイルに誤魔化されて、意味不明の泥沼に嵌まってしまったクーレレイアであった……。
* *
「ま、どうせ何も喋ってはくれないでしょうから、考えても無駄ですか……。
古竜や妖精達は教えてくれたのになぁ……。考え方が違うのか、それとももっと重要な秘密が伝わっているのか……。
あ、古竜達も、全部教えてくれたとは限らないか。教えても問題がない部分だけ、ってこともあるよねぇ。嘘は吐いていないけれど、『省略』とか、『わざと誤解されやすい言い回しにする』とかいうのは、そういう場合の常套手段だし……」
クーレレイア達が去った後、マイル達はそんなことを呟きながら、ひと休みしていた。
実は、みんな割と疲れていたのである。……精神的に。
クーレレイア達が『赤き誓い』に護衛任務を指名依頼した本当の目的も無事……エルフ首脳陣にとっては、あまり『無事』とは言い難いかもしれないが……終わり、あとは帰還までの時間を潰すだけとなった、『赤き誓い』であるが……。
このあとはのんびりできるはずであったが、そこに、思わぬ落とし穴があった。
顔合わせで色々と目立ったことと、エルフの男性達が初婚、再婚を問わず人間の少女との結婚を考え始めたため、手近なところにいて、幼く、可愛らしくて、しかも自分でお金を稼げるし身も守れるという非常に好条件である彼女達に声を掛ける男性エルフが後を絶たなかったのである。
「どうだい、マーちゃん、僕と一緒にハンターにならないかい?」
そう言って、キラリと歯を光らせる少年……に見える男。
「それって、歯を光らせる魔法? ……というか、『マーちゃん』って、私のことですかっ!
ハンターにならないかも何も、私達はとっくにハンターになってますよ、既に中堅ですよっ!!
そして、歯を光らせて、勝手に馴れ馴れしい呼び方をするヤツといえば……、クーレレイア博士に付きまとっているという、ストーカー男!!」
あの後、マイル達はこの男による長年に亘る被害の数々をクーレレイアに散々愚痴られたのであった。
……勿論、マイルは男の名前など覚えてはいなかった。
「あなたはクーレレイア博士ひと筋、って言っていたのでは……」
そう言うマイルに、ポーリンが口を挟んだ。
「どうせ、顔合わせの時の話でマイルちゃんが大容量の収納持ちだと聞いたから、楽に稼げる、……いえ、『稼いできてくれる』とでも考えたのでしょう?」
ポーリンの指摘に、あからさまに動揺するリーベルク。
「ずっと、こんなのばかり来ます……」
さすがに嫌気がさしたのか、がっくりするマイル。
同じような環境で、同じような価値観で育ったせいか、未婚の若い男性エルフ達の思考パターンは非常に似通っていた。……特に、女性に何でもさせて楽をしようとする方面においては……。
「そんな男、人間の女性も相手にしないわよ! 人間は、エルフと違ってそう何回も結婚をやり直せるわけじゃないんだから! 人間の、乙女の時間は短くて超貴重なのよ!!」
レーナからも手酷く罵倒され、リーベルクはすごすごと去っていった。
「やけに打たれ弱いわね……。エルフの女性はみんなお淑やかで、男の言いなりなのかしら?」
クーレレイア達、『エルフ3人組』を頭に思い浮かべたメーヴィス達はぶんぶんと首を横に振ったが、考えてみれば、『そういう、元気な女性』がみんな人間の街へ出て、おとなしい女性が里に残っているのかもしれない。
そして、男連中は人間の街に出た元気で明るい跳ねっ返りの少女達に興味津々なくせに、その少女達への態度はエルフの里方式の『俺様の言うことに従え!』だから、人間の街で男性達にちやほやされていて、『女性の優位』というものを知った少女達が気を惹かれるわけがない。
そして、初婚どころか、次々と人間の男性と再婚、再々婚を続ける女性エルフが増え……。
「「「「詰んだ……。終わったな、エルフの里……」」」」
「「「「「「ぎゃああああああぁ!!」」」」」」
「あれ、長老さんと村長さん、それと、知らない方々……」
後ろから聞こえた悲鳴にマイル達が振り返ると、そこには、絶望に染まった顔のエルフの一団が……。
そう、この苦境を何とかせねばと、賢人会の者達と共に『赤き誓い』に相談にやってきた長老と村長達は、あまりにもタイムリーに呟かれた『エルフ終了のお知らせ』に、凍り付いていたのであった。
* *
「何とかしてくだされ!」
「「「「知らんがな~……」」」」
長老達に縋られても、どうしようもない。これは小手先の対処で何とかなるようなものではなく、構造的な破綻なのであるから……。
なので、マイル達にもどうしようもない。
そもそも、そんなに簡単にどうにかできるものなら、とっくに何とかなっているはずである。いくら閉鎖的な社会で育ったとはいえ、人間の何倍も生きている上、人間達との交流が全くないというわけでもなく、村には人間の街で暮らしたことのある者も何人かはいるはずである。
それで解決できていないものを、たかだか14歳から18歳の少女達にどうこうできるわけがなかった。
「そこを、何とか……」
「う~ん、そう言われても……」
マイル達も、自分達には何の責任もないとはいえ、気の毒だな、とは思っている。なので一応は真剣に考えてはいるのであるが、そうそういい考えが浮かぶはずもない。なので、メーヴィスが最後通牒をしようとした時……。
「整いました!」
マイルが右手を挙げて、そう叫んだ。
「「「大喜利かッ!」」」
そして、勿論毎夜繰り広げられる『日本フカシ話』によってその言葉を知っているレーナ達は、反射的にそう叫んでしまった。
それを聞いてにんまりと邪悪な笑みを浮かべるマイル。
(布教活動は、順調ですね……)
そして、マイルがエルフの里を救う妙案を発表した。
「忍者村、……いえ、『エルフ村』作戦です!」
「「「「「「はあああああぁ?」」」」」」
……忍者村。
その概念は、レーナ達もマイルから何度か聞かされて、何となく把握している。
しかし、マイルが今、何を考えているのかが分かるほどの者は、ひとりもいなかった。
もし、ここにマルセラ達がいたならば。
マイル(アデル)のことを最も理解している彼女達ならば、おそらくこう答えたことであろう。
「……そんなの、分かるはずがありませんわよっっ!!」